記憶の中の夏
何か考えても考えなくても良い。
もう君は憶えていないんだろうと
ぼうっとそんなことを考えている。
ほんとは考えているフリをしていて、考えているフリでもすれば僕の中から君が居なくならないと信じていて、君はもう僕の事なんて風がさらった風鈴の音のようにひとつの記憶になっているんだろうけどさ。
信じて居たいものが君しか居ないから、君が僕を信じられなくなったなら、僕が君を信じて居たくても信じて居られないことを僕は知っている。
でも僕は君の事を識らなかったし、君は僕の事を識らなかったんだ。
君が何処かのテーブルで僕を考えているフリをしてくれていた頃、僕は日暮れのバス停で君へ一直線だったと思う。正直言うと曖昧だ。曖昧なくらいの憶え方が丁度良かった。
曖昧じゃないといけなかった。
君が、君の言葉で、僕を一直線に貫いた時、僕は、僕の喉の遠くの遠くの遠くの方からずっと君の事を両手を広げて待っていた。と思う。
水面に映って反射した光が二人の顔を横切って、お互いの声しか知らなかった曖昧さが牙を持って、二人の手足を奪って、二人は言葉しか交わせなくて、何もできなくて。
触れていた筈の指先はとうにお互いの体を忘れてしまった。
君の言葉もじきに大風がさらってくれたら良い。
僕の忘れていった煙草もスーパーのレジ袋に落とされて居たら良い。
何も考えていない。思ったことを言っただけだった。
何か考えていた方が良かったなんて、思いはしない。何か考えていたら、二人はきっと曖昧ではなくなってしまうから。
「分かってたよ」なんて言うもんじゃあない。
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