第17話 ルシアちゃんマジ天使!
『そう言えば1号、勇者の一人が弟の息子と言ったな。つまり貴様の甥だろう? 誰だ?』
ベネディジョンへの道中、馬車に揺られながらふとそんなことを聞いてみた。
確か、クラスには木下なんて苗字の奴はいなかった気がしたのだ。
「ああ、お前友達いなかったもんな」
『ぐっ、今はそんなことは関係なかろう! それに俺様は高貴な存在なのだ。友人など……』
「はいはい」
ニヤニヤ笑う1号に軽くあしらわれて思わずキーッと奇声を上げる。
またからかわれた……!
「本庄だよ。本庄香月」
『ああ……』
名前を言われて思い出すのは、色素の薄い栗毛の髪に気の強そうな釣り眉釣り目の男子生徒。チャラいのかと思いきや、見た目に反して世話焼きな上に穏やかに話す大人びた奴だったな。
常に人に囲まれているくせに、どこか周囲とは線を引いているように見えた。しかも、それを相手に悟らせないから凄い。まぁ、輪の中に入れずに遠巻きに見てた俺にはバレバレだったがな。
どういうわけか俺が暗黒破壊神ごっこをしているといつもすっ飛んできて。断じていじめられていたわけではないと言っているのに毎回俺を助けるかのように割って入ってきやがった。
口を開けば俺に「嫌ならはっきり言わないと」とか「君が心配なんだ」とか鬱陶しかったなぁ。正直、苦手なタイプだ。
『……名字が違うのだな』
「ああ、婿養子に入ったからな」
『きのこが?』
「俺じゃねぇよ。弟の方」
良かった、複雑な事情じゃなくて。
何も考えずに聞いてしまったが他人の家庭の事情なんて背負いきれない。
少なくとも俺の経験値やコミュ力はそこまで高くない。
「そのカツキ様という方も、すぐに見つかると良いですわね」
にっこり微笑むルシアちゃん。ほんと可愛い。マジ天使!
会エタラ良イネー、ウンウン、と微妙にかみ合わないままこの話題は終了。
苦手とか、身内の前で言えるかよ。それに、あいつ自身は本当は良い奴で、勇者って称号が似合うって、認めたくねえが納得はする。
そんなあいつがルシアちゃんと会ったら……あれ? これ、ルシアちゃん惚れちゃうんじゃね?
うわぁ、迎えに行くの、気が進まねぇ……。
その後、先頭の馬車を引く二頭にルシアちゃんが、並走するエヴァと後ろの馬車を引く二頭に俺が回復魔法を幾度かかけ、ベネディジョンへ到着した。
急いだ甲斐があってまだ日は高い。エミーリオが馬の世話をしている間に調査をしてしまおうということになった。
馬車から降りて目に入ったのは、巨大な縦穴。層状についた藻が、ここが泉だったと物語っている。
日誌ではここの泉も枯れたって話だったが、先日の雨のせいか辛うじて水たまり程度には水が張っていた。
底が見える程度には浅く、だだっ広い。俺の通っていた学校の敷地二つ分はあるんじゃないだろうか?
件の黒岩はその巨大な穴の中央にあった。
「まぁ、明らかに割れてんだが、念のためな」
「そうだね。何が潜んでいるかわからないし、慎重に行こう」
目的の黒岩は泉の中にあり、完全に割れてしまっていた。爆発したかのように欠片が四散している。
辺りはこれまで同様荒地が広がり、泉も土地も元の色がわからないほどどす黒く変色してしまっている。そして、同じように変色し崩れ落ちた建物が1軒。その瓦礫の下から地下室らしい扉が覗いていて、そこを調べようというのだ。
まずは鑑定だな。情報を入手するには一番手っ取り早い。
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【ベネディジョン】
ノルドで二番目に大きな泉。及びその周辺地域。その昔聖女が暗黒破壊神を封じた際に、封じるしかなかったことを嘆いて流した涙が泉になったとされています。その泉の周りには常に様々な花が咲き乱れ、木は果実を実らせたという逸話からベネディジョン(恵み)と呼ばれています。実際には封印が簡単に解けないよう、水魔法の使いてであった勇者が岩を泉に沈め、聖女が浄化を施しました。
半年前に発生したスタンピードで流れた血が贄となり暗黒破壊神が復活。その瘴気に毒されてしまったこの土地は、浄化をしなければモンスター以外の生き物は住めないでしょう。どうかお願いします。
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何か頼まれた。この地を浄化しろ? 何で俺が?
と思ったけど、建物に近づいたドナートとチェーザーレが急に咳き込んで倒れた。これはヤバいかもしれない。
『ルシア、結界を張れ! 総員その中に避難するんだ!』
「は、はい!」
ルシアちゃんに馬車の周りに結界を張らせる。ドナートとチェーザーレはアルベルトとバルトヴィーノが布で口を押えながら引っ張ってきた。
「ルシア様、土地の浄化はできるか?」
「え、はい。結界の要領で……」
同じく土地を鑑定したベルナルド先生がルシアちゃんに浄化を頼んでいる。
結界の要領ね……。あの黒いのがなくなるようにイメージすれば良いのだろうか? いや、その前に俺結界使えねぇわ。
『ベルナルド先生の鑑定では誰か生存者はいるのか?』
「いいや、ここは死の土地となっているね」
「おいおい、先に言えよ!」
「それならもうここは調べなくて良いんじゃないか?」
生存者はなし、瘴気に冒されモンスター以外生きられない土地になっている、とベルナルド先生が俺と全く同じ鑑定結果を口にする。それを聞いてバルトヴィーノが知っていれば不用意にうろつかないのにと怒り、アルベルトが調査をするまでもないから早く脱出しようと提案する。
「で? どうする聖女様?」
「……浄化してから行きましょう。見たところここには既に暗黒破壊神はいませんわ」
「いたら俺達の索敵に引っかかってるし、それ以前にとっくに殺されてるな」
アルベルトが決定をルシアちゃんに委ねると、ルシアちゃんは後から来た人がドナート達のように知らずに立ち入って瘴気で死ぬのは防ぎたいと訴えた。
黒岩から脱した暗黒破壊神はバルトヴィーノの言う通り索敵に反応はなく、ここを拠点にはせずにどこかへ行ったようだ。
「女神様、どうかお力をお与えください。この土地の汚れを取り払い、生きとし生けるものに安息の地をお与えください……」
ルシアちゃんが祈りを捧げる横で、俺はドナート達に回復魔法をかける。瘴気の中をうろついていた他のメンバーと馬達にも。
気づけばルシアちゃんを中心に眩い光が辺りを包み、視界が戻ったと思ったら地面や建物、泉に染みついていた黒い物は綺麗さっぱり消え去っていた。
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