16、夢――覚悟



 日照りの日が何日も続き、蝉たちの鳴き声でさえ元気がないように聞こえた。

 プールにでも行ってきたのか、子どもたちが水着入れをぶら下げながら走り抜けていく。

 春香はその光景を微笑ましげに見送った。


「あぁ~!疲れた!」

 隣で葉菜が盛大に欠伸をした。春香は気づかれないようにそっと笑う。

「毎日言ってるね、そのセリフ。」

「だってさ、こんなに大変なんて思ってなかったんだもん。でも可愛いよね、子どもは。」

 葉菜はそう言って笑顔を見せた。


 二人は半月程前から近くの保育園でボランティアをしていた。葉菜は昔から子どもが好きで、小さい頃から将来の夢は保育園の先生と耳にタコができるくらい聞かされていた。

 春香はそんな意外と純粋で一途な所のある葉菜が羨ましかった。


「でも将来は本当に保育士さんになりたいんでしょ?今からそんな事言ってちゃダメなんじゃない?」

「そうだよね。大丈夫かな、私…。保育士さんって体力勝負なんだね。甘く見てたよ。」

「何それ。子どもたちとただ遊んでりゃいいって思ってた訳?」

「そんな事はないけど…。うん、近い事思ってたかも。」

 わざと意地悪に言ったのに思いがけず真剣に返されて、春香はちょっと慌てた。


「ちょっとちょっと…。いつもの威勢はどうしたのさ。」

「でも…何だかんだ言っても子どもは可愛いんだよね。やっぱり私は絶対に保育士さんになる!」

 俯いてぶつぶつ言っていた葉菜だったが突然顔を上げると、力こぶしを高々と挙げてそう宣言した。

 春香は呆れた顔をしながらも、自分の夢をそんな風に誇らしげに口にできる親友を格好良いと思った。


「春香は?」

「え?」

「春香も子ども好きでしょ?一緒に保育士さん目指す?」

「う~ん……」

 確かに子どもは好きだ。子どもと触れ合っている時間は嫌な事を忘れられるし、将来の自分を思い浮かべる時もある。だけど……


「私は…看護師になろうかなって…」

「え、看護師?あんたが?」

 葉菜は心底驚いていた。それはそうだ。春香の事は誰よりも知り尽くしているのだから…


「だって春香、あんた血が苦手じゃない!」

「そうなんだけど…」

 そう、実は春香は血が苦手なのだ。春香は葉菜の心配そうな顔が見れなくて俯いた。


「もしかして…透さんの事と関係あるの?」

 思わず足が止まる。目線はじっと足元のアスファルトを見つめていた。兄の顔が浮かんでは消えていく。


「関係なくはない…かな。だってあの日…お兄ちゃんがもう歩けないってわかった時に自分に誓ったんだもん。私が傍にいるって。」

「だからって……」

「わかってるよ。私一人じゃどうにもならないって。だけど……」

 葉菜の方を見なくてもどんな表情をしているかは何となくわかった。

 きっと悲しそうな寂しそうな、何ともいえない顔をしているのだろう。


「そっか…まぁ、頑張ろう!お互い。」

 突然葉菜が明るい声を出して春香の顔を覗き込む。

 春香は拍子抜けした顔で葉菜を見返した。


「葉菜…?」

「春香が決めた事だから、私はもう何も言わないよ。だから夢がちゃんと叶うように今から頑張ろうよ!お互い応援し合ってさ。」

「応援…してくれるの?」

「当たり前じゃない!私たち親友でしょ?あんたも私の応援してよね。」

「こっちこそ当たり前よ!」

 ウインクしてくる葉菜に冗談交じりに返しながら、瞳には涙が滲んでくる。

 蝉たちの鳴き声が二人を包むように一層高くなった。



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