第44話

「ん…………」


 目覚めたクラマが最初に目にしたのは、見慣れぬ木の天井。

 最初に耳にしたのは、小さな寝息ねいき

 最初に感じたのは、腹の上に乗った重さだった。


 クラマは自分の体に目を向ける。

 すると自分のおなかを枕にして寝息をたてる少女の顔が目に入った。


「パフィー」


 パフィーは椅子に座ったままクラマの腹に顔を乗せ、静かに寝息をたてている。

 クラマが動いたことで、パフィーの体が揺れる。


「ん……んん……?」


 そうして、パフィーが目蓋まぶたを開いた。


「ぁ……クラマ……クラマ!? 起きたのね! ……あっ!?」


 と、一気に覚醒かくせいしたパフィーは、あわてて頭を起こして椅子から立ち上がった。


「ご、ごめんなさい! おなかを怪我けがしてるのに……! 痛くない!? 大丈夫だった!?」


 おそらく看護かんごの最中でうたた寝してしまったのだろう。

 クラマは感謝の気持ちとともに、大丈夫と笑顔で返した。


 痛くないかと言われたら痛かったが、腹だけでなく全身のありとあらゆる所がくまなく痛い。

 しかしクラマは痛みを外に出さないように笑顔を作ってみせた。

 パフィーは一拍いっぱく置いてから、不安げな表情でクラマに詰め寄る。


「クラマ、記憶にどこかおかしなところはない? 自分の名前は? わたしが誰だか分かる?」


 大きく見開いた瞳がクラマを真っ直ぐに見つめる。

 クラマはそれにうなずいて答えた。


「ああ……大丈夫だよ。パフィー」


 パフィーを安心させるように、クラマはパフィーの頭に手を置いた。

 すると安堵あんどに気のゆるんだパフィーの瞳から、じわりと涙があふれる。


「よかった……クラマ、本当によかった……!」


 そうして、パフィーはクラマの胸に顔を埋めて抱きついた。


「パフィー……」


 そのパフィーの様子から、自分はよほど危険な状態だったのだろうとクラマは推察すいさつした。


「……ごめん。心配かけたね」


「ううん……いいの。クラマが無事ならいいのよ」


 それからクラマはしばらくそのままパフィーの頭をで続ける。

 改めて周囲を見ると、見たことのない小さな個室。

 花瓶と戸棚、そして自分が寝ているベッドの他には何もない。

 見覚えはないが、ニーオの診療所だろうとクラマは思った。というか、他に考えられない。

 そうしてパフィーが落ち着いたところで、クラマは質問する。


「パフィー。イエニアとレイフは……?」


 クラマの問いにパフィーが答える。


「大丈夫よ、ふたりとも。イエニアは危なかったけど、輸血が間に合って……今は隣の部屋で寝てるわ。レイフはもう起きて大丈夫みたい。……呼んでくる?」


「いや、いいよ。大丈夫なら良かった。それより……」


 ガチャ、とドアノブが回った。

 入ってきたのはメイド服。……ティアだ。


「お目覚めでしたか。ニーオ女医を呼んで参ります」


「あ、ちょっと待って」


 クラマはティアを引き留めた。


「パフィーとティア、ふたりに相談したいことがあるんだ」


「わたしたちに?」


「相談……でございますか?」


 パフィーとティアは怪訝けげんな顔でクラマを見つめる。

 その2人に、クラマは告げた。


「――僕の中にある発信器を取ろうと思う。サクラのもね」


 言って、親指を自分の胸に突き立てた。

 部屋の中に緊張が走る。

 パフィーは無言で視線を落とし、ティアがクラマの言葉に答えた。


「そうですね。この街から出るには発信器は外さなければいけません。逃走用の馬は用意してありますから、ラーウェイブまで行ければ――」


「……え? ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」


 ティアの言葉にクラマが首をひねる。

 そのクラマの反応に、ティアとパフィーもまた怪訝な顔をして見返してきた。

 ……どうやら互いの話がみ合っていない。

 クラマは頭の中を整理しながら話す。


「え~っと……まずさ、あの地下にいた連中は何だと思う?」


 突然話が飛んで面食めんくらうティアとパフィー。

 ティアは少し思案してから答える。


「彼らは皆、青い瞳をしていました。邪神……悲劇の神の信徒で間違いありません」


「うん。で、その彼らはダンジョン内で冒険者を襲っていて、そして恐らく冒険者ギルドと繋がってる。……だよね?」


「……はい。まだ確証はありませんが、その可能性は非常に高いと思われます」


「つまり単なる追いはぎとかじゃなくて、組織だった犯罪……それも冒険者ギルドという、この国のトップが関わる組織が裏についてるわけだ。僕らを襲った奴ら失敗した事は、バックにいる黒幕にも伝わるよね」


「そうでしょう。すぐに伝わるかどうかはわかりかねますが」


「とすると、次に僕らがダンジョンに潜れば、口封じのために今度は別の刺客を放ってくる可能性が高い。……いや、ひょっとしたら地上にいる間にも狙われるかもしれない」


「……………………」


 ティアもパフィーも何も言わない。

 その沈黙を肯定と取って、クラマは続けた。


「発信器を取れば、そのことを気付かれる可能性もあるけど……ここから先は、体に発信器なんてつけてたら戦えない。今ここで取っておく必要がある」


 言い終えたクラマ。

 それにしばしの沈黙を挟んで……ティアが答えた。


「……早合点はやがてんをしてしまい申し訳ございません。先ほどパフィー様と、皆様をどうやって逃がすか打ち合わせしておりましたので」


「僕は、最後まで降りる気はないよ」


「はい。失礼いたしました」


「で、でも! ちょっと待って!」


 それまで黙っていたパフィーが、そこで口を挟んだ。


「クラマ、自分の体の状態は分かってる? イエニアもだけど……すぐに治る傷じゃないわ。それに……そもそも、発信器を取るということは胸を開くのよ? 大きな手術になるから、しばらく動けなくなるし……」


 クラマの体の状態。

 それは先ほどから身じろぎするたびに全身に走る激痛から、だいたい分かっていた。

 特に折れた右腕。まるで心臓の鼓動のように、ズキンズキンと断続的に痛みを伝えてくる。


「それも含めて相談したい。パフィー、代謝を早めて傷を治す魔法があったね。あれは傷が多い方が効率的なんじゃないか?」


「あ……う、うん……確かにクラマを治すなら全身へ魔法をかけることになるから……胸を開いた後でも、消費する心量は変わらないわ。……でも……」


 肯定しつつも、言葉をにごすパフィー。

 クラマの言う通り、魔法で代謝を早めて回復をうながすことはできる。

 しかしそれは寿命を削るのと同意だ。

 心情的には、できることならやりたくない。


 しかし現状はそうも言っていられなかった。

 時間が経てば経つほど、クラマ達の規約違反が露見ろけんして逮捕される危険は増す。

 特に地下で冒険者ギルドに繋がりのある者に襲われるという事態があった後だ。

 自分たちが襲われたのは恣意的しいてきなのか、それとも無差別だったのかは分からないが……もしかしたら今すぐにでも、適当な理由をつけて逮捕しに来る可能性もないとは言えない。

 常識的に考えれば、このままダンジョン探索を続けるのは危険だ。

 ……だが、ティアには「危険だからやめる」という選択肢はない。

 だからティアとパフィーは、ダンジョン攻略を一時中断してクラマやサクラ達を街から逃がす方針で話し合っていたのだ。


 しかしクラマは続けるつもりだ。

 そして、ティアもそれを受け入れている。

 そんな彼らに対してパフィーは……


「……わたしは反対よ」


「パフィー」


 クラマは願いを訴えるようにパフィーの名前を呼ぶ。

 だがパフィーはここで珍しく語気を荒げた。


「だめよ! わたしたちのわがままでクラマを危険な目に遭わせるなんて! どうしてティアは平気なの!?」


 ティアは答えない。

 揺らがない。まるで彫像のように。

 クラマは再度パフィーに声をかけた。


「パフィー、違うんだ」


「っ……!」


 パフィーはクラマの言葉から逃げるように、部屋の外に駆けだしていった。


「パフィー! っ、づづづづぁ……!」


 起き上がろうとしたクラマは、激痛に身をよじる!

 ティアはクラマをベッドに押し戻して、毛布を掛け直しながら告げた。


「まずは安静になさってください。どのみち街から逃げるにしても、体を動かせないのでは難しい。魔法での治療は必須です。……パフィーには、わたくしから話しておきます」


「……ああ」


「それとニーオ女医を呼んで参りますので、そのままお待ちください。それでは失礼いたします」


 と言って、ティアはお辞儀じぎをして去っていった。






「……あなたね、本気で言ってる?」


 あれからすぐ、ニーオがクラマのもとへやって来た。

 そうしてひととおり診察を終えたところで、クラマが言い放った言葉を受けて、ニーオ女医はこうして眉根まゆねを寄せて詰め寄っているのであった。


「発信器が埋め込まれてるって……まぁ……嘘じゃないんだろうけど……」


 ニーオは頭痛をこらえるように頭に手を置いて、大きな大きなため息をついた。


「しかも何? 言うに事欠いて、すぐ取り出して欲しい? あなたね、自分の体の状態わかってる?」


「ニーオ先生の腕を信じてますから。……あれっ!? もしや先生の腕ではお出来にならない……?」


 ニーオはギロリとクラマをにらみつけた。

 そしてクラマの口周りを掴んでギリギリと締めつけながら言う。


「二度と私を挑発するんじゃない。分かった?」


「ひゃ、ひゃ~い。ごえんなひゃ~い」


 ニーオはクラマから手を離す。

 そしてどっかりと椅子に腰を下ろすと、足を組み、片目を閉じて思案した。


 ……別に、拒否したっていい。

 しがない個人経営の診療所だ。患者を選ぶ権利はある。

 無茶な手術を提案する患者。

 しかも、こんな手術を行えば冒険者ギルド……要するに、この国を牛耳ぎゅうじる権力者から目をつけられる危険がある。

 断った方がいい。

 断った方がいいが……借りがあった。

 クラマにダイモンジを預けられたことで、診療所の経営はかなり助けられている。

 さらにはダイモンジの運量を活用するための貴重な資料の提供。

 これらの見返りを、クラマはほとんど受け取っていない。


 ニーオはちらりとクラマに目を向けた。


「あなた……まさか最初から……」


「ん?」


 首をかしげてニーオを見返すクラマ。

 ニーオは問いかけをやめて、代わりに別の言葉を告げた。


「まあ、いいわ。まずはパフィーに相談して、それから考えることにする。いいわね?」


「うん」


「あと手術を希望するなら、痛み止めは出せないけど」


「げ」


「嫌? 嫌ならしょうがないわね。この話はなかったことに」


「だ、大丈夫。大丈夫です。うん。がんばる」


「まあ、我慢できなかったら呼びなさい」


 そうして話は終わり。

 椅子から立ち上がると、クラマに背を向けて出口へと向かうニーオ。

 立ち去ろうとした彼女の背に、クラマの控えめな言葉がかかる。


「はい。……無理言ってすみません」


 ニーオはぴたっと止まった。

 そして肩越しに振り向くと、クラマに言葉を返した。


「無理かどうかを判断するのは私の仕事。ワガママを言うのが患者の仕事よ」


「……うん。ありがとう」






 ……ニーオが去ってから小一時間ほどしたあたり。

 ベッドに横になったまま痛みにうなされるクラマ。

 そんなクラマの病室へと、パフィーが静かに顔を出した。

 気付いたクラマが声を出す。


「パフィー」


 パフィーはクラマの呼びかけに答えず、うつむいたまま室内に足を踏み入れた。

 狭くて薄暗い個室。

 ひとつだけ開いた小窓からは、日の光が差し込んでこない。

 薄闇の中を、沈んだ表情で、一歩ずつ歩く。

 やがてクラマの枕元まくらもとに到着したパフィー。

 彼女はその場にじっとたたずんでいる。

 クラマは待った。パフィーがその口を開くのを。

 ……彼女の心の準備が整うのを。


 長いようで短い時間。

 やがてパフィーは、か細い声で呟いた。


「……先生とは、お話した?」


 先生。

 パフィーの言う「先生」とは医者のニーオではなく――


「うん。パフィーがここに来た理由も聞いたよ。まだ僕の中にいると思う。……呼びかけても返事しないけど」


「そう……」


 パフィーは少しだけ目を閉じて……開く。

 そして言った。


「手術と治療に協力するわ。それから、クラマがダンジョンに潜るのも」


「いいの?」


「ええ。元々、わたしたちが言い出したことだもの。今さら止めるなんて……身勝手すぎるわ」


 ふと、ベッドに横になったままのクラマは、パフィーの握った拳が震えているのに気がついた。

 暗がりの中で、パフィーの顔を見上げるクラマ。

 パフィーは泣きそうな顔でクラマを見つめていた。


「パフィー……」


 クラマが名前を呼ぶと、パフィーは突然クラマの胸にすがりつき、せきを切ったように声をあげた。


「ごめんなさい……! わたしたちのわがままで、嘘をついてまでクラマをダンジョンに行かせたのに……わたし、今度は自分のわがままで、クラマに行ってほしくないなんて……!」


 パフィーの両手がぎゅっと毛布を握る。

 泣きじゃくるような訴え。

 それは懺悔ざんげ告解こっかいであった。

 ずっとずっと胸に抱き続けてきた、クラマに対する罪悪感。

 張り裂けるような胸の内をパフィーは吐露とろする。


「でも……でもね! 本当に怖いの。今度こそクラマがいなくなるような気がして……! だから……それで……」


 クラマはパフィーの独白を聞く。

 そして把握した。

 ――これは自分のせいだ。

 自分が無茶をする姿を見せすぎたために、危険なイメージを抱かせてしまった。


 パフィーは声を出し疲れて息をついた。

 そこで少し落ち着いてきたようで、若干トーンを落としてクラマへと語る。


「わたし……自分がこんなに自分勝手な人間だったなんて、知らなかった……するべきことは分かってるのに……嫌で嫌で……そんな、わがまま言ったらみんなを困らせるのに……」


 パフィーの声が震えている。

 彼女自身も、自分の中の葛藤かっとうに混乱しているようだった。


「こんなこと今までなかったのに……わたし……自分が信じられない……」


 消え入りそうな声でささやかれたパフィーの言葉。



 ――自分のことが一番、信用できない。



 クラマはパフィーを抱きしめた。


「それは違う、パフィー」


 普段と違う、クラマの硬く鋭い声色。

 折れていない左腕で、クラマは強くしっかりとパフィーを抱きしめる。


「やるべき事と自分の心が一致しないのは、当たり前の事なんだ。だから――」


 ――だから何だ?


 クラマは己に問う。

 やるべき事にかまけて、自分の心を蔑ろにしてきたのは他でもない自分自身。

 自分の気持ちを大切にしろ……なんて。

 今さらどの口が言えるのか?

 欺瞞、まやかし、偽り、虚説。

 その場しのぎの慰めの言葉。

 ここでもまた嘘で切り抜けるのか?


「クラマ……?」


 見上げるパフィーの瞳。

 すがりつくような、不安に揺れる眼差まなざし。


 ――違う!


 クラマは己を叱咤しったした!

 今ごろ嘘の一つや二つ、何を恐れてる!

 大事なのはそうじゃない。

 嘘吐きなら嘘吐きらしく。

 いつも通りに恰好かっこうつけた言葉を吐いてみせろ!


 ……クラマはパフィーを抱きしめたまま、口を開いた。


「――どっちも大事なんだ。自分の気持ちは大切だけど、それしか見ないのでは破綻はたんする。やるべき事をやるのは重要だけど、気持ちを無視したら続かない。これはどっちが嘘でも本当でもない、どっちも必要なものなんだ。けど、必ず両方を満たせるわけじゃないから、自分で丁度いいバランスを考えないといけない」


 喋りながら、クラマは思った。

 ああ、そういう事だったのか……と。

 ろくに考えずとも、ぺらぺらとよく回る口が。

 しくも勝手に答えを見つけてくれた。

 さすがにこれには、クラマにも苦笑しか浮かばなかった。


 クラマはひとつ背負っていた重しが外れて、心が軽くなったような気がした。

 軽くなった心は、口の回りも軽くする。

 クラマは続けて腕の中のパフィーに向けて語った。


「だからね、パフィー。わがままを言っていいんだよ。いや、もっとわがままを言って欲しい。パフィーは今、自分の心の変化に戸惑ってるんだと思う。でも変わることは悪いことじゃない。僕も……みんなのために変わっていきたい」


「……クラマも?」


「うん。すぐには変われないかもしれないけど……だから、次に僕が無茶をしようとしたら、パフィーに止めて欲しい」


 パフィーはクラマの顔をうかがう。

 それから少し思案するようにして……目を閉じ、ひとつうなずいた。

 そうして最後にクラマへ顔を向ける。


 大輪の花のような、まばゆい笑顔を。


「そうね、わたしよりクラマの方がわがままだもの! わたしもわがまま言わなきゃ不公平よね!」


「おおっと! こいつは一本取られた」


「うふふふっ!」


 ふたりは笑い合い、薄暗い病室の中で明るい花が咲いた。



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 クラマ達が地下4階から脱出した、そのすぐ後のこと――

 ワイトピートは3人の部下を床の上に並べていた。


「ふむ、イーウシエ君は即死か……ペシウヌ君、コーベル君はまだ息はあるが……さてさて」


「どうするつもりだ、これから」


 背後からの声にワイトピートは振り返る。

 そこには右足に血のにじんだ包帯を巻いて、大剣を杖のようにして寄りかかって立つトゥニスがいた。


「おお、トゥニス……手ひどくやられたじゃないか」


「ああ。あの双剣の男、あれは私には手に負えん。まともに戦えば、間違いなくお前よりも強いぞ」


「うむ、そうだろうね」


 そのワイトピートの淡白な答えに、トゥニスは眉根を寄せる。


「否定しないのか?」


 そんなトゥニスの問いに、ワイトピートは笑って答えた。


「ははは、私より強い者など、この世界にはごまんといるよ」


 トゥニスの経験上、男というものは強さを比べられることに敏感だった。

 たとえ表面上は平静を装っても、誰かより弱いと言われれば、ささくれ立った気配が体から漏れ出してくる。

 ……だが、その気配がワイトピートにはなかった。


「あれほど日頃から鍛えているのに……おかしな男だ」


「ん? それは強い方が便利だからね。強さ比べに興味がないだけさ」


 そんな会話をしながらワイトピートは生き残った2名に手当てを行う。

 そうして手当てを終えると、2人を左右の肩に担ぎ上げた。


「よいっと! さあて……ここからは大変だよ。罠と猛獣に溢れたダンジョン内で、怪我人を抱えながら口封じの追っ手を撃退するミッションだ! ふふふ……これぞ因果応報だね?」


 まともな話ではない。

 しかもそれを笑顔で話すとなると、常軌じょうきいっしている。

 トゥニスは気を失った2人の部下に目を向けて告げた。


「そいつらはもう戦えない。……たとえ怪我が治っても、まともに歩けるようになるかも怪しい。ここでとどめをくれてやった方がいいだろう」


 残酷だが、冷静な指摘だった。

 しかしそれに対してワイトピートは……


「なんてことを言うんだ! 彼らは今まで私に尽くしてくれた大切な仲間……いわば家族も同然! 見捨てることなど出来はしない!」


 その言葉にトゥニスは答えられず、黙った。

 彼女はそれから地面に残る、首が曲がった部下の亡骸なきがらに目を向けた。


「……あいつの墓はどうする?」


 そう言われてワイトピートは首をかしげつつ、トゥニスの目線の先へと振り返り――


「いや、不要だ。死体に用はない」


「………………」


 今度こそトゥニスは完全に閉口へいこうした。

 そうして彼らは過酷なダンジョンの中に身を投じた。

 彼ら行く末に希望はない。

 辺り一面に絶望しか見えない状況で……


 ワイトピートは笑っていた。


 その瞳から、かつてない爛々らんらんとした輝きを放ちながら。

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