第33話

 衣類コーナーに着いたマタオたちは、キラユイの指示で男子と女子に別れて各々夏物の服を物色した後、購入予定の服を買い物カゴに入れて試着室に集合していた。


「で? 何をやろうって言うんだキラユイ? お前と白州さんがプチファッションショーを開催するのは勝手だが、僕は試着しなくても自分のサイズが分かっているから、早くレジに持って行って購入したいんだが」


「小生もそんなに服に関心がありませんので、試着は必要ないでござるよ」


 マタオとスナズはうんざりした様子で言った。


「何を寝ぼけたことを言うとるかっ! お前らもファッションショーに参加するんやっ!」


「だからなんでだよ、僕たちはそこの待ち合いのベンチに座って見ているからさ、キラユイたちだけで楽しんでくれよ」


 マタオはベンチを指差しながら言った。


「いいえ、キラユイさんの言う通り参加しないとダメですわよマタオさん。殿方の皆様は服に無頓着ですからね。休日にダサい服を着て外に出られては、一緒に歩く女性陣が困るのです。よって私たちが審査をしてオッケーが出た服のみ、購入の許可を出します」


 キラユイに同調したカオルは、スタイリストのような雰囲気を醸し出しながら言った。


「えー、なんだか面倒なことになったなあ。どうするスナズ君?」


「そうでござるな、まあ美人な女性に服装をチェックしてもらえる機会などこの先ないでしょうし、小生は別に構いませんが」


 スナズは戸惑いながらも、楽しそうだったのでゴーサインを出した。


「分かったよ。スナズ君がいいなら僕も参加しよう」


「よーし決まりや! カオル、ルールを説明せえ!」


「はい」


 カオルはキラユイに促されて答えた。


「えー、ルールは簡単です。まず挑戦者が試着室で購入予定の服に着替えてもらいます。そして残りの三人がそれを見て採点します。持ち点は一人十点までとし、三十点満点中、二十点以上が出た服に関しては合格ですので、レジに持っていって購入ができます」


「なんだか挑戦者って表現が怖いなあ。二十点以下の場合はどうなるんだ?」


 マタオは不安そうな様子で尋ねた。


「その場合は不合格となり、選んだ服は全ておもどしになります。当然ダサい認定されてますので、どれだけ気に入っていてもその服は二度と着れません」


「厳しい処置でござるよ」


「あら、イケていると勘違いしたままダサい服を着ているより、数倍マシだと思いますわよ」


「そやっ! カオルの言う通りやで! 特にスナズなんか存在自体がダサいんやさか、着るもんぐらいちゃんとせな、イジメられっ子のままやぞっ!」


「学校でイジメられている時は制服だから関係ないでござるよ」


「あっ? なんやとっ!? このガキャッ! なにを生意気に口答えしとるかっ!!」


 キラユイは激怒してスナズの股間を蹴り上げた。


「ぐはぁっ!」


 彼は激痛に叫んで膝をついた。キラユイの蹴りが右の睾丸を捉えたようである。


「こらっ! なにやってんだキラユイ!」


「キラユイさん殿方とのがたのそこは蹴っちゃダメですわよ」


 マタオとカオルはさらに追撃を喰らわそうとしていた彼女を引き止めた。


「離さんかっ! ワシがせっかく助言したったっちゅうのに! こいつが悪いんやっ!」


 キラユイは苛立ちながら言った。


「助言じゃなくて暴言だろ、とにかくやめろ。大丈夫かいスナズ君?」


 マタオは股間を押さえて唸っている彼に駆け寄って、肩を貸した。


「……うう、いくらイジメられ慣れている小生でも、この部分はダメージが大きいでござるよ」


「うん、そうだね、そこは耐えようがないからね、本当にすまない。ダメだぞキラユイ! 男の子の大事なところを蹴ったりなんかしたら! 子供が作れなくなったらどうするんだ!」


 マタオは男子を代表して言った。


「ふーんだ、ワシはわるないもーん、そもそもスナズに子供をつくるチャンスなんてこの先ないやろし。まあタマは二つぶら下がっとるんやさか、一つダメになってもスペアがあるさか大丈夫や」


 キラユイは下品にそう言い放つと、近くに設置してあるベンチにドカッと座り、まだ誰も入っていない試着室にプイッと視線を向けた。


「すでに審査員モードに入っていやがる……鬼め。白州さん、とりあえずスナズ君と一緒にキラユイの横に座っていてくれ。まずは僕が一人目の挑戦者になろう。ギャフンと言わせてやる」


「はい、分かりましたわ」


 カオルはマタオの言う通りにして、スナズと共にキラユイの座るベンチに腰掛けた。


「ふっ、言っておくが、こう見えても僕はファッションセンスには自信があるんだ。生まれてきて一度も服装がダサいなんて言われたことはない」


 マタオは得意げに言って、選んだ服が入っているカゴを持って試着室に入った。キラユイたちは彼がカーテンを閉めたのを確認すると、再びそれが開くのを静かに待つ。


 ーーよし、これでバッチリだな。封印の神具、一応君にも確認してもらおうか、どうだいこのコーデは? ダサくないよな?


 着替え終わったマタオはカーテンを開ける前に、試着室の中に設置されていた鏡を見ながら、心の中で封印の神具に確認した。少し不安になってきたようである。


 ……はあ、私は神具ですので、マタオ様たちの服装がダサいのかどうかは判断しかねますが、特におかしいところはないかと。


 そうだよな? ふう、安心したよ、ありがとう。


 そしてマタオは試着室のカーテンを颯爽と開け、モデルのようなポーズを取って三人の前に現れた。


「どうだい? 悪くないだろう?」


 キラユイたちはマタオの声に答えることなく、彼の服装をジッと眺めながら、点数を考えている。スナズでさえ股間の痛みに耐えながら審査員の役目を果たそうとしていた。


「なんだこの沈黙の時間は? 早く点数を言ってくれないか? すごく気まずいんだが」


「ほなスナズからや、さっさと点数を言わんかっ」


 キラユイは一番端に座っている彼に言った。


「……うぅ、小生が人の服装を採点するなどおこがましいでござるが、八点でお願いします」


 スナズは股間を押さえながら、絞り出すような声で答えた。


「八点か、よし、上々の滑り出しだ。ありがとうスナズ君」


「いえ、特にダサい要素はないと思われますので」


 スナズは照れくさそうな表情で答えた。


「馴れ合いは終わりやっ! つぎ! カオル!」


「はいですわ。うーん、私の見たところ、マタオさんのファッションセンスは五点でございますわね」


 カオルは目を細めながら言った。


「五点かあ、こいつは手厳しいね」


「ダサくはないと思いますが、一緒に横を歩きたいとも思えませんので」


「マジか……なんか意外にショックが大きいな」


 マタオはファッション審査がこれほどまでに自分の心にダメージを与えるとは思わなかった。


「さあ、これでキラユイさんが七点以上つけなければ、マタオさんの着ている服はお戻し決定ですからね。では審査委員長、点数をお願い致しますわ」


「お前審査員長だったのかよ」


「うむ」


 キラユイは満足そうに頷きながら、少し間をおいて点数を言った。


「ジャカジャカジャカジャカジャーン! 二点や!」


「……に、二点だとっ!? 嘘だっ!? いくらなんでもそれは納得できないぞキラユイ! ちゃんと理由を言ってもらおうか」


 マタオはあまりに点数が低かったので、イライラしながらキラユイを問いただした。


「理由やと? 口だけは一人前やで、ダサオのくせに」


「誰がダサオだ! 勝手に兄の名前を改名するんじゃない、僕の名前はマタオだ」


「お前のようなファッションの分からん奴はダサオで十分や! もう一度そこの鏡で自分の姿を見てみい!」


 キラユイは厳しい口調で言った。


「だからなんだって言うんだよ? 黒のバケットハットに薄いブルーレンズのサングラス、それとビッグシルエットの白ティーシャツに黒のハーフパンツを合わせた夏のシンプルコーデじゃないか。若者の間で流行っているんだぞ」


 マタオはキラユイに言われた通り、試着室の鏡で自分の服装を再度確認しながら説明した。


「アホたれっ!! 流行りゅうこうっちゅうもんはわがでつくるもんやっ! なによりあかんのはダサいのを恐れるがゆえに、頭空っぽの量産型コーデで誤魔化そうとしとるとこやでっ!! なんの挑戦もないやないか! お前には自分の考えっちゅうもんがないんかっ! よってそんな弱腰クソダサコーデは二点や! 二度と着ることは許さんっ!!」


 キラユイは顔を真っ赤にしながらマタオをボロクソにののしった。


「……う、嘘だ、でもファッション雑誌ではこれがイケているって書いていたぞ。女の子からもモテモテだって」


「そらな、考えるのを放棄したバカな消費者をあおってゴミを売りつけるのが奴らの仕事やで、鵜呑みにしとるマタオがアホなんや」


「キラユイさんの言う通りですわよマタオさん。あなたの負けです。早く制服に着替えて下さい。もちろんそのコーデはお戻しになりますので、購入は許されませんよ」


 カオルはキラユイに同調して、マタオの試着室のカーテンを強制的にシャッと閉めた。


「……えっ? 終わり? 僕は負けたのか?」


 自分の予想に反して、ボロクソの評価をされたマタオは、すっかり戦意を喪失し、イケていると思っていた服を脱いで制服に着替えた。


 確かに僕は恐れていたのかもしれない。流行りのビッグシルエットに黒と白のモノクロコーデさえ着ていれば大丈夫だと思い、自分の頭でコーデを考えることを放棄していた。キラユイたちの言う通り自業自得だ。


「クソッ!! クソー!!」


 マタオは悲痛な叫びをあげた後、購入予定だった服を店員さんに渡した。そしてそれは綺麗に畳まれて商品棚に戻されるのだった。

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