第4話

 二人が隠し階段を下りると、そこは上下左右どこを見ても扉だらけの空間が広がっていた。


「ええっと……なんですかこれは? まさかこの中の一つが世界の神具の保管場所だなんて言いませんよね?」


 フロイグは困惑しながら作者に尋ねた。


「……念のためだ」


「念のためって、尋常じゃない数ですよこれ、ダミーも含めてどれだけの扉を用意したんですか?」


「一万だ。さらに一回目で正解の扉を開かないと、世界の神具には辿り着けない」


「うわー、すごい警戒レベルですね。ちなみにハズレの扉を開くとどうなるんです?」


「宝物庫自体が封印されるから、完全に閉じ込められる。そうなると解除できるのは俺だけだ」


「もはや私たちのことを敵だと思ってますよね?」


「……み、みんなを守るためだ」


「そういうセリフは私の目を見て言って下さいね、どこを見ているんですかどこを」


 フロイグは逃げるように天井の扉を物憂げに見上げた彼に言った。


「まあ作者の言葉通り、世界の神具が悪用されるリスクを考えれば仕方がないんでしょうけど、しかし一万もの膨大な扉があるとはいえ、アシスタントであれば何かしらの神具を使って突破できそうな気もしますが」


「無理だよ。入り口の封印の神具が解除されているこの状況でさえ、宝物庫の中で神具を使おうとすると、強制的に無効化されるからな。あれはあくまで神具の出し入れを許可しているだけであって、宝物庫内での使用は認めていない」


「ああそうでした。そういえば宝物庫も封印の神具の一部なんでしたっけ? 確かにワープの神具も使えませんね」


 フロイグは試しに人差し指で空中に円を描いたが、空間は切り取れず、何も起こらなかった。


「では奇跡でも起こらない限りは無理ですか……しかしそうなると作者はどうやって正解の扉を覚えているんですか?」


「これだよ」


 作者は手前の扉を指差して言った。


「扉には一から順番に一万までの数字が書かれているだろう? それで判別できる」


「なるほど、暗証番号みたいなものですね。あっ、じゃあ普通に作者に正解の扉を開けてもらっても面白くないですから、ちょっとしたゲームをしません? 私が正解の扉を選びますから、それがもし当たっていたら賞品として神具を一つください」


「さすがに当たらんだろ、一万分の一だぞ」


「だから遊びですって」


 フロイグはニコリと笑って言った。


「まったく、しょうがない奴だなあ、ちなみに欲しい神具って何?」


魅了みりょうの神具です。あれで作者をメロメロにして、私の犬にします」


「……いや、それ俺の所有神具じゃないんだが……まあいいだろう」


 作者は一応許可したが、フロイグがもし正解の扉を当てたとしても、あとで世界の神具を使って結果を改変してやろうと思った。


「決まりですね、では行きましょう」

 

 彼女はそう言うと、一つの扉を目指しているような確固たる足取りで、スイスイと奥の方へ歩いていく。


「おい、この辺の扉はいいのか?」


 不思議に思った作者は、フロイグの自信満々の後ろ姿を追いかけながら言った。


「意外に手前の一桁から三桁の番号に正解の扉があるかもよ」


「フフッ、何を焦っているんですか? そんな言う必要のない情報をわざわざ私に与えてしまっている時点で、一から九九九番の扉に正解は無いのですよ」


「いやいや、それは分からんだろ、今の俺の発言がお前にそう思わせるための罠だって可能性もあるし」


「作者は嘘をつくと、普段より声が五ヘルツ高くなります」


「マジかよっ!? 怖っ!!」


「これはそういう勝負なんですよ」


「くっ、さすがにずっとストーカーレベルで俺にまとわりついてきた奴が言うと、説得力がありやがる。まさかこんな些細なやり取りで一から九九九番のダミー扉を見破るとは。あー、あー、らららららぁー、これぐらいか五ヘルツ? キープすんのめんどくさっ」


「キープしなくていいですよ、カマをかけただけなので」


 フロイグは馬鹿を見るような目で作者に言った。


「えっ?」


「作者が自分でバラしてくれたおかげで、九千一分の一まで絞れました」


「……てめぇ、汚い手を使いやがって……ふん、まあどうせ焼け石に水だがな、もう絶対余計なことは言わん」


「いいですよ、ちょっと作者をからかっただけで、最初から正解の扉は分かっていますから。私の犬っころになる前にどんな首輪がいいか考えておいて下さいね」


「ははっ、そんな奇跡が起こったらメス犬が付けるようなピンクの首輪をつけてやるよ、でっかいリボンの付いたやつ」


 作者は自信満々に言って笑った。


「フフッ、そんなお決まりのフラグをビンビンに立てられては、ますます外せなくなりましたね。あっ、あれですあれ」


 フロイグはお目当ての扉を指差すと、ゆっくり近づいて立ち止まった。


「正解の扉はこの三九四八番の扉です。理由は簡単、三九四八でサクシャ、すなわち作者の扉です」


「……たはっ、なんじゃそりゃ!? 本当にそれでいいのか? 今変えるならもう一回チャンスをやってもいいぞ!」


 作者は焦って変なをつくりながら言った。


「いえ、この扉でいいです」


「お、お前なっ! 俺がそんな幼稚な理由で世界の神具の保管場所を決めると思うか!? 人間でももっと考えるぞ!」


「正解なのかハズレなのかを言って下さい」


「言うまでもないだろ!」


「ハズレですか?」


「ご名答だよバカヤロウ!」


 作者はしっかりフラグを回収して、膝から崩れ落ちた。


「くそっ、くそっ、俺だって色々考えたんだ。全然関係ない番号とか、暗号みたいな番号とか、でも極秘事項だからメモとか取るわけにもいかないし、一回で正解の扉を開かなければならない性質上、どうしても番号を忘れるわけにもいかない。そんな不安が毎日毎日押し寄せてきて、気付いたら俺は心が病んでしまっていた。そしてふと思ったんだ、この世界を創造した俺が、何でこんな些細なことで苦しまなきゃならないんだろうって。そう考えると心が楽になっていった。番号なんて何でもいいじゃないか、そもそもアシスタントが世界の神具を盗もうとするわけがないし、隠し階段にも気付くわけがない、それでなくても一万分の一の扉があるんだぞ? 悩むなんて馬鹿らしいじゃないか、番号なんて覚えやすいやつでいいんだ、ええいっ! ままよっ!」


「と、その結果お馬鹿さんみたいな番号に設定してしまったというわけですね。回想おつかれ様です、もう扉開けてもいいですか?」


「好きにしろ」


 しかしフロイグが扉を開けて入室すると、そこに保管されているはずの世界の神具は無くなっており、代わりにアシスタントが一人倒れているだけだった。

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