第6話
建物の1番奥に、建物の屋根にくっついていたのと同じ女性の像の大きい版が建っていた。
足元には柔らかい赤いカーペットが敷かれていて、奥の女性像までぐーっと伸びている。人2人が歩けるくらいの幅があって、軽く駆けっこができるくらいの距離はある。
カーペットを挟むようにして、左右には背もたれがあるベンチタイプの椅子が等間隔に並んでいた。
「タローさん。女神様の前へ。」
アーラさんの言葉に納得がいった。どこかで見たような造りだなとモヤモヤしていたのだが、ここは教会だったらしい。ということは、あの像の女性がこの世界の女神様のモデルということだろうか?
この像が本物に忠実だとするのなら、どうやらこの世界の女神様は僕があった女神ではないようだ。
あの女神様は異世界の神に僕のたましいを委託したと言っていた。とすると、この像の女性がその異世界の神というやつなのかもしれない。
「ではこれからあなたに質問をいくつかします。ですがその前に……。これを。」
彼女から渡されたのは衣服だった。
長袖の白いシャツに、紐でウエストを調整するタイプの緑のズボンだった。
僕はやっとこさ葉っぱから解放されるのだ。
それでも女性に完全なる裸体を晒すのはどうかと思ったので葉っぱはパンツ代わりにして、もう少し付き合ってもらうことにした。
この世界にパンツはあるのだろうか?
アーラさんが目の前でパンツを履かれることに抵抗があったから、僕が葉っぱをパンツ代わりにすることを読んで出されなかった可能性もあるのでなんとも言えない。あとで聴いてみよう。
「いやぁ助かります。流石に村の人達の目線がきつかったんですよ。」
「いえ、女神様の御膳で痴態を晒され続けるわけにはいきませんから。」
その女神様の像が完全に痴態を晒している件については何も思わないのだろうか。
「それではこれより貴方に質問をいくつかします。
女神様の御膳、虚偽の解答は控えるように。」
「はい。」
僕はアーラさんの言葉に少しばかり悩んだ。
それは事実を話すかどうかということだ。僕異世界から来たんです。なんて言ったら狂人扱いされるんじゃないかという不安。
何せ僕らはほとんど初対面で、向けられる印象もマイナス気味だ。
けれど悩んだのは本当に少しで、僕は事実を話すことに決めた。
「信じられないかもしれないですが、僕は異世界から来たんです。」
「ほぉ。それは珍しいことですね。」
アーラさんは目を少し見開き、後ろのローガンさんは「はー。」っと感嘆の声をあげた。反応はそれだけだった。
何を言っているんだこいつはと無反応で呆けられるか、嘘だと決めつけられると思っていた分、こんな簡単に受け入れられるとは拍子抜けである。
「ああ。その顔を見るに簡単に信じてもらえるとは思ってなかったようですね。」
「はい。正直狂人扱いされるくらいの気はしてましたね。正直拍子抜けしてます。」
「なるほど。それでえらく真剣な顔だったんですね。」
アーラさんは口元に手を持ってきてくすりと笑った。この人の笑う顔を初めて見た。
しかし次の瞬間には元の冷淡な表情に戻ってしまった。
アーラさんの表情は、目尻にある泣きボクロとつり目のせいでクールに感じる。
「異世界人が来るのはよくある事なんですか?」
「頻繁にあることではないですよ。ですから珍しいと言ったでしょう?私も見るのは初めてですね。
ですが大昔に魔王を倒した人間も異世界から来たらしいと文献が残っていますし、不定期に異世界の住人がこちらに迷い込むことは珍しいながらもある事なんですよ。
こちらの世界にはエルフという何百年も生きる長寿の種族が居まして。彼らは歴史の生き証人ですから、実際に見た異世界の住人などのことも鮮明に語ってくれます。それらのこともあって、異世界も異世界の住人も大々的に認知されているんです。」
僕は「ほへー」と間抜けな声を漏らしていたと思う。それよりもアーラさんの話の中で気になるワードがあった。
エルフという元の世界で親しみのあったワードである。
エルフが存在するということ。それは長耳幼女がいるということである。
エルフは長寿だというが幼女でいる期間はどれほどの間なのだろうか。いや、そもそ何十年も外見だけが幼いままの存在を幼女と定義していいものだろうか?幼女とはその精神のあり方であるのではないか。
その答えは実際にエルフの幼女と会合を果たさなければ分かりそうもない。
「見たところこちらに迷い込んだばかりの様子。出来ればわたし達に会うまでのいきさつなどを伺いたいのですが。」
僕はアーラさん達に、僕の元いた世界の女神に、こちらの世界の神へと魂の扱いを委託されたらしいこと。気づいたら森に裸で居たこと。
アーラさんは僕が一度死んだということを話した時に「それは勘違いということはなく?」などと尋ねてきた。
僕が「女神様自身から聴いたから確かだと思います。」と言うと顎を親指と人差し指で摘むようなポーズでうーんと考え込んでしまった。
「流石に死者の蘇生はあまり類を見ないのですが……。それこそ異世界の住人ということが霞んでしまうくらいにレアな出来事ですね。女神様が人間1人を蘇生ですか……。」
アーラさんは眉を八の字にして眉の間に皺を寄せながらまた悩みだした。たまに独り言を呟いたりしては自分の発言に首を傾げている。
「あのー。聴こえてますかー。」と彼女の顔の前で手を振りながら話しかけてみたが反応はない。今彼女にとって僕という存在はアウトオブ眼中らしい。
彼女は優雅に思考という海をスイミング中だ。
「姐御はこうなったらしばらく帰って来なくなるんだよ。
……なぁあんた。ちょっと俺も聴きたいことがあんだけどいいか?」
どうしたものかと悩んでいると、先程まで沈黙していたローガンさんが口を開いた。
「そんな幽霊を見たみたいな顔しなくてもいいじゃねぇか。」
彼は苦虫を潰したかのごとく顔を歪ませた。
「いえ、声もかけてこないほど嫌われたかなーと思っていたので。」
「まぁ確かに印象が良くねぇのは事実だよ。
けんどよ、最初に会った時はアミティちゃんが森で行方知らずになってたってこともあって気が立ってて、感情的になり過ぎてたところもあるからよ。
ありゃあ俺が悪かったよ。すまねぇな。
」
彼は頭をガシガシと掻いた。これは森でもみた仕草だった。彼の癖なのかもしれない。
「はぁ。気にしないでください。僕もあの格好はどうかと思ってましたし。
それで質問っていうのは?」
「そのよ。お前、異世界の住人だって言ったら狂人扱いされると思ってたんだろ?
なのになんで本当ののこと話したんだ?
女神様の像の前っつっても異世界の住人ってことは女神様への信仰もねぇんだろ?」
彼の疑問に僕は「んー。」と考え込んだ。そう。彼の質問は最もだったのだ。
記憶喪失だとか、同情を引くような設定を話すことも出来たはずなのに、僕はなぜ本当のことを話したんだったか。
「僕の世界には魔法っていうのが無くてですね、嘘を見抜く魔法なりを警戒してた面もあると思います。」
「面もあったてぇことは別の面もあったのかい?」
ローガンさんが興味を持ったように更に追求をしてきた。
ああ。そうだった。思い出した。
「女神様の前だとかそういうことは僕にとっては関係なくて、嘘もつけたと思います。けど、それをしてしまえば、僕はアーラさんやローガンさんを騙すことになる。
僕はアミティちゃんにその事を決して誇れないと思ったから、本当のことを話した……んだと思います。多分。」
保身の為といえ、アミティちゃんに誇れないようなことをしたくは無かった。僕はあの時そう思ったのだ。
「はは。そうかい。そりゃぁそうだな。子供に誇れねぇことは、出来ねぇよなあ。」
ローガンさんは笑った。
それは長年名前が分からなかった曲のタイトルがやっと分かった時のような、清々しい笑顔だった。
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