第13話 こいつが、偽暗黒破壊神……!

 一瞬、時間が停まった気がした。

 呼吸をするのも忘れる。何の音も聞こえない。雨の音も、自分の鼓動すら。

 ただ、目の前のソイツから目を離せない。


(これは、何だ? こいつは何なんだ?!)


 言葉を発することすら危ぶまれるほどの恐怖。

 全てを呑み込むほどの闇が、ただ静かにこちらを見ていた。

 もう相手はこちらを認識しているというのに、声を出したら、音を出したら一瞬にして命を奪われるという確信があった。



 それは、闇そのもの。

 それは、絶望。

 圧倒的、恐怖。



(そうだ! ≪全てを見通す神の眼!≫)




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【■■■■】〔????〕

――ステータスの取得に失敗しました――


現状勝ち目はないので戦っちゃダメ。逃げて。


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 甘かった。弱体化している内なら倒せるんじゃないかって思ってた。

 強くなったと自惚れていた自分がバカみたいだ。

 鑑定の中の人が告げるまでもない。

 本能が全力で逃げろと言っている。


(こいつが、偽暗黒破壊神……!)


 鑑定には失敗したのに、目の前にいるのがそうだと確信した。

 今あいつは俺を見ているだけだ。敵意も戦意も感じない。

 向こうから来てくれたんだ。探す手間も省けた。

 こいつを倒して俺こそが暗黒破壊神だと名乗りを上げる絶好のチャンス。

 だというのに、勝つどころかまともに戦えるイメージが湧かない。


 それでも目を逸らさないのは意地などではなく、目を逸らした隙に死ぬと本能が訴えているからだ。

 雨雲よりも黒く、闇よりも深い色のそれは、更に濃い影を落としてそこに存在している。

 確かにそこにいるのに、良く見ようとするとぼやけるその輪郭は――。


(あれは、竜、か?)


 それは自分とよく似たフォルムのシルエットだった。暗黒破壊神の正体がドラゴンだったことには驚きだが、考えてみればどのファンタジー小説でもドラゴンと言えば最強種であり、納得だ。


「キャッ」


 ガンッ、という衝撃にルシアちゃんが声を上げる。

 何だと思う間もなく体が転がる。馬車が横倒しになったのだ。

 何が起きたのか、何をされたのか全く分からなかった。

 けれど、そいつは俺達に興味を失くしたように視線を外すとそのまま地響きを立てながら去ってしまった。


(くそっ、この俺が気圧されるとは……!)


 こちらのことなどまるで眼中にないというように、何もせず立ち去られたのが悔しかった。

 手も足も出せず息を潜める事しかできなかった自分が情けなかった。


『! ルシア、無事か?!』


 横向きになったことで積んでた荷物も人もひっくり返った馬車。

 幸い、チェーザーレとアルベルトが倒れ掛かってきたメンバーを受け止めてくれたため誰も怪我をしていなかったが、ルシアちゃんは気を失っていた。

 他のメンバーも、顔にびっしり冷や汗を流している。




「あー、死んだかと思った……」

「息をすることはおろか、恐怖することすら許されない、そんな感じでした……」


 雨はいつの間にか上がっていた。

 周囲を照らす月の優しい光に先ほどの緊張で強張った体が解れていくようだ。

 ガチガチと歯の根がかみ合わない様子で、自分の両腕をさすりながらドナートとエミーリオが言う。

 奴が去って、落ち着いてようやく恐怖がこみ上げてきたのだと。


「あんな人間がこの世にいるとは……」

『人間? 巨大なドラゴンだっただろう?』

「いえ、確かに私達と同じ人間でしたよ?」

「いや、巨人だったぞ?」

「「「『「????」』」」」


 それぞれ見えた姿が違うということが分かり、首をひねる。

 が、いくら考えてもわからないものはわからない。確かめに行くのなんてもってのほかだ。

 奴は消えた。確実に言えるのは、俺達は奴に見逃されたってことだ。俺達など相手にもする価値はないと言わんばかりに。

 畜生。絶対、奴より強くなってぶっ飛ばしてやる! それまで暗黒破壊神の立場は譲っておいてやるよ!




「取り敢えず、馬車を何とかしよう」


 アルベルトの言葉に頷き横倒しの馬車から這い出る。

 気を失ってしまったルシアちゃんを無事な方の馬車に寝かせると、男連中で押し上げて馬車を起こした。

 幸い、幌は破けていない。が、側面は思い切りへこみ亀裂が入っていた。


「何か棒のようなものを叩きつけたような感じですね」


 影がドラゴンに見えていた俺は、何となく尻尾での打ち払いを受けたのではないかと思った。

 暗黒破壊神に結界は意味がないと王都の一件で知ってはいたが、結界がないかのように攻撃が通るとは。あれではまるで結界スキルを持つ聖女。もしくは女神。


(……いやいや、あんな禍々しい女神なぞいて堪るか)


 ふとよぎった想像を頭を振って追い払う。

 


『お前達、よく無事だったな』


 紐を長めにして馬車に括っていた馬たちは、紐の限界ギリギリまで逃げて失神していたのが良かったようだ。

 骨折している様子はあったが、辛うじて生きていた。生きてさえいてくれれば、回復魔法で何とかなる。



 闇夜の恐怖を払うようにいつもより大きな炎を焚き、改めて温かなスープを飲むと全員落ち着いたようだった。

 馬たちも回復魔法を重ね掛けして、火の側で濡れた体を拭くように何度もさすってやってたら落ち着きを取り戻した。


『ところで、1号はどうした?』

「ここにいるよー」


 先ほどからどうも静かだった存在を思い出す。

 返事がしたほうを見ると、馬車からヒラヒラと手を振り、そのまま降りようとしてずり落ち……羽のようにクルクルヒラヒラとしている。潰されたのか。


 2Dきのことなった1号は某ラップゲームの真似をしたが俺以外には伝わらず大いに滑っていた。

 予定外のアクシデントは重なったが、皆いつも通りの調子を取り戻しつつある。

 明日到着予定のパトゥリモーニオで、ノルドでの任務が終わればいいな。

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