(閑話)聖女の旅 5

 召喚された勇者様を探すわたくし達の旅に、新たな仲間が加わりましたの。

 カナメ・ホンジョウ様。召喚された勇者様のお父様なのだそうですわ。

 大切な方と突然会えなくなるのはこちらの世界では日常で、わたくしも両親と離れて久しいですが、さすがに異世界へ行ってしまうという事例はありません。

 子供を追って異世界へ渡るというのはどれほどの覚悟なのか、わたくしには想像もできませんわ。

 召喚をおこなっている世界の者としては、何を言っても怒らせてしまいそうで。


「どうかしましたか? ルシア様」

「い、いいえ、何でもありませんわ……」


 それはそれとして。

 カナメ様は実年齢よりもかなりお若く見えます。細長い体躯に優し気なお顔。

 日々モンスターと戦うこの世界では荒々しい殿方ばかりなので、その優雅で穏やかな、それでいて愁いを帯びた儚げな雰囲気はまるで絵本の中のお姫様のようで。

 きっと殿方が放っておかないでしょうね。どなたと組ませるのが良いかしら。

 無意識にじっと見つめてしまっていたようで、カナメ様が屈んで私の顔を覗くようにして尋ねられました。にやけてしまってはいなかったかしら? 邪な妄想を見透かされた気がして、頬が熱くなるのを感じます。


「それよりも、その、わたくしをルシア様と呼ぶのはやめていただけませんか? その敬語も」

「おや。ルシア様こそ、俺を要様と呼ぶじゃないですか」

「子供が年長者を敬うのは当然のことですわ」

「それを言うなら、平民が身分ある方を敬うのも当然ですね」


 もうっ! ああ言えばこう言う!


「わたくしはこれが普段からの口調ですの。ですから、どうぞカナメ様も普段カエデ様にするように接していただけると嬉しいですわ」


 よそよそしいのは嫌ですもの、と伝えたらわかったよ、と笑ってくださいました。

 これでようやくわたくし達、本当の仲間になれますわね。

 と言っても、他の皆さんがいる場所ではまた敬語になってしまうのですが。



 カナメ様が異世界へ渡る際に女神様から授かったスキルは世界地図というとても珍しいものでした。

 どうやらそれはカナメ様にしか見えないのですが、見た物触れた物出会った者ならば世界中どこにあっても探知できるという非常に優れたもので。冒険者ならば誰もが夢見た能力なのではないでしょうか?


 ですが戦闘に向いたスキルではないこと、カナメ様のいらっしゃった日本という国ではモンスターはおらず喧嘩もしたことがないということで、カナメ様は自ら炊事などわたくし達の世話を申し出てくださいました。


「家庭料理しかできないけどね」


 そう言ってカナメ様が作る料理の数々は、最近リージェ様が見つけたショーユなる調味料を使ったものばかりで。

 チポッラと1号さんをポーロの卵でとじたとろみのあるスープも、柔らかな燻製肉もとても美味しかったです。

 特にあのギョーザとかいう食べ物! あのように手間をかけた食べ方を私はこれまで知りません。


「キュッキュ~!!」


 リージェ様の尻尾が揺れていますわ。久々の故郷の味に歓喜していらっしゃるのですわ。

 わたくしもリージェ様と二人きりだった頃はお食事をご用意しておりましたが、こんなに喜んでもらったことはありません。

 何でしょう、とても美味しいのに、胸にズシリと重くのしかかるようなこの気持ちは。


「カナメ、嫁に来てくれ!」


 突然耳に飛び込んできたチェーザーレ様の言葉にハッとなりました。

 いけない、ぼーっとしてましたわ。

 それより、今何て仰いました? 嫁? チェーザーレ様がカナメ様を?

 あらあらまぁまぁ。


「わたくし、応援致しますわ!」


 昔院長マザーの書斎で読んだ御本に、殿方同士の純愛の物語がたくさんありましたの。

 それは誰からも認められない物だからこそ真剣で、懸命で。

 親の決めた婚約者と結婚することが当たり前とされる現実の男女の結婚よりよほどお互いを大事にしているところがとても素晴らしくて。

 ああ、院長。わたくし達の憧れる真実の愛がここにありましてよ!





「キュッキュキュキュィッ」

「ええ、できますよ。明日の朝には食べられるよう今から仕込んでおきましょう」

「キュッキュ~」


 食後、リージェ様がわたくしと一緒に摘んだハジミをカナメ様に渡して何やら頼んでおりますた。

 ジャコが無いからベーコンを使ってみようか、というカナメ様の言葉に、リージェ様が食事を終えた後だというのに涎を垂らしておいでです。

 正直あの痺れ実はどう料理しても美味しくなるとは思えないのですけれど。カナメ様はリージェ様が涎を垂らしてしまわれるほどの調理法をご存知なのかしら?


 最近はリージェ様はエミーリオ様やカナメ様のことばかりであまりわたくしに構ってくださらない感じがします。

 やはり美味しい食事を作れる人の方が良いのでしょうか?

 わたくしは長く修道院におりました。そこはダンジョンの最下層ということもあり、ザンナ・メロンくらいしか食べる物がありませんでした。

 ですから、わたくしにはリージェ様が喜ぶような料理を何一つ作って差し上げることができません。解体すらできないのですから。わたくし、役立たずですわ……。


「あの、カナメ様。わたくしに、リージェ様の故郷の味を教えていただけませんか? カナメ様がいない間も美味しいお食事を作って差し上げたいのです」

「ええ、構いませんよ」


 小声で故郷? と呟く声が聞こえてしまいました。

 もしかしたら、リージェ様がカツキ様の同窓生だとご存知ないのでしょうか?

 リージェ様が伝えていないことを、わたくしが言う訳にはいきませんわね。



「それにしても、カナメ様? カツキ様のいらっしゃるアスー皇国へはまだまだかかりますのよ。こちらの状況がわかるのであれば、頻繁にいらっしゃらなくても良いのでは?」

「うん、でも、じっとしていられなくてね。少しでもあの子の側に、あの子と同じ空の下にいたいんだ。こんな俺でも何かできることがあるかもしれないしね」


 カナメ様に教わりながらベーコンという燻製肉にナイフを入れます。こちらの干し肉のようなものかと思ったら、まるで焼き立てのように柔らかくスッと刃が入ることに驚きました。

 自分から料理を教えてくれと言いましたのに、追い返すような言い方をしてしまったかと不安だったのですがカナメ様は気にされていないようです。



「ならば、やはり二手に分かれて先にカツキ様を迎えに行かれたりしては……」

「「「「何だと……?!」」」」


 会話を後ろで聞いていた皆様が「カナメと一緒に行くのは俺だ!」と言い争いを始めてしまいました。リージェ様まで!


「カナメ様、申し訳ありませんがやはりわたくし達の道行きに同行していただけますか?」

「……はい」


 言い争う人達に苦笑いして、カナメ様は二手に分かれるという提案を聞かなかったことにして下さいました。

 カナメ様は内面も素敵な大人なのですわ。わたくしも淑女として見習わないといけませんわね。

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