第6話

 「ちょっ、ちょっと待てフロイグ、確かに筋は通っていると思うが、地上に出た神具をキラユイが回収するのは無理だぞ」


「そうやそうやっ! ワシを殺す気かっ!」


 作者とキラユイはそろってフロイグの提案を否定した。


「まあまあ、ちょっと二人とも落ち着いて下さい、分かってますって。作者とアシスタントは地上では存在が許されない、この世界を創造した時に作者が設定した重要なルールの一つです」


 フロイグは再確認するように言った。


「そうだ、しかもそのルールを変更するには世界の神具が必要になる。だから現状俺たちにできることと言えば、こっちの世界から手持ちの神具を使って地上に干渉しつつ、世界の神具が戻ってくるのを待つしかない」


 作者は深刻そうに言って、腕を組んだ。


「そうやそうや! 理由はなんでもええ! とにかくワシは面倒なことはしとうないっ!」 


「フフッ、ですから落ち着いて下さい二人とも。大丈夫ですって、実はあるんですよ、一つだけいい方法が」


 フロイグは不敵な笑みを浮かべて言った。


「ほう、どうするんだ?」


「私たち以外なら、地上で神具の回収をしても問題ないでしょ?」


「ああ、それはそうだが……ってまさかお前っ!?」


「そうです、人間を使うのですよ。彼らであれば元々地上に居ますし、神具の方からすり寄ってきますので、探す手間も省けて好都合です」


「た、確かにそれなら問題ない……世界の神具が戻って来るのを待つより現実的かもしれん」


 作者はフロイグの画期的な提案に驚いた。


「はんっ、何を言うとる、そんな都合のいい人間がおるわけないやろ。百歩譲っておったとしても、どうやってそいつに状況を説明するんや? ワシらが地上に出たら存在が消えてしまうがな」


 キラユイはフロイグに対して偉そうに指摘した。


「ええ、ですからキラユイさんには人間と入れ替わってもらいます。そして地上の人たちと協力して、神具の回収をするのです」


「あ? どういうことや?」


「こういうことですよ」


 フロイグは指をパチンと鳴らした。すると彼女の頭に浮いている黒い球体から、弓と二本の矢のようなものが目の前にズルリと出現する。


「これが何か、二人ともお分かりですね」


「うわー、危ない奴が危ない神具を持っていやがる」


「ちぇ、チェンジの神具っ!! ご、後生やフロイグっ! それだけは勘弁してくれっ!」


 作者とキラユイは彼女の持つ神具を確認すると、驚愕して言った。


「勘弁するもなにも、あなたに拒否権はないのです」


「ぎゃあ! 離せっ!」


 フロイグはキラユイが逃げないように片手で首根っこを掴んだ。


「まったく、手間をかけさせないで下さい」


「たっ、助けてっ、地獄に送られるぅー! たしゅけて作者ぁ!!」


 キラユイは作者の同情を誘おうとして涙ぐみながら叫んだ。


「すまんキラユイ、俺には止められん」


 作者はフロイグに身体の自由を奪われているキラユイを見つめながら、気の毒そうに呟いた。


「さてっ、では外に出ましょう、宝物庫の中では神具が使えませんので」


 フロイグはキラユイをひょいっと肩に担ぎながら、作者に声をかけた。


「見ての通りキラユイさんもやる気になったようです」


「どこがやっ! 下ろさんかフロイグっ!! 嫌やぁぁー!! 人間なんかと入れ替わるんやったら死んだ方がマシやぁー!!」


「身から出たサビとはいえ鬼だな」


 作者はキラユイに同情しながらも、他に良い方法も無さそうだったので、とりあえずフロイグに任せてみようと思った。


 三人が宝物庫を出ると、フロイグは早速キラユイを肩から下ろし、素早く入れ替わりの神具に矢をセットして放った。


「ぎゃあー!! いだいー! 死ぬぅー!!」とキラユイは叫んで、自分のおでこに命中した矢を掴みながら地面に倒れる。


「お、おい、大丈夫なんだよな」


 作者はのたうち回るキラユイを見て、心配そうにフロイグに尋ねた。


「ええ、知っての通り、チェンジの神具は攻撃タイプの神具ではありませんので、全く痛みも無いです。もう一つの矢が入れ替わる対象に命中するまでは、おでこの矢も刺さったままですが、嘘つきが同情を誘って悪あがきをしているだけですので、いちいち反応しないで下さい」


「そ、そうだよな、やけにリアルだったからつい」


 作者がフロイグの説明に安心したのを確認すると、キラユイは舌打ちをして痛がる演技をやめた。


「なんでワシがこんな目に遭わなあかんのや! ワシはただ世界の王になりたかっただけやのに、それの何が悪いんや?」


「あなたは世界の王になる前に果たすべき責任がたくさんあるでしょう? 偉そうなことはそれを全て片付けてから言いなさいね」


 フロイグは呆れながら言って、頭の上の黒い球体から取り出した手袋をはめると、すぐにキラユイのボディーチェックを始めた。


「お、おい! どこを触っとるんや!! ポケットの中はあかんて!!」


 抵抗も虚しく、フロイグはキラユイの持っていたおふだのような紙切れを取り上げた。


「どこにあるのかと思えば、やはり宝物庫の扉に貼ってあった封印の神具を隠し持っていましたね。隙を見て私にそれを触れさせ、チェンジの神具を封印して逃げるつもりだったんでしょうが、そうはいきませんよ」


「……キラユイ、お前マジか、フロイグが素手で封印の神具に触れていたら、所有する神具が全て宝物庫に封印されていたぞ」


 作者は呆れながら言って、キラユイを見つめた。


「ち、違うんや作者! 封印の神具は後でちゃんと返すつもりやったんやっ! それをフロイグのやつがワシを悪者にしようとして……えーんえーん」


 追い込まれたキラユイはしゃがみ込むと、両手で顔を隠しながら嘘泣きを強行した。


「騙されないで下さいよ作者、封印の神具を返すタイミングなんていくらでもありましたし、ポケットの中はあかんとか叫んでましたからね」


 フロイグは厳しい視線を作者に向けて言った。


「そもそもこれほど致命的な過ちを犯しているのにも関わらず、責任を放棄して逃げようとする発想が恐ろしいですよ。口から出てくるのは謝罪ではなく、不満と見苦しい言い訳ばかりですし、作者からもガツンと叱ってもらわないと」


「そうだよな」と作者は答えて、キラユイの頭を撫でた。


「ダメだぞフロイグ、勝手に決めつけちゃ」


「は?」


「キラユイは返そうとしてたんだよな?」


「そうやっ! ワシは返そうしとったんやっ! それやのにフロイグが無理やりポケットから封印の神具を取り上げるさか、まるでワシが隠し持っとったかのようになってしもたんやぁー! えーんえーん」


 キラユイは大粒の涙を流しながら言った。


「やりすぎだぞフロイグ、早くキラユイに謝って」


 フロイグは作者の理不尽な発言が信じられなかった。しかも彼に頭をなでなでしてもらいながら、キラユイが密かに舌を出してニヤついた顔をこちらに向けてきたので、久しぶりに殺意が湧いた。


「……作者、それを本気で言っているのなら、私はキラユイさんを始末した後、私の全てを代償にし、作者以外の存在を消さなければなりません」


 フロイグは滅茶苦茶ヤバそうな雰囲気で言って、自分の頭の上に浮いている黒い球体に手を突っ込んだ。


「この神具を使う時がいつか来るとは思っていましたが、それが今日だとは思いませんでした。作者、それではさようなら。シング……」


「はい嘘ですっ! うそうそっ! ほらキラユイも早く泣き止んでー! おでこを地面に付けて謝ろうっ! うん! 今すぐっ!」


 作者とキラユイはフロイグが唱えかけた言葉を聞いて、何をしようとしたのか大体予想がついたらしく、テキパキ茶番を中止した。


「フロイグ、すまんかった、ワシ封印の神具を隠し持っとったわ。ほんで、隙があったら全部の責任お前らに押し付けて逃げるつもりやった。もう二度としません。なんでもします。殺さないで下さい」


 キラユイはチェンジの神具の矢がおでこに刺さっているせいで、土下座がうまく出来ず、仕方なく片方の耳を地面にペタリとつけて謝罪した。


「さて、どうしましょうか」


 フロイグは足でキラユイの頭をグリグリ踏みつけながら言って、作者の方をチラッと見た。まだ片手は黒い球体の中である。


「俺も何でもします、すいませんでした」


 作者は綺麗におでこを地面につけて謝った。


「いいでしょう、二人とも許します。では作者、この状況を他のアシスタントたちに伝えてきてもらってもいいですか?」


 フロイグは突っ込んでいた黒い球体から完全に手を出して言った。もちろんその手には何も持っていない。


「えっ? それだけでいいのか? もっと変な要求をされるのかと思ったが」


「緊急事態ですからね。それに作者がここに居るとキラユイさんを甘やかすので、色々とやりづらいんですよ。翼の神具をお貸ししますので、さっさと行ってきて下さい」


「すっかり邪魔者扱いだな」


 フロイグは指をパチンと鳴らした。すると例の如く頭の上の球体から翼が出てきて、作者の背中にピタリとくっ付いた。


「最高責任者はあなたなのですから、部下の不始末は作者の口から直接説明して下さい」


「それを言われると、ぐうの音も出ないな」


「行かんといてくれ作者ぁー! フロイグと二人きりは嫌やぁー!」


「俺もできればここを離れたくはないんだが」


「もういいですから、さっさと行って下さい。翼の神具も気を遣わなくていいです、早く羽ばたたいて作者を連れて行きなさい」


「はい、フロイグ様」


 そして翼の神具は、作者の意思に反して凄いスピードで飛んで行った。


「さて、では話を進めましょう」


 フロイグはまた指をパチンと鳴らして言った。すると今度は頭の上の球体からテレビモニターのようなものが出てくる。


「映像の神具よ、私の望むものを見せなさい」


「はい、フロイグ様」


 映像の神具は答えて、地上のとある場所を映し出した。


「すまんフロイグ、取り込んどるところ悪いんやが、そろそろ足どけてもろてもええ? ワシの首がイカれそうなんやが」


「ああすいません、足元がにおうと思ったら、キラユイさんの頭を踏んでいたんですね。あとで靴を処分しないと」


「誰が汚物やっ!」


 フロイグは片足をどけてキラユイを解放した。


「まったく酷い目に遭ったで、なんでもするとは言ったが、チェンジの神具で入れ替わる人間は若くて金持ちで容姿のええ奴限定や。わかっとるなフロイグ!」


 キラユイは自分の立場を顧みず、図々しい要求をした。


「ええ、キラユイさんにふさわしい人間を用意しますので、これから概要を説明します」


 フロイグは不気味な笑みをつくって言った。


「それではキラユイさん、まずは映像の神具をご覧下さい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る