第3話 聖竜と呼ぶな!
倒れるまで回復魔法をかけ続ける
息を引き取ったらしい、顔に白布を被せられた人々。
遺体に縋り付いて泣き叫ぶ人々。苦痛に呻く人々。
目を覆いたくなる光景がそこにはあった。
「主よ、お力をお貸しください」
ルシアちゃんはまだ息のある人からどんどん回復魔法をかけていく。
一度の術では回復しきれないほどなうえ、とにかく人数が多い。
重篤から重傷まで回復させたら次の重篤者へと施術して行く。そんなルシアちゃんに、遺族らしい人が掴みかかった。
何故もっと早く来てくれなかったのだと。聖女ならうちの人を生き返らせてくれと。自分の家族は見捨てるのに何故その人は助けるのだと。
そんな怨嗟の声をまるで無視して、MP切れで倒れるまで次々と術をかけ続けた。
『ご苦労だった』
「リージェ様……わたくし、もっと力が欲しいですわ」
倒れたルシアちゃんが目覚めたので声をかける。すると、涙ながらに自分にはまだ救えない命があると唇を噛む。
治療中は掴みかかる人達を歯牙にもかけていない様子だったのに、本当はずっと気にしていたのだろう。
『アホか。全てを救うのなんてそれこそ女神でなければできないことだ。ましてや死者を生き返らせるなどできるはずがない。ルシアは自分にできる最善のことをしたのだ。もっと胸を張っていろ』
MPが回復しきっていないだろうに、まだ治療を待っている人がいると立ち上がろうとする。ふらつくルシアちゃんを俺は無理やり押しとどめた。
聖女だって休息は必要だ。
『聖女が倒れたら、人々が絶望するぞ? 休むこともまた仕事だ。眠れないというなら、特別に俺様を抱いて寝ることを許そう』
「……そんなことを仰って、本当は、リージェ様が抱っこして欲しいだけではないんですの?」
『なっ……そ、そんなことあるはずなかろう! 抱かせてやらぬぞ!』
「ふふ、嘘ですわ。どうか一緒に寝てくださいませ」
クスクスと笑っていたが、俺を抱きしめて横になるなりスッと寝入ってしまった。
アルベルト達に王都の話を聞いてからずっと焦ったような、張り詰めた感じだったからな。
女の子ひとり休ませることなど、暗黒破壊神である俺様にかかればこのとおり。
だけど……ダンジョンだ異世界だって浮かれていたけど、ここに来て厳しい現実を目の当たりにしたようで、俺の心は晴れないままだった。
次の日も次の日も、ルシアちゃんは救護院へと通う。
結界の核となる岩が届くまではあと三日はかかるらしい。届いたらベルナルド先生が呼びに来てくれることになっている。
その間自分にできることを、と治療にあたっているのだ。
連日襲撃してくるモンスターの討伐に繰り出しているからか、怪我人は絶えることがない。それでも、確実に重篤者は少なくなった。アルベルト達がうまくフォローしているのだろう。
アルベルト達はモンスター討伐、ルシアちゃんが治療という状況で俺が何をしていたかというと。
ルシアちゃんの真似事である。
少しでもルシアちゃんの負担を減らそうと、ルシアちゃんの詠唱を復唱してみたり。熱のある人の額に濡らしたタオルを運んだり。
そうこうしているうちに、俺は念話と同じように詠唱にMPを乗せることを思いつき実践してみた。すると。
『――≪リージェ≫がスキル《治癒・Lv.1》を獲得しました――』
おお! 思った通りだ。回復魔法に必要なスキルをゲットした。
Lv.1じゃ回復度合いは期待できないが、軽傷者を直すくらいならできるだろう。
「反転せよ」
治癒魔法は女神の祝福だと言うが、暗黒破壊神たる者女神に祈ってはいけない気がする。
だから、状態異常や傷を克復するのではなく、なかった状態にまで戻ることをイメージする。状態の反転。傷が深ければ深いほど、元気に。
『――スキル≪治癒≫がスキル《反転せよ》に改名されました――』
実験は成功。やはり詠唱よりもイメージの方が大事なようだ。決め台詞決めポーズ有りだと効果が上がるぶっ壊れスキルのおかげでもあるけどさ。
翳した手の先から光の球が出て、痛みで泣き叫ぶ少女を包み込む。見る見る傷が塞がり、少女はキョトンとした顔をしていた。
「ドラゴン偉いねぇ」
少女はそう言って笑うと母親に抱かれて帰っていった。
いつまでもブンブンと手を振っているから、こちらも見えなくなるまで振ってやった。全く、子供の相手は疲れるから嫌だ。
その後も、あり余るMPを使ってひたすら回復魔法をかけ続けた。
気づけばスキルレベルも上がり、沢山の治してやった人間に拝まれている。
「ふふふ、良いぞ。もっと暗黒破壊神たる俺様を崇め奉るが良い!」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます、聖竜様」
……は?
だ、誰が聖竜だ!
俺は! 暗黒破壊神だーっ!!
しかし、いくら言って聞かせても「またまた、ご冗談を」と笑うばかりで、誰もが俺を聖竜と呼んでは崇めるのだった。
崇めろと言ったが、そうじゃない!
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