第29話 連行される一行

 黒い軍用コートの男が歩み出て来た。俺の拙い記憶によると、この服装はナチス親衛隊のコスだ。多分そう。ナチの将校が旧ソ連製の銃器を抱えた兵を率いているってのは案外シュールな絵柄だなと思った。


「私はこのリドワーン城の守備隊長を務めるバジル・ルブランだ。勇者見習いのイチゴ・ガーランドと異世界の住人である山並壮太だな。それとエイリアス魔法協会のエリザベス・スタウト。君たちを拘束する」


 銃を構えた十数名の兵士が距離を詰めて来た。まさか、俺たちはこのまま捕まってしまうのか?


 イチゴの姿のシャリアさんが俺の背中から声を上げた。


「少しお待ちください。城主のラウル・ルクレルク卿とお会いしたいのですが?」

「ルクレルク様は反逆者お会いになる事は無い」

「反逆者ですって?」

「そうだ。洛陽の悪魔を盗んだとの報告が入った」

「洛陽の悪魔? 報告?」

「ああ。この城は聖騎士団と魔術回線で繋がっているからな。距離はあっても情報は共有されている。おとなしく白状すれば命は助けてやる」

「洛陽の悪魔に関して話す事はありません。私たちは無関係です」

「反逆者は嘘をつくからな。素直に吐かんと痛い目に遭うぞ。ひひひ!」


 ルブランが下卑た笑い声をあげた。彼は腰のホルスターから拳銃を取り出した。大型でトリガーより前に弾倉がある特徴的なスタイルは見覚えがある。モーゼル大型拳銃と言われている奴だ。型式番号は覚えていないが、葉月ならちゃんと言えるだろう。


 ルブランはそのモーゼルを俺の腹に向けた。


「私に従え。さもなくば、こいつの腹に弾を撃ち込んでやる。お前は知らないかもしれんから教えてやろう。銃弾が頭に当たったら大抵即死だ。あっけなく死ぬ。しかし、腹に当たればすぐには死なん。数時間、あるいは数日は激痛にもだえ苦しむ。下手な拷問より苦しいだろうよ。くくく」


 下卑って言葉がぴったり似合う男だ。あの下品な薄ら笑いには反吐が出そうになる。こんな男に従うのか? 好き勝手に拷問されるかもしれない。そして俺は腹に銃弾を撃ち込まれ、苦痛に呻きながら死んでしまうのか?


 背筋に冷たいモノが走り抜ける。これは初めて味わう死の恐怖ってやつなのだろう。エリザはどうする? 平然とした表情のまま、こちら側、シャリアさんの方をちらちらと見ている。シャリアさんの指示があれば大暴れしそうな雰囲気である。シャリアさんはどうするのか? 何か大きな魔法を発動してこの場を切り抜けるつもりなのか。それともこのまま捕まるつもりなのか。


 確かこの城の主、ラウル・ルクレルクと言ったか。そいつは彼女の婚約者だという話だった。それならば、シャリアさんはルクレルクと会って事情を話したら解決すると考えるのではなかろうか。


 そう思ってちらりと後ろを見る。すぐ傍にぽっちゃりとしたイチゴの顔をしているシャリアさんが少し笑った。僅かな微笑みだが俺に安心しろと言っているようだった。


「わかりました。あなたに従いましょう。ただし、城主のルクレルク卿との面会が条件です」

「ルクレルク卿は反逆者と会う事は無いと言ったであろう」

「シャリア・メセラが面会を希望しているとお伝えください」

「シャリア・メセラだと?」


 ルブランの表情が一転して険しいものとなる。


「あの魔女は行方不明だ。今回の騒動の最重要人物の一人。エイリアス魔法協会のクソジジイと一緒に逃げているらしい。今の所、どこにいるか分かっていないのだ。もちろん、早急に確保を命じられているがな」

「魔女?」

「変化の術で男を惑わす魔性の女だ。知らなったのか?」

「そんなの嘘よ!」


 大声で抗議したのはエリザだった。


「シャリア様はそのような淫乱低俗な女性ではありません。中傷しないでください」

「ほう。お前もなかなか情欲をそそる体つきをしているな。しかし、アレはそんなものじゃないんだ。男の好む姿へと変化して心をつかむ魔性の女よ。若い男の精を貪り尽くし、その寿命さえも飲み干して千年の時を生きる魔女の中の魔女だ。あれと交わるととんでもない快感を得られるというが、寿命を吸われるなら願い下げだな」


 エリザは怒りに震えているようで、今にも腰の短剣を抜こうと柄に手をかけていた。しかし、シャリアさんは首を振って思いとどまらせていた。


「さて、無駄話もこれくらいにしようか。拘束しろ」


 俺とシャリアさんはゼフィールから降ろされた。そして、何か粘土のような柔らかいくて細長いものを両手首に巻き付けられた。それは瞬時に固くなって手錠のように俺の両手を締め付けた。


「ああ、それは魔法使い専用の拘束具だ。魔力を吸い取るからな。逃げようとしても無駄って事さ」


 そういう事らしい。魔法使い専用の魔力を無効化する手錠……って、何で俺にそんなものを使うんだ。俺は魔法使いじゃない……と思うんだが……。


 俺たちは兵士に小突かれながら連行された。例の、左右に広がっているが長い城壁をくぐると、その中にもこじんまりとした街並みが続いていた。鍛冶屋が多いようで、あちこちから鋼を打つ音が響いていた。


 その街並の奥に、堂々とした城がそびえたっていた。


※モーゼル大型拳銃

 モーゼルC96……1896年設計の軍用拳銃。引き金の前に弾倉があるライフルみたいな拳銃です。日本では「モ式大型拳銃」の制式名称で採用されてます。中国では大量の輸入品とコピー品が流通しており、戦前の中国大陸を描いた作品では必須って感じで登場してました。その特徴的なスタイルから、フィクション作品でも数多く使用されている銃です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る