第10話 苦しい、けど幸せ。

「そっちじゃないよ。もちょっと右……あ、逆、逆。そう、あ、行き過ぎ行き過ぎ。そうそうそうそうそのままそのまま……」


 昼飯を食べ再出発して半オーラほどして、エヴァの鞍に乗っていた1号が何やら急に一人で腕をパタパタと動かしながらここにはいない何者かに指示を出し始める。正直これはちょっと怖い。


『1号? 誰と話している?』

「ん? ああ、悪い悪い。4号にちょっと指示をな」


 4号は確かルシアちゃん達と一緒に行動しているやつだったな。

 何でも、ルシアちゃん達はつい先ほどノルドへと入ったそうだ。廃墟を通り越して更地になってしまった街に愕然とし、そして俺達に追いつこうと方角を確認していたらしい。

 通信だけでなくそんなこともできるのか、ちびきのこネットワーク便利すぎる。


『ん? このまま二手に分かれて調査をし、ノルドを出るときに合流したほうが効率良くないか?』

「ああ、それ俺も言ったんだがな」

「ダメですよ。聖竜様と聖女様は一緒にいないと、暗黒破壊神に対処できないって伝承でも言ってるんです」

「ってエミーリオとルシアちゃんが」


 ……なるほど。うん、二人とも信仰心強いもんな。伝承にも盲目的に従うか。


「で、本音は?」

「アルベルト殿がついているとはいえ、ベルナルドがいるのです。いつ寝首をかかれるか」

『エミーリオ。彼は信頼できる人物だ。短い付き合いだがそう感じた』


 1号の答えに素直に答えるエミーリオに思わずため息が出てしまう。

 俺からするとベルナルド先生が罪人だっていう方がにわかには信じがたいんだが。


「まぁ、どっちにしろ今夜には追いつくから、そこで説得したらいいだろ」


 効率を取るか安全を取るか、か。悩むところだ。

 先を急ぎたい気持ちを押さえてその場に留まる。

 そして日が暮れる頃。野営の準備に取り掛かった時に二台の幌馬車がやってきた。


「リージェ様ぁぁあ!!」

「ぐぇっ」


 一台目の馬車が完全に止まる前から飛び降りてきたのはルシアちゃん。恐るべき速さで俺をそのたわわなメロンで押し包む。幸せ、けど苦しい、けど幸せ。


「何て羨まけしからん……いやいや、ルシアちゃん、そいつそろそろ窒息するから放してやりな」

「嫌です! もう離れませんわ!」

「……きゅ~」


 あれ? 何だかクラクラしてきたぞ? 幸せすぎると意識飛ぶのかな……うん、このまま夢の世界にいくのは悪くない気分だ……。


「いやいや、そいつそろそろ死んじゃうから。せめて息できるよう反対向きにしてやりな?」

「はっ! わたくしったら! ごめんなさい、リージェ様。リージェ様? しっかりしてください!」


 やめて揺らさないで生きてるよ、生きてるから。

 夢心地だったのを引き戻されたよ。うん、これ別行動無理だわー。


『この感じも久しぶりだな。元気そうで何よりだ、ルシアよ』

「はい! リージェ様も、お元気そうで……少し、大きくなられました?」


 む? そうか? 自分ではそんなにわからないのだが……。

 ふむ、言われてみれば確かに、以前はルシアちゃんの胸にすっぽり挟まれていたのが少しはみ出すな。うん、俺少し大きくなってる!


「その測り方はどうなのよ?」


 だから俺様の心を読むな、1号!

 ぶん殴ろうと腕を振り上げた俺に久しぶりだな、と声をかけてくるのは見知ったメンバー。

 王都に入って別れて以来だったからすごく懐かしく感じる。


 そして野営の準備が再開された。

 エミーリオとバルトヴィーノが食事の準備、ドナートが馬の世話をしているが、俺にできることなどない。

 ルシアちゃんに抱っこされたままエヴァの所に行くと、馬車を引く馬が全部で4頭、エヴァと一緒に仲良くエミーリオの出した水を飲んでいた。


『一気に仲間が増えたな、エヴァ』

「ブルルル」


 話しかけているのを邪魔するように白い毛並みの馬が俺とエヴァの間に割り込んできた。お、これはもしや嫉妬? モテるねエヴァ。美人さんだもんなぁ。

 エヴァの毛並みを愛おしそうに甘噛みする白馬をニマニマしながら見守っていたら、白馬はエヴァに思いっきり蹴飛ばされて追い払われていた。馬の世界もなかなか厳しいようだ。




「ロクスタの群れに襲われた?!」

「ええ、ですが聖竜様がお一人で倒されたのですよ」


 夕食を取りながら、ここまでのことを話すエミーリオに、アルベルトがよく無事で、と目を丸くする。


『数が多いだけで、一体一体は大したことがない』

「いや、だからってよ……あいつら少なくても千はいるだろ?」

「あの黒い群れは一万ではきかなかったと思います」


 エミーリオの言葉に再び絶句する面々。

 まぁ、あほみたいに向かってくるだけだったから楽勝だったけどな。経験値もうまうまだったし。爆発鶏のほうがよほど強敵だったぞ。


「リージェ、どれだけ強くなったか鑑定をかけてもよろしいですか?」

『うむ、好きにするがいい』


 ベルナルド先生やアルベルトが俺に気安く接するのを許せないらしい。エミーリオが凄い眼で睨んでた。

 お前も好きに呼んで楽にすればいいと言ったら慌てふためいてどもっていた。残念なイケメンを見てしまったよ。


 ベルナルド先生の鑑定は称号も見えたはずなんだが、俺に加わった「黒の使徒(仮)」の称号については黙っていてくれた。ベルナルド先生の過去的に敵対しそうなものなんだが……後で話を聞かないとかな?

 いや、攻撃力が万超えしたと聞いて全員絶句していたから、称号にまで気が回らなかっただけかもしれない。


「さすがはわたくしのリージェ様ですわ」


 わたくしももっともっと頑張らなくては、とルシアちゃんが腕に力を入れすぎるものだから、俺はせっかく食べたきのこソテーをエクトプラズムしてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る