第15話 ……何とも、やり切れない話だ

 1号が見つけた日誌は半年前の日付で終わっていた。

 そこから遡ること数ページ。日誌の主はクーデターに参加していたようだ。


 クーデターの動機は生活苦。

 プントとベネディジョンで生活の基盤であった泉が枯れるほどの大旱魃かんばつ。食べる物はおろか水の一滴すらなくなったとかで、二つの泉周辺に住んでいた人々は王族も含めここパトゥリモーニオへ移住してきた。

 枯れない泉とされるここでも、それだけの人数を支えることはできなかったようだ。だんだんと水位の減る泉。枯渇していく食料備蓄。

 王族が他国から水や食料を輸入しているがとても民までは行き渡らない。幼い者、体の弱い者から次々倒れ死んでいく。

 

「税は上がり、納めてもすぐに請求される。王族ばかりが肥え太り……」

『あぁ、そんな部分などどうでもいい。ここで何が起きたかだけ簡潔に頼む』

「あ、はい」


 エミーリオが律儀に日誌をすべて読み上げようとするので止めた。

 エミーリオの目線がしばらく文字を追い、俺の要求どおりかいつまんで説明しだす。


「クーデターは成功、王族は全員処刑されたようです」


 ノルドの新たな統治者となった人物はマジィアの支援を取り付けたと言っていたらしい。食料を平等に分配し、これで誰も飢え死にしなくて済むと安堵したのも束の間。

 突然暗黒破壊神の封印が破れ、スタンピード、つまりモンスターの群れがパトゥリモーニオを襲った。

 クーデターによって支配者となったばかりの若者たちは王族の務めや秘伝を知らないまま彼らを処刑していた。つまり、通信水晶の使い方も勇者召喚の方法も知らなかった。

 

 暗黒破壊神の復活をどうやって知ったか、通信水晶からマジィアの国王の音声が聞こえたのだと。

 安定しない音声、途切れ途切れの情報だけで言われるまま勇者召喚に挑み、失敗。

 召喚に挑んだ者たちも、勇敢にもモンスターに立ち向かった人々も、すべて絶望的な黒いうねりに呑み込まれていったのだと。

 「どうしてこうなった」、と書き殴るように乱れた文字から日誌の主の混乱と恐慌が読み取れる。


『マジィアがクーデターに噛んでたのか』

「可能性は高そうだな。ノルドが勇者召喚に失敗したって話はマジィアが広めたんだろう」


 暗黒破壊神の復活やスタンピードの発生など情報を知るのが早すぎる。クーデターメンバーにマジィアのスパイがいて密に連絡を取っていたか、或いは、スタンピードにも噛んでいたか。

 ともかく、通信手段など必要な情報をクーデターの実行者たちには知らされていなかった。

 情報を発信することができなければ、隣国へ救助を要請することもできまい。ノルドの滅亡はなるべくしてなったのだ。


『……何とも、やり切れない話だ』

「ですね……」


 日誌を読んだ俺達から出るのは溜息ばかり。

 ここを守ろうと戦った者達は死に絶え、遺体すらイナゴに食われたのだろう。つわものどもが夢の跡ってやつだ。


『地下室は無事だったのであろう? そこに誰かいなかったのか?』


 モンスターの襲撃にすら耐えた建物の地下室。戦えない者を匿おうとするのが普通だと俺は思い立った。


「いたよ……死んでた」


 血の跡が無いから恐らく餓死じゃないかって。

 普段はおどけてばかりの1号も、こんな時はさすがにふざけられないようだ。


「で? そっちの成果は?」

『ああ、5名だった。丁重に埋葬されていたよ』


 馬車から遺体を下ろし、覚悟を決める。

 半年前、それも召喚に失敗してバラバラになったと聞く。かなりショッキングな状態だろう。

 無理に見なくても良いのだといったにも関わらず、それでも後ろを向く奴は誰もいなかった。


「じゃあ、開けるぞ」

「……(こくり)」


 バルトヴィーノの言葉に、チェーザーレが遺体を包む布に巻かれた封印紐を解く。

 普段は影の薄い食いしん坊チェーザーレさんだがこんな時には非常に頼もしい。率先して遺体の包みを開けてくれた。


 恐る恐る目を開けて確認すると、想像より綺麗な状態でホッとした。

 マジィアの時と同様、蘇り防止用の術が腐敗を防いでいたようだ。匂いも気にならないほどだった。

 胴体は臓物が零れないようになのか布を当てて紐で巻いてあったし、各パーツも布を巻いて繋いであって、できるだけ綺麗に丁寧に埋葬してくれたことが伺える。

 ただ、バラバラになってしまった部位が誰のものかわからなかったのだろう。

 ズボンの足が女子につけられていたのには何とも言えない感情になり、断面を見ないようそっと適当な男女で入れ替えた。


「で、どうだ? 自分の死体とご対面した感想は?」

『特に何も。やはり、といった感じだな』

「なんだ、つまらん」


 つまらんと言われてもな……本当に、マネキンでも見ている気分だもの。

 遺体は男子三人、女子二人。その内の一人が俺だったわけで。

 1号はその身元を確認すると、ぼーっと遺体を見ていた俺に気付いていつもの砕けた態度で聞いてきた。

 遺体を前にけしからんなんて怒る奴は誰もいないし、ここは1号なりの俺への気遣いと思っておこう。


「この方が、リージェ様の……」

「本当に黒髪なんだな……」

『俺の国では黒髪黒目が普通だったからな』


 こちらと違い、髪が黒くない者は黒く染めないと顰蹙ひんしゅくを買うような社会だったと言うと皆目を丸くしていた。 

 こちらでは髪を染めるという風習は無いらしい。だから黒髪はそのまま追放になるのだと。


「他の勇者様達が心配ですわね。オーリエンには隷属の術のようなものもあると聞いておりますし、酷い扱いを受けていないと良いのですが……」

「さっさとベネディジョンの黒岩を確認して、勇者を迎えに行こう」


 ルシアちゃんの言葉に、次の目的地はオーリエンに決まった。

 江間みたく誰か生き延びていることを期待したのだが、あの鑑定の結果だと望み薄だった。残り28人はアスーとオーリエンの二国にいるのだろう。


「焦るのは解るけど、今日はここで一泊だ。もう日が暮れる」


 ルシアちゃんの不安げな声に早く先へ進もうと言うドナートと、それに同調して腰を浮かせる面々だったが、アルベルトの声にそうだったと我に返る。

 あんな化け物と遭遇したばかりだし、闇夜の中進むのは危険すぎる。


「まぁ、取り敢えず食事にしましょう」


 いつの間にか野営の準備をしていたエミーリオ。

 遺体を元通り布で包み、何事もなかったかのように食事を囲むが、さすがにルシアちゃんはあまり食欲が出ないようだった。

 この遺体はきのこが作った拠点まで連れていくのかと1号に聞くと、アスーに向かうまでの道中で帰しきるから寄らなくて大丈夫だそうだ。


「あくまでも、あの拠点は連れ帰れないほどの人数がいた時のための物だからな」


 こちらの世界で迫害されている者も数名保護しているし、こちらの世界の人に見つかる可能性を低くするためにもあまり寄らないほうがいいらしい。

 その夜、1号から報せを受けたルナさんが迎えに来て申し訳なさそうに俺の死体を連れて帰った。別に気を使わなくても大丈夫なのに。ルナさんの方こそ、こっちと日本の行き来ご苦労様です。

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