第41話

 規則的な緑の線が入った、一面の白い壁。

 ここはダンジョン地下4階にある、通常の手段では入ることのできない隠し部屋。

 ワイトピートひきいる邪教のの隠れ家である。

 その中にいくつかある、監禁部屋の一室にて。

 邪教の徒に運び込まれたイエニアとレイフは後ろ手に手錠をかけられて、地面に転がされた。


「あいったたた……もう、乱暴ねぇ」


「ぅ……」


 イエニアは地面に投げ出されても、ほとんど反応を示さない。

 出血多量により意識は混濁こんだくしており、薄く開いた瞳はうつろで、焦点を結んでいなかった。

 イエニアの体には申し訳程度の包帯が巻かれてはいたが、もっと本格的な治療が必要なのは明らかだった。

 レイフは上半身を起こして、部屋にいる3人の男に声をかける。


「ねえ、あなたたち。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら?」


「あぁーん?」


 手前の男が反応した。

 レイフは男に向けて、びるような上目遣うわめづかいを向けて言う。


「この子にしっかりした治療をしてあげられないかしら? そうしたら……とっておきのサービス、してあげるんだけど……ね?」


 レイフはちらりと唇から舌先をのぞかせ、男たちに向けて意味深な微笑みを見せた。

 同時に足を崩してしなを作り、わずかに肩を張ることで豊満な乳房を揺らして強調してみせた。

 洗練された男を誘う動作。

 男たちの目も、レイフの体に釘付けになる。

 が……


「プッ……ハハハハッ! まーまーまーまー、そのうち自分からやりたくなってくるから、焦んなって!」


 さも可笑しそうにヘラヘラと笑う男たち。

 まるで緊張感のない、あまりに気楽な場の空気。

 その連中の様子を見て、レイフは悟った。

 彼らにとって、こうした事は一度や二度ではない。日常に近い出来事なのだと。

 自分たちの絶対的優位を自覚しており、目の前の獲物がこれから自分らの「思い通りになる」ことを――おそらくは過去の経験から――確信している。

 ……こうなれば、どのような交渉も成立し得ない。

 レイフは苦々しく奥歯をんだ。


「まーしかし、言うだけあるよなぁ、コレは」


 そう言って男のひとりがふところからナイフを取り出すと、軽い手つきでレイフの上半身の衣服を下から上に切り裂いた!

 レイフの胸部を押さえていた布が取り払われ、弾かれたように豊満な乳房ちぶさがまろび出る!


「ウヒョー、でっか! 今までの中で一番じゃね?」


「たまんねー、とりあえずはさんでみっか」


 下卑げびた笑いを浮かべて、品のない言葉を口々に吐き出す男たち。

 その態度はワイトピートがいる時とは大違いだった。

 それもそのはず。彼らは敬愛するワイトピートの前では、気に入られたい一心で猫をかぶっているのだ。

 ワイトピートと出会う以前の彼らは、貧民街スラム窃盗せっとう恐喝きょうかつを繰り返すギャング気取りの若者であった。

 やがて地元のシーフギルドに目をつけられて、捕まった彼らはそこで殺されかけたが、そこを運良く通りかかったワイトピートに救われた。

 そして、その悪辣あくらつかつ伊達男の振る舞いに魅了されて配下となったのだ。

 元軍人のワイトピートに合わせて彼らも軍人の真似事をしているが、ワイトピートの目を離れれば、こうして元のチンピラに戻ってしまう。

 とりわけ、その傾向が顕著けんちょなのが……


「ハァァァァ~~~~……まァたババアかよ。いいかげんにしてくれやマジでよォ」


 レイフの乳房を見ようともせず頭をく男。

 コーベルである。


肝心かんじんのやつを逃がしてんじゃねェよクッソババアが! ああああーイライラしてきた」


 そう言ってコーベルは手近にあるバケツを蹴り飛ばした!

 ガランガランと部屋の隅をバケツが跳ね回る。


「出たー、ロリコンコーベル」


「そうカリカリすんなよ。ほら、そっちの女はお前好みじゃね? 真っ平らじゃん、胸」


「あァ?」


 仲間に言われて、コーベルはイエニアに目を向けた。

 鎧を脱がされて素肌の上に包帯を巻かれたイエニア……その胸を見る。

 起伏の少ないなだらかな平面が、呼吸のたびに浅く上下していた。


「筋肉つきすぎだろ。あー、でも……あーーーーーー……顔隠せばイケるか」


 コーベルはやおらバケツを拾うと、イエニアの顔に被せた。

 そうして、彼女の胴にまたがって馬乗りになる。


「お! 案外いけるかもしれん。包帯の中に突っ込んでみるか」


「おいおい、そんな事したら死ぬぞそいつ」


「知るか。この傷ならどうせ死ぬだろ。お前らもやってみろよ、グズグズの傷口でこすると、ぬめりがあって病みつきになるぞ」


 そんな事を言いながら、カチャカチャとズボンのベルトを外そうとするコーベル。

 ――そこへ横から飛んできた声。


「女の人が怖いの? あなた」


 ぴた、とコーベルが手を止める。

 そして彼はゆっくりと、声の発生源――レイフに目を向けた。


「……あァ?」


「ふふふ、だって小さな女の子じゃないと安心できないんでしょ? 分かるわ~、自信がないのよね、男として。うんうん」


 にやにやと笑いながら、小馬鹿にするような目をコーベルに向けるレイフ。

 言われたコーベルの顔が石像のように固まり、瞳孔どうこうが開いていく。


「あら、怒った? ああ~、ごめんなさいねー、図星刺しちゃって。でも大丈夫! 私のおっぱいで挟んでも先が出てこないくらい小さくても、私は別に気にしたり――」


 レイフが喋っている途中で、コーベルはレイフに馬乗りになって殴りかかった。


「っだるおォ!! くそっラァ! あァッ!?」


 意味の通じない怒声をあげて、コーベルは押し倒したレイフの顔面を何度も何度も殴りつける!

 手錠で手を塞がれているレイフは、防ぐこともできずに殴られ続けた。


「おい、その辺にしとけって! せっかくの上玉じょうだまなんだからよ!」


 と言って仲間がコーベルをレイフから引きがす。


「あーあ、ボコボコじゃん。こんなんじゃ俺らもえちまうじゃんよー」


 レイフの顔を見た男がコーベルに文句を言う。

 しかし興奮したコーベルには周りの言葉も届いていないようで、奇声をあげて暴れ回る!


「アアアアアアアアアーーーーークソアアアアアアアーーーーッ!!!!」


「だめだこりゃ。外つれてけ、外」


 ……そうしてコーベルは仲間のひとりの手で部屋の外に連れ出された。

 部屋にひとり残った男は、倒れたレイフを見て顔をしかめる。


「はぁー……ったく、俺らのことも考えろよなー。しゃーねえ、俺もあいつのアイデアを借りるとすっか」


 そう言って男は、イエニアに被されていたバケツをレイフの頭に被せた。


「さーて、それじゃあ使わせてもらいますよっと」


 言うが早いか男はベルトを外し、自らのズボンを下ろした。

 レイフの意識は鮮明にあったが、繰り返し殴られた痛みに口を動かすこともできず、ただ男の行為をその身で受け止める事しかできなかった。



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 ワイトピートは己の私室でひとり、手鏡を相手ににらめっこをしていた。


「ふぅ~む……やはり似ている……むむ……」


 こじんまりとした小部屋だった。

 部屋にはいくつもの調度品が配置されているが……その規則的な配置とは裏腹うらはらに、調度品の統一感がなく、どこかいびつな雰囲気があった。

 その中にいるワイトピートはすでに救助隊の装備を脱ぎ去っている。

 私服でくつろぐワイトピート。

 その彼のもとへと、トゥニスが尋ねてきた。


「おい、話がある」


「おお、きみから会いに来るとは珍しい! 嬉しいよ、私は」


 トゥニスはその軽口には応じず、鋭くにらえるような目でく。


「……あの女たちも、私のようにするのか?」


 あの女たち。

 その言葉が先ほど捕らえたイエニアとレイフを指していることは、わざわざ問い返すまでもなかった。

 ワイトピートは手鏡を机上に置いてトゥニスの問いに答える。


「ふむ。そうだと言ったら、きみは怒るかね?」


「別に。お前がそういう人間だということは承知している。だが、あいつらに任せておいたら死ぬぞ。お前の部下は自制心を忘れたトカゲの群れだ」


 その言葉にワイトピートは手を叩いて大笑する。


「ぬあっはッはッはッ!! これはひどい、せめて人間として扱ってあげる気はないのかね!?」


 ワイトピートはひとしきり笑ってから、椅子に座ったままトゥニスに向き直った。


「しかし誤解しないで欲しいな。捕らえた冒険者は可能な限りの悲劇を演出し、“奉納”するのが本来のやり方だ。我々の心量回復のためにね。……そう、きみは特別なのさ。きみの美しさに、私がれ込んでしまった」


 いきなり紳士の口から情熱的な言葉をささげられたトゥニスはしかし、不機嫌そうに目を細めた。


「どうせ、あの騎士の女が仲間になれば同じ事をのたまうのだろう、その口は。お前は優秀な部下が欲しいだけだ。あの能無のうなしどもに愛想あいそが尽きている。違うか?」


「まさか! 彼らはよく働いてくれているよ。いや、しかし……きみが我々を恨むのは当然だ。仲良くしてくれなどと言うのは、少々虫が良すぎる話か……すまない」


 そう言って、ワイトピートはしょんぼりとしょげて頭を下げた。




 トゥニスはワイトピートの言葉を信じていない。

 彼は根っからの嘘吐きだ。

 口当たりの良い言葉とで人をたぶらかす、真性の詐欺師。

 控えめに言って、その人間性はクズにあたる。

 信用できる要素など何処どこにもない。


「……で、どうする? 放っておくのか?」


「ふむ。きみがそう言うのなら、私から彼らに伝えておくとしよう。代わりにひとつ頼まれてくれるかな?」


「なんだ?」


「第四区画に罠を設置して貰いたい」


 第四区画は、先ほどの襲撃に際して“表”との出入りに使用した通路だ。

 トゥニスはワイトピートの意図を問う。


「……どういうことだ?」


「近いうち……明日か明後日には、逃げた者達が集めた冒険者の一団か、あるいはギルドからの討伐対がここへ来るはずだ。今のうちに備えておかねばな」


「そうか。……改めて聞くが、本当にあの連中は追わなくて良かったのか?」


 襲撃した相手を逃せば、大事おおごとになるのは目に見えている。

 追跡困難だからといって、早々に諦めたりせずに捜索するべきだったのではないかとトゥニスは考えていた。


「いいのさ。いずれ必ず来るものが、いま来ただけのことだ」


 地下にもって降りてきた冒険者を襲撃。

 そのような事が取りこぼしも目撃者もなく、延々と続けていけるわけがない。

 元より無理のある計画。

 そしてそれは、この計画を立案した者も承知している。

 すなわち予定調和であった。


「ここが襲撃された際、少しでも危ないと思ったらすぐに逃げたまえ。きみだけでもね」


 その言葉にトゥニスはまゆをひそめる。


「あの3人には伝えないのか?」


 ワイトピートは椅子から立ち上がった。

 そしてトゥニスの前に立ち、肌を重ねるほどに近付いてささやく。


「言っただろう、きみは特別だと」


 ワイトピートはそのまま、トゥニスの唇へと自らの唇を重ねた。

 深く、むさぼるような情熱的なキス。

 ワイトピートは舌を差し入れると、トゥニスの舌と絡めて――


 ガリッ! と差し入れた舌を噛まれてワイトピートは唇を離した。


「おおっと! これは熱烈な挨拶だ……」


 ワイトピートの口内を血の味が広がる。

 トゥニスは鋭く一度ワイトピートを睨みつけると、


「罠を作ってくる」


 とだけ言って、部屋を出ていった。


「フフ……さて」


 改めて椅子に座り直すワイトピート。

 監禁部屋へ忠告に行くつもりなどない。

 あれはトゥニスの機嫌を取るためだけの嘘だ。


「果たしてどちらが来るかな? 願わくば……」


 ワイトピートは机の上に置いた手鏡を拾い上げると、もう一度その鏡面を覗き込んだ。



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 そして一方、クラマ達。

 地上から地下4階へと駆けつけたティアと、クラマは話す。

 ティアとセサイルはここに来る途中で戦闘のあった場所へ寄ったが、そこにはイエニアやレイフはおらず、血痕しか残されていなかったという。

 ティアが話し終わったところで、後ろに控えたセサイルが口を開く。


「まぁ生き残りがいただけでも上々だ。その襲ってきた奴らってのが何だか分からねぇが、ダンジョン内で人探しをするには人手が足りねぇ。まずは上に戻ってからだな」


 というセサイルの正論。

 それをクラマは却下した。


「いや、時間が経つほどオノウェ調査の精度は落ちる。追跡するなら今しかない」


「おいおい……相手の素性すじょうも分からねぇのに、これだけの数でか? そりゃ危険が過ぎるだろ」


 それに対して横からティアが回答する。


「そのための貴方です、“赤熱の双剣”セサイル様。依頼は『我々のパーティーの救助』です。途中で戻られるようでは、報酬はお支払いできかねます」


「チッ、報酬相応って事か……まぁ、そんなウマい話はねぇわな。しょうがねえ」


 セサイルは頭をかきつつ納得して、イクスに目を向けた。


「ところでそこの嬢ちゃんは何だ? どこぞの掲示板で見かけたツラだが」


「彼女は協力者です、我々の。これもまた他言無用でお願い致します」


「ハァ……抜け道は掘るわ、指名手配犯と組むわ……とんでもねぇ不正行為のかたまりだなお前ら……。だが正解だ。本気でダンジョンの踏破を目指すなら、それくらいしないといけねぇ。ま、目をつぶるくらいならいくらでも構わんぜ。それくらいの報酬だからな」


 クラマは以前、レイフに聞いた話を思い出した。

 クラマ釈放のための保釈金で、イエニア達の資金がほとんどなくなったという話。

 一体どの程度の金額をセサイルに提示したのか気になるところだったが……今はそこを問い詰めている暇はない。それより先にするべき事がある。


 クラマ達5人は戦闘があった場所へ戻った。

 そうしてパフィーがオノウェ調査の魔法で、彼らの行き先を探る。



> パフィー心量:318 → 291/500(-27)



 時間も経っていないので、魔法による調査は容易たやすく成功した。

 そして、判明したその行き先は……


「ここ……のはず、だけど……」


 パフィーが指し示したのは戦闘のあった地点の少し後ろ。

 すぐ先が行き止まりになった道。

 戦闘中に背後から2人の増援が現れた場所である。


「やっぱり隠し通路か。パフィー、隠し通路の位置と、開け方を調べて」


「わかったわ」


 まずパフィーは隠し通路の位置を特定する。



> パフィー心量:291 → 268/500(-23)



 奥の行き止まりから少し手前あたり。

 見た目はまるっきりただの壁だ。

 そしてパフィーは続けて、隠し扉の開け方を調べる。



> パフィー心量:268 → 190/500(-78)



 その方法も判明する。

 だが……


「だめ……開けられない。これは登録した人間が手を触れることで開く仕組みだわ」


 まさかの生体認証だった。

 途方に暮れるパフィーの前に、ティアが出る。


「皆様、少し下がってください」


 言って、ティアは盾を背中にかけて黒槍を両手に持つと、槍の穂先ほさきを壁にそっと押しあてた。

 その槍の穂は、独特の形状をしていた。

 四つの切っ先を束ねたような形で、通常ならとがっているはずの先端は、逆に円錐状えんすいじょうにくぼんでいた。

 クラマは槍というより、どことなく砲身に近いイメージを受けた。

 パフィーが下がると、ティアは詠唱を始める。


「オクシオ・ヴェウィデイー……サウォ・ヤチス・ヒウペ・セエス・ピセイーネ……は正義の使途、悪をついやすヴィルスーロの槍よ。今こそ激憤げきふん咆哮ほうこうを上げよ――ヨイン・プルトン!」



> ティア 心量:488 → 438/500(-50)



 ――爆音、衝撃。

 槍の先端より発生した爆発が、通路内に轟音と突風を巻き起こす!

 離れていてもたたらを踏むほどの強烈な衝撃波。

 もうもうと立ちこめる煙が収まるとそこには……人が余裕で立って通れるほどの大きな穴が、壁を打ち破って穿うがたれていた。


「ヒュ~……こいつはすげぇ」


 セサイルが口笛を吹いて感嘆かんたんする。

 すさまじい威力だった。


「さあ、行きましょうか」


 一同はそうして、壁に開いた大穴から、隠された場所へと侵入した。

 捕らわれたイエニアとレイフ……仲間を救うために。

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