第5話

「作者っ! 作者っ! 大変ですっ! 世界の神具が見当たりません!」


 フロイグは扉の外で落ち込んでいる作者に向かって叫んだ。


「あと裏切り者のアシスタントはキラユイさんだったみたいですっ! 気絶してますけど」


「あー? 何を馬鹿なことを」


 作者はフロイグの言葉にまさかと思いながら扉の中に入った。


「はっ? 嘘だろ? マジで無い……えっ? どういうこと? どうしようどうしよう」


「落ち着いて下さい作者、とにかくキラユイさんを起こします」


「あ、ああ、そうだな、頼む」


「キラユイさーん! 起きて下さーい!」


 フロイグは声をかけながら、地べたに倒れているキラユイの身体を揺らした。


「キラユイさーん、ご飯の時間ですよー!」


「ううんっ、あー? なんやもうメシの時間かえ? はっ、誰や? ってぎゃあー!! ふ、フロイグっ!! それに作者もっ!! なんでお前らがここにおるんや!?」


 キラユイは目を覚ますと、驚きながら言った。


「私たちは新しい世界にするために、世界の神具を取りに来たんですよ」


「なんやとっ!? ほんまか作者?」


「いや、まだ確定したわけではないけどな」


「ほぼ確定ですよ、そんなことより、なぜキラユイさんが作者しか知らない世界の神具の保管場所に居るんですか?」 


 フロイグはキラユイの腕を引っ張って、立ち上がらせながら聞いた。


「あっそうやった、ワシはハメられたんやっ! 誰が送ったんかは知らんが、家のポストに入っとった手紙に、世界の神具の保管場所が書いてあったんや! ほんで気になって来てみたらこのザマや!」


「なっ!? バカなっ!! なぜ俺しか知らないはずの情報が漏れているんだ!? いや待て、どちらにしてもあの一万もの扉の中からどうやって正解が分かった? フロイグには奇跡的に突破されたが、俺の考えた番号がそうポンポンと……」


「三九四八でサクシャやろ、アホでも分かるわ、手紙にも書いとったし」


「ノォー!!!!!」


 作者は小馬鹿にしたようなキラユイの言葉を受け、再度膝から崩れ落ちた。


「扉の暗証番号はともかく、その送られてきた手紙を見せて下さい」


 フロイグは落ち込んでいる作者を無視してキラユイに言った。


「確認したら処分せえと書いてあったさか、燃やしてもうたわ」


「……おバカ。では一応聞きますが、世界の神具はどこです?」


 フロイグはため息をつきながら言った。


「知らん、この部屋に入ったところまでは覚えとるんやが、そっからは記憶がない」


 キラユイは和室になっている部屋を見回しながら言った。


「気配が残っとるさか、ここに世界の神具が保管されとったのは間違いないんやが」


「おそらくキラユイが扉を開いて入室した瞬間、世界の神具に殴られて気絶させられたんだろう。アレは神具の力が使えない状況でもそれぐらいのことはやる」


 いつのまにか落ち着きを取り戻していた作者は、キラユイの後頭部に大きなたんこぶができているのを確認して言った。


「えーと、つまり世界の神具も他の神具と一緒に、地上へ出てしまったというわけですね」


 フロイグは頭の中で状況を整理しながら言った。


「そうだな、宝物庫さえ出てしまえば、あとはその辺の地上に繋がっている干渉用のゲートに入ればいいだけだからな」


 作者はキレそうになっているフロイグに説明した。


「私が頂くはずだった魅了の神具はどうなるんですか?」


「世界の神具がないとどうにもならん、地上に逃げたままだろうからお預けだな。というかもはやそういう問題じゃない、この世界が滅茶苦茶になってしまう」


 作者は半分諦めたような顔をして言った。


「……キラユイさん、あなたどうやって責任をとるつもりですか? これは完全な裏切り行為ですよ。世界の神具がなければ新しい世界も創造できませんし」


 フロイグは鋭い視線を向けて言った。


「ち、違うんやっ! 聞いてくれっ! ワシは裏切ろうとしたんやない、ただちょっと世界の神具の居場所が分かったさか、こっそり使って、誰もワシに逆らえんような世界をつくろうとしただけなんや」


 キラユイは焦りながら必死に訴えた。


「他の神具も残しといたら逆らう奴が出るかもしれんさか、お外に解放してあげたんや! ワシはただ世界の王になって、自分だけ甘い汁を吸おうとしただけなんやっ!」


「……だ、だからそれが裏切り行為と言うんですっ!! それどころか完全に確信犯じゃないですかっ! 作者っ! 聞きましたか? 今までさんざんキラユイさんを甘やかしてきた結果がこれです! さすがに今回ばかりは許せませんよっ! もうこの子は必要ありません、処刑でいいですね?」


「……本来ならそうなるだろうが、キラユイはなあ……処刑はちょっと……」


 作者は難色を示しすような顔で言葉を濁した。


「はあ? ふざけないで下さい、じゃあ聞きますけど、同じことを私がやったらどうなるんですか?」


「処刑だな」


 作者は一点の曇りもなく即答した。


「ほらおかしいでしょっ! キラユイさんだけいつもこれですっ!! 初孫ができたおじいちゃんじゃないんですから、いい加減にして下さいっ!! 他のアシスタントに示しがつきませんよっ!」


 フロイグは鬼の形相で作者に詰め寄りながら言った。


「この間だってそうです! 地上干渉用のゲートを使って珍しく仕事でもしているのかと思ったら、バナナの皮を急カーブの道路に落として、人間の乗った車を事故に遭わせてたじゃないですか!! 平凡な家族を不幸のどん底に落としてゲラゲラ笑ってたんですよこの子は!! 作者の財産である人間を正当な理由もなく殺すのは禁じられているのにも関わらずっ!」


「あ、あれは違うんやぁー、ワシはただ幸せそうな人間が嫌いなだけなんやぁ」


 キラユイは長い金髪を人差し指にくるくる絡ませながら言った。頭の上にはフロイグと同じ黒い球体がゆらゆら浮いており、服装は黒を基調としたものを着ている。


「そんな馬鹿げた理由が許されるわけないでしょっ!! よくもまあズケズケと勝手なことが言えるものですっ! アシスタントを統括する私の立場を考えたことがありますか? 恥を知って下さい恥をっ! もう無理ですよ作者、今回も不問にするようでしたら、私はアシスタントの地位を返上してでもキラユイさんを始末しなければなりません」


 フロイグは切腹する武士のような覚悟を持って、作者に言った。


「うーん、そうだな、お咎めなしってわけにもいかないかぁ」


「嫌や嫌やっ! 不問にしてくれ作者っ! ワシはなんも悪うない!」


「でもフロイグがすっごい顔で睨んでるし、世界の神具を使って裏切ろうとしたあげく、宝物庫の神具を全て地上に逃してるからなぁ」


 作者は困ったような表情で言った。


「それがなんやっ! 大体罰を与えるって発想が間違っとる、結果的に神具の奴らが地上に出たおかげで、停滞しとった世界がおもしろくなりそうでええやないか、作者もよう言っとったやろ? 世界がつまらんって」


「あー確かにその発想は無かったな、それじゃあキラユイは不問でいっか」


「そうや、ワシはようやっとる、むしろ褒められたいぐらいや」


 キラユイは自分の悪行を棚に上げて、得意げに言った。


「分かったなフロイグ、そういうことやさか、ボサっとしとらんでワシの肩でも揉まんかい」


「……ふぅー、どうやら二人ともおふざけが過ぎるようですね。私もこんなことはしたくなかったのですが、仕方がありません」


 作者とキラユイの茶番に痺れを切らせたフロイグは、二人の首を同時に掴んで持ち上げた。


「ぎゃあっ!」


「があっ!」


「さて問題です、お馬鹿さん二人は神具の使えない空間で、私から逃れられるでしょうか?」


 フロイグの問いかけに二人は空中で足をバタバタさせながら、全力で首を横に振った。


「では作者はキラユイさんに正当な罰を与え、キラユイさんはその罰を素直に受け入れてくれますね?」


 キラユイと作者はすぐさま首を縦に振って、彼女の問いに答えた。


「……ロシテ、オロジデ、ハヤク」


「よろしい、しかしこんな機会も滅多にないでしょうから、もう少し鑑賞させてもらいましょうか」


「……ヌゥ……シッ、シヌゥ……」


 フロイグは締め上げられて真っ赤になっていく二人の顔をじっくり堪能した後、パッと手を離した。


「ゲホッゲホッ」と咳き込んで着地した二人は、その場にうなだれた。


「お、おい、俺までやられる必要があったのか?」


「使用者責任です」


「ワシもやられる必要ないやろが」


「キラユイさんは首をねじ切りましょうか?」


「嘘やっ! 悪いと思っとるっ!」


 キラユイは素早く作者の後ろに隠れて言った。


「でも暴力は反対やっ! そんなもんで無理やり従わせても何の解決にもならんぞ!」


「フフッ、何を言うかと思えば、キラユイさんが今までやってきた蛮行に比べれば、随分とまともな手段ですけどね。それにこれは暴力ではありません。アシスタントとしての使命を果たしただけです」


「外道めっ!」


「あなたにだけは言われたくないですよ」


「まあまあフロイグ、キラユイも反省しているようだし、それに他の神具ならともかく、世界の神具は人間の手には負えないだろうから、そのうち地上に飽きて戻ってくると思うぞ。みんなで管理してきた世界が神具たちに荒らされるのは残念だが、こうなってしまえば仕方がない、だから今回は大目に……」


「黙りなさい」


「……はい」


「作者の言うことも理解できますが、人間はこれまで不可能を可能にしてきた実績がありますので、万が一ということもあります。ですからキラユイさんには相応の償いを受けてもらわなければなりません」


 フロイグは危機感を持ちながら言った。


「しかし私も鬼ではありませんから、処刑以外に今回の件を不問にする方法を思いつきました」


「頭でも下げなあかんのか? ワシそんなみっともない真似したくないんやが」


「作者そこをどいて下さい、やはりこの子は首をへし折らないと分からないみたいですので」


「う、嘘やっ! お茶目な嘘っ! なんでもするっ! 何でもするからっ!!」


 フロイグは作者の後ろに避難していたキラユイの首を掴もうとしてやめた。


「時と場合を考えなさいよまったく、大体頭を下げたくらいで済むわけないでしょ? 子供の喧嘩じゃないんですから。そうではありません、キラユイさんには地上に行って逃げ出した神具をすべて回収してもらいます」


「えっ? ええぇー!?」


 キラユイと作者はフロイグの提案に驚愕して、同時に叫び声を上げた。

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