第51話

「いいぞいいぞ嫌悪ぉ! いいぞいいぞ嫌悪ぉ! レッツゴー嫌悪ぉー!!」


 蜚蠊闘技場ゲテモノコロシアムの観客席から響き渡る手下のゴキブリたちの声援は、マタオたちの攻撃を軽快なステップで避け続ける嫌悪の神具に送られていた。


「ハッハー! なんだなんだそのスピードは? まるで止まっているみたいだぞ!! もっと頑張らんかぁー!!」


 嫌悪の神具は諦めずに攻撃を仕掛けてくるマタオたちに言った。しかし加速の能力が使えない以上、力の差は歴然である。


「よーし! 大体分かった! どうやら俺様は強くなりすぎてしまったらしいな! 早々に終わらせてもらおう! どりゃ!」


 嫌悪の神具はマタオの右手を避けながら、前足でカオルの腹を殴りつけた。彼女がゴキブリ化したとはいえ、もはや空気抵抗だけで避けられるスピードではなかった。


「きゃあっ!!」


 カオルは腹部に走る衝撃と同時にステージ外まで吹っ飛ばされて、キラユイとゴキローが待機している辺りの壁に叩きつけられた。不幸中の幸いだったのは、彼女の背中に乗っていたマタオはダルマ落としの要領でステージ上に残ったことである。


「えっ!? なにが起こったんだ? 白州さんはどこだ!?」


「ハッハー! すまんすまん! お前には速すぎて意味が分からんだろうな! ほれ、あっちの壁にめり込んだままノビてるぞ!」


 嫌悪の神具は指を差してキョトンとしていたマタオに状況を教えた。


「うわああー!! 白州さん大丈夫かぁー!?」


「ハッハー! いい反応だ! だが心配するな! 加速のねーちゃんは利用価値があるからまだ殺してはいない! ちゃーんと加減して殴ったからよぉー! ゴキブリ化しているあの身体なら生きているだろう!」 

 嫌悪の神具は余裕の笑みを浮かべながら言った。


「マタオよ! お前を殺す前に一つ聞きたい。封印の神具をどこで手に入れた? なぜ人間のお前がそれを所有できる?」


「誰がお前なんかに教えるかよ」


 マタオは右手で顔周辺を守りながら答えた。致命傷を避けるためである。


「ヒャッハー! この状況でよくそんなセリフが言えるなー! それとも絶望しすぎて頭がおかしくなっちっまったかぁー!? 顔周辺だけを封印の神具と合体している右手で守っても、俺様はお前の腹を突き破っちまうぜ!」


 嫌悪の神具は鋭い前足の爪を彼に見せながら言った。


「もう一度だけ聞く。素直に答えれば楽に殺してやろう。答えなければ痛めつけてから殺す。あっちの黒髪のねーちゃんもだ。どこで封印の神具を手に入れた? なぜお前に所有できている?」


「くたばれ下等生物が」


 マタオがそう言った瞬間、嫌悪の神具はマタオの腹を前足で突き刺した。


「ぐはぁっ!」


 そして嫌悪の神具は素早く前足を抜くと、マタオの腹部には大きな穴が空き、当然彼はその場に倒れて出血する。


「よし、これであとは黒髪のねーちゃんを殺して終わりだな。相変わらず蜚蠊闘技場ゲテモノコロシアムの中では手下のゴキブリが使えんのが不便だ。全部自分でやらなきゃいけねーからな」


「ぷはっ、ま、待ちやがれ、あいつに手を出すんじゃない」


 マタオはキラユイの方に向かおうとしていた嫌悪の神具に呼びかけた。


「き、キラユイは所有者じゃない、普通の人間だ、殺してもお前のセクス存在エネルギーは増えない。見逃してやってくれ」


「ハッハー! なるほど! そういやスナズの心を乗っ取った時に知ったが、黒髪のねーちゃんはマタオの妹だったなー! 分かった分かった、俺様も鬼じゃねー! 痛めつけて殺すのはやめだ、妹は首をはねて一瞬で楽にしてやるからな!」


 嫌悪の神具はスナズの顔で優しく微笑みながら答えた。


「ど、どうしてもキラユイを殺すのか?」


「あん? しつけーんだよっ! ゴキブリにならねーやつは全員殺す! それが俺様の存在理由だ!」


 嫌悪の神具はそう言ってマタオの負傷した腹を触覚でペシペシ叩きつけた。


「ぎゃああー!」


「てめえはそこで死ぬまで這いつくばってろバカ!」


 そして嫌悪の神具はステージ外でゴキローと待機しているキラユイの元まで向かった。


「おう、待たせたな黒髪のねーちゃん、いや、キラユイだったか? あれ? キラユイ? そういえばアシスタントの中にもキラユイ様ってのが居たな、懐かしいぜ」


「おう、それはワシや。お前らを地上に逃したさか、チェンジの神具で人間と入れ替わって回収しに来たで! 久しぶりやな嫌悪の神具!」


 キラユイは平気で事情をバラした。


「えっ!? マジで? つーかその事情を知ってるってことは間違いなくキラユイ様だよな? あー、その関係でマタオが封印の神具を所有してたのか。大体事情は分かったぜ」


 嫌悪の神具はうんうん頷きながら言った。


「ほなマタオの右手に触れて封印されてほしいんやが!」


 キラユイはかわいい声でお願いした。


「うーむ、なるほどなるほど、キラユイ様のお願いであればできるだけ聞いてあげたいが、まーあれだ、そういう事情なら、やっぱ殺さなきゃダメっつーことだ」


 嫌悪の神具は前足の爪でキラユイの首に切り掛かった。しかしキラユイはその斬撃を人差し指一本でトンッと受け止める。


「はあ? なんで?」


「なんでって、お前さっき自分で説明しとったがな。蜚蠊闘技場ゲテモノコロシアムでは今まで受けてきた嫌悪の量でセクス存在エネルギーの総量が決まるって。今のワシのセクス存在エネルギー量を確認してみい」


 嫌悪の神具はキラユイの身体を覆っている凄まじいセクス存在エネルギーを確認した。


「は、はわわっ、そうだった、キラユイ様は世界で一番のクズ……」


「誰がクズやっ!」


 キラユイは怒りながら嫌悪の神具の腹を殴った。そして嫌悪の神具はマタオの倒れているステージ上まで吹っ飛ばされて戦闘不能になる。


「天才は忌み嫌われるっていうだけの話やっ! ふうー、マタオ生きとるかぁー? 嫌悪の神具に触れて封印や! お前の近くで倒れとるでー!」


 キラユイはマタオに呼びかけると、彼は負傷した身体でノロノロ這いずって、嫌悪の神具に右手で触れた。そして嫌悪の神具は封印の神具に包まれて、封印されるのだった。




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