(閑話)地底での戦い

 やぁやぁ、君たち誰か忘れてないかね? そう! 俺だよ! 4号だよ!

 え、誰とか言わないで。泣いちゃうから。

 ノルドの枯れた泉から地下水脈の様子を見るのに潜ったんだけど。覚えてない? え? 覚えてない……ソウデスカ……。


 泉の下は巨大な洞のようになっている。

 水位は小さなきのこに過ぎない俺の腰までしかない。

 水が枯れるのも時間の問題だ。


「≪水流操作≫、≪ライト≫」


 魔法が切れそうになる度に重ね掛けをして水脈の源流へと進む。

 水魔法を取得していたお陰でこんな水位の中でも流れに身を任せるように逆流できるし、光魔法を取得していたおかげで視界にも困らない。

 まるで流れるプールだ。他に誰もいないし少しくらい童心に帰っても良いだろう。


『――≪カエデ・キノシタ≫のスキル≪水魔法≫がLv.3になりました――』

『――≪カエデ・キノシタ≫のスキル≪光魔法≫がLv.3になりました――』

「げっ、またか!」


 使い続けているせいかスキルレベルがガンガン上がる。戦闘に直結するスキルはなるべく上げたくないんだがなぁ。仕方ない。


「それにしてもあの媚薬の原料、惜しかったなぁ。こっそり持ち帰ってルナに食わせたら……むふふ」


 1号の視界を通じてリージェ達の動向は丸見えだ。

 あのどぎついピンクの植物、催淫と妊娠効果があると出ていた。そのまま食べるとただの興奮剤なようだから、どうにか調合方法を調べたいところ。


「王都なら調合の本とかもありそうだな。頼んだ7号!」


 7号がさっそく王城の書庫に向かうのが見える。

 夫婦二人きりの生活でも十分幸せなのだが、俺はそろそろ自分の子供が欲しい。

 要と一緒に面倒見てきた香月は大きくなっちまったしな。


 病院で不妊治療をとも思ったが、病院に行くとルナが人間じゃないのがバレるから俺が種なしじゃないかを調べてもらうだけにとどめた。結果はやっぱり種族的な問題のようだ。

 となるとやっぱりこういう不思議植物の不思議効果に頼るしかないでしょう! ああ、楽しみだ。

 

「フフフッフフ~フン♪ フンフフフ~ン♪」


 鼻歌交じりに上流まで流されていると、目の前に巨大なものが現れた。

 真っ暗闇な中だったため光の届く範囲に来るまで気付けなかった。


「ん~、何だこれ? 神殿?」


 地下水脈の水源にあったものは、ここにあるのが明らかに不自然な石造りの建築物。光の届く範囲ではその全容は見えない。

 遥か高くに松明が見えた。ん~。ここはリージェじゃないがあれをやってみるか。


「ファイアーボール!」


 炎の球が出現し、狙い通りに松明に着火する。

 埃が積もっていたのか、ボボボボボッと変な音と嫌な臭いを立てて炎が大きくなる。

 今のでMPが尽きたか。ちょっと眠ろう。寝てる間に襲われませんように。





「……て……ねぇ、起きて」

「ん……? うわぁぁぁっ?!」


 体を揺さぶられる感覚に目を開けると目の前には大きな口があんぐりと。やべぇ、食われる?!

 俺の叫びに驚いたのか、口はすっと下がった。

 松明に照らされて見えたその姿は、大蛇だ。それも、黒い体の。


 大口開けて食べようとしていた割に襲ってこない? と不思議に思いながらじっと見ていると、相手も同じようにじっと俺を見てくる。

 暫く黙って見つめ合っていると、なんと大蛇が話しかけてきた。それも、可愛らしい少女の声で。どこから発声しているんだろう?


「ねぇ、さっき歌っていたのはあなた?」

「ん? 歌ってこれか?」


 俺は再び調子っぱずれの鼻歌を聞かせてやる。それは少し前に流行っていたCMソングだ。

 驚くほど響くその音に、俺は道中歌っていたのが聞かれていたのだと知った。あー、恥ずかしい……。

 それにしても、この声めっちゃ聞き覚えあるな。


「あぁ、懐かしい……ねぇ、あなたも日本人でしょ?」

「……お前、もしかして鈴井か?」

「! 私を知っているの?!」


 黒いまだら模様が入った大蛇はポロポロと涙を流しながらこれまでのことを語る。

 大蛇の正体はノルドに召喚されて死亡した5人の生徒のうちの一人、鈴井千恵子だ。ルナには負けるがかなり美しい少女でファンクラブまであったっていうから凄い。

 そんな彼女は自分の状況がわからないまま闇に閉ざされたこの地下で半年間暮らしてきたようだ。驚くことに彼女は自分の姿を見ていないらしく、手足が動かなくなってしまったと思っているようだった。


「こんな、腕も足も思い通りにならない、芋虫みたいなみじめな姿で私……わタし……」


 バシッ


「うぉっ! 危ねぇな! おい、やめろ鈴井!」


 尻尾が何度も俺を叩き潰そうとうねる。その度に体が衝撃で跳ね上がる。

 やめるよう説得を試みるがどうも俺の言葉は届いていないようだ。


「見なイで……コんな……」


 どうも様子がおかしい。

 先ほどまで涙を溢していたその眼は、既に正気を失ってしまったようで。

 ってか、こいつ、最初まだら模様じゃなかったか?

 全身黒く見えるのは暗さのせいか?


「鈴井? 鈴井!」

「……死ネ……」


 やべぇ、こいつ俺の事殺る気だ!

 こういう時は……逃げるに限る!

 俺は全速力で水源へと戻る。その後ろから鈴井が追いすがる。

 やっぱ体格の差か。振り切れねぇ。


「殺して……こんな姿で、生きていたくない」

「鈴……うぉっ!」


 一瞬だけ元の話し方に戻った大蛇に、正気に戻ったのかと足を止めた瞬間を狙われた。咄嗟に避けることができたがかなり危なかった。

 転がりながら避け続ける俺を追うようにバシバシと尻尾の追撃が迫り、その度に床がへこむ。


「やめろ、鈴井!」

「ごめんなさい……私の中に、誰かいるの。勝手に体が動くの……殺シテ」


 攻撃は自分の意思ではないと、怖いと鈴井は攻撃を続けながら訴える。

 ポロポロと涙を流しながら懇願する彼女の姿に、俺は覚悟を決めた。


「ルナ、聞こえるか。魂だけ保護して地球に帰し、転生させてやることは可能か?」


 本体を通じてルナに確認。地表ではちょうど満天の月夜。ルナの力が最大になる時間帯だ。

 可、というルナの返事に俺は鈴井に向き合う。

 さすがに地下に来ることはできないというので俺が今いる地点の地上にて待機してもらう。頑張れ、俺。


「鈴井、願いを叶えてやる。この悪夢を終わらせて家に帰ろう。抵抗をやめるんだ」


 今まで使わずにいたスキルを全開放する。土魔法で巨大な手を創り出し鈴井を捕まえる。

 が、スキルレベル1では脆すぎて体が勝手に動くという鈴井の僅かな抵抗であっさり抜け出されてしまった。

 それなら、と水魔法で辺りの水を操り二匹の蛇のような奔流をつくり鈴井の身体に纏わりつかせ、さらに凍らせる。

 蛇は急な温度の変化に弱いからな。動きが鈍った鈴井の首を風魔法で切り落とした。


「すまんな、鈴井……日本に帰ろう」


 土魔法を使って天井に穴を開けて地表へと出る。そこはベネディジョンの崩れた建物の近くだった。

 地表で待っていたルナは仄かに光る何かを愛おしそうに抱くと日本に帰っていった。


「ふぅ、俺も暫く休むかな」


 今度こそ本当にMP切れだ。

 

『――≪カエデ・キノシタ≫が経験値3780を得ました――』

『――≪カエデ・キノシタ≫がLv.5になりました――』

『――≪カエデ・キノシタ≫のスキル≪土魔法≫がLv.2になりました――』

『――≪カエデ・キノシタ≫のスキル≪風魔法≫がLv.2になりました――』


「げっ! やっちまった! ……まぁ、あの状況じゃ仕方ないか」


 急激に上がったステータスにゲンナリしつつ、休息を取りながら地底での出来事を思い浮かべる。

 あの神殿のようなものは見覚えがある。森の中にも同じようなものがあった。エミーリオからの情報と組み合わせて推測するに黒の使徒が使った暗黒破壊神を祀るための物だろう。


 そして……鈴井を倒したあとに獲得したのは経験値だけでなく、例の黒い結晶。

 鈴井は自分の中に誰かがいると言ったが、それは正しかったのだ。彼女は暗黒破壊神に取り込まれるところだった。

 俺が手を出さなくても遅かれ早かれ消滅していた。なら、魂だけでも救ってやれたのだと思いたい。どんなに正当化しようと、生徒に手をかけたという罪は消えないけれど。


「はぁ……」


 俺は日本に帰れるせいもあってリージェのように割り切れない。

 例え魔物であっても殺すのは怖い。

 この感覚に慣れたくない。


「リージェと言えば……あいつ何で話せないんだ?」


 鈴井でさえあの蛇の身体で普通に人語を話していたというのに。

 まぁ、その代わりテレパシーみたいなので語り掛けてくるから問題ないが。

 考えてもわからないことは放置するのが俺の主義。

 取り敢えずここの調査は終わり。さぁ、次はどこに向かおうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る