第39話

 楽しい食事タイムを終えたクラマ達は、ダンジョン地下4階の探索を再開する。

 クラマが先頭で、イエニア、パフィー、レイフが続く。そして少し離れてイクス。

 パーティーがしばらく進むと、通路の先が鉄格子てつごうしで塞がれている場所に来た。

 鉄格子の隙間から覗き込むクラマ。

 すると鉄格子の奥には非常に広い空間が広がっており、下一面は水の張ったプールになっていた。

 にまみれて、ほぼ黒くなるほどにごったプール。

 クラマが眺めていると、爪トカゲ達がプールの中へ仲間の死体を放り込んでいるのが見えた。


「なんだこれ……水葬?」


 クラマはそう思ったが、さらによく見ると、プールの端からい上がってくる爪トカゲの姿も見える。


「蘇生? いや……これは……」


 這い出てくる爪トカゲは、いずれも体の小さい子供だった。

 まさか、とクラマの脳裏に閃いた。


 ――生産されている?


 その光景をパフィーが解説する。


「古代の錬金術施設ね。生き物の死体を自動で再構成する……同じような施設は地上の遺跡でもいくつか見つかっているわ」


「自動で、って……それは相当すごいんじゃないの?」


「ええ、現代の錬金術じゃ再現不可能な技術ね。でも解析も一向に進まなくて、だいたい見つかり次第封印されているとか」


「そりゃあ化け物が無限に生み出されたら困るよねえ。しかしこのサイバネティックな施設の作りといい、古代人ってやつはとんでもない技術を持ってたんだね」


「そうね……これは仮説だけど、現代に生きる生物の半分以上の種が、古代人が“造り上げた”ものだと主張する学者もいるわ」


 古代の錬金術。

 クラマの認識では、目の前の光景はSFのそれに近い。

 「充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」という有名なSF作家の言葉をクラマは思い出していた。


「このダンジョンに爪トカゲが多いのはこのせいか」


「どうかしら。可能性はあるけど、ここから上まで登っていけるものかしら?」


 その点はパフィーも何とも言えない顔だ。

 クラマはそのプールを鉄格子ごしにじっと見る。

 中の様子を眺めたまま、口を開いた。


「あのさ、この設備を止める方法って――」


 と言いかけた途中で、真横でイエニアが仁王立ちしてこちらを見ているのに気がついた。


「クラマ、私たちの目的はダンジョンの奥に潜ることです。害獣の駆除ではありません」


「うん」


「危険は冒さず、次の階への道を探すことが先決です。いいですね?」


「だよね」


 クラマの同意を受けて、イエニアは身をひるがえす。


「それでは、いつまでも見ていないで行きますよ」


 そうして数歩進んだところで、イエニアは不意に後ろを振り返って言った。


「……ひとりで行ったりしたらだめですよ!」


「大丈夫だって。信用ないなあ」


「当然です。クラマは信頼してますが、信用はできません」


「どういうこと……?」


 クラマは首をひねった。

 イエニアはそんなクラマをしっかりと目の届く場所に置くように、自分の前に立たせる。

 そんな2人の様子をレイフは一歩引いて眺めていた。

 細めた視線は微笑ましく見守るような……どこか遠い所にあるものを見るようだった。

 レイフが遅れているのに気付いたパフィーが声をかける。


「……レイフ? どうしたの?」


「ああ、なんでもないわ。うん。ふふふ」


 その笑顔の意図が分からず、パフィーもクラマと同様に首をひねる。

 レイフは何かを納得したように何度も頷きながら、3人の後ろへ続いていった。






 それからしばらく探索を続けた一行は、何度目かの行き止まりに突き当たった。


「……5階への階段は見つかりませんが……このあたりで一度、3階まで戻って夜営にしましょう」


 途中で何度か爪トカゲとの戦闘があって疲労も溜まっている。

 全員がイエニアの言葉に頷いて、来た道を戻る。



> クラマ 運量:6719 → 4471/10000(-2248)

> クラマ 心量:67 → 61(-6)

> イエニア心量:476 → 428/500(-48)

> パフィー心量:401 → 334/500(-67)

> レイフ 心量:480 → 433/500(-47)

> イクス 心量:430 → 384/500(-46)



 無機質な通路を進む。

 コツ、コツ、コツとしばらく固い床を叩く足音だけが響く。

 帰りは地図を頼りに来た道を戻るだけだ。

 そうそう歩みの邪魔は入らない。

 そうして、3階への階段までの道のりを半分ほど進んだ頃。


「え~っと……手前の道は行き止まり。もうひとつ奥を左ね」


 一同はレイフの作成したマップに従いながら歩いている。

 クラマは背後の安全も確保するために、脇道などがあればその都度つど、潜んでいるものがいないかどうかも確認していく。

 その時もクラマは、脇道の先に何もないのを確認して……


 キン、キン……。


 突然、クラマの手元にあるコインが鳴った。

 クラマは首から下がった札を確認する。



> クラマ 運量:4471 → 4410/10000(-61)



「みんな、待った」


 近くに人がいる。

 パーティーに緊張が走った。

 また他の冒険者か、それとも違うものか。

 各々が周囲から近付いてくる物音を聞き取ろうと耳をませる。


 ……が、一向いっこうに何かが近付いてくる気配はない。


 イエニアがクラマと視線をわして、パーティーの先頭に出る。

 その際、クラマは通り過ぎるイエニアにひとつ耳打ちをする。

 イエニアは少し驚いた顔をしたが、小さく頷いて前に出た。


 イクスの話によれば、地下4階で何者かに襲われたのは曲がり角。

 今、クラマ達の少し前には曲がり角が見える。

 イエニアは警戒しながら、ゆっくりと進む。

 クラマも三代目となる棒――サリッサ・オブ・ザ・ディアドコス――をあらかじめ戦闘用に分割して備えた。

 パフィーとレイフも固唾かたずを飲んでイエニアの進みを見守る。


 曲がり角まで、あと三歩……


 二歩……


 一歩。


 曲がり角の先が、イエニアの視界に入る。

 そこでイエニアが目にしたのは――


 ……救助隊であった。

 グレーで統一されたガスマスクに兜、チェインメイル。

 冒険者ギルドが支給する共通の装備なので、一目で分かる。

 先頭にいる男は曲がり角で出会ったイエニアに左手を上げて挨拶をして、右手で剣を突き刺した。


 自然な動作。

 まるで挨拶ついでに握手でも求めるかのような。

 予備動作も力みもなく、するっと意識の外からイエニアに刃が滑り込んでいく。


 ――ギィンッ!


「……む?」


 突きを出した男からいぶかしげな声が漏れる。

 男の不意打ちはイエニアの盾で防がれていた。


 防げた理由は、あらかじめ警戒していたこと――だけではない。

 クラマが直前にイエニアへ耳打ちした内容。


『救助隊の格好をしてたら気をつけて。4階には来ないはずだから』


 クラマは別に見抜いていたわけではなく、可能性のひとつとして指摘しただけだが、それがこうそうした。

 あらかじめ心構えをしていなければ、救助隊に挨拶をされたら、イエニアも反射的に挨拶を返してしまったかもしれない。

 目の前の敵に対して、そのすきは致命的だ。


「下がりますよ!」


 イエニアは後ろの仲間に指示を出す!

 敵の数は3人。

 最初に不意打ちを仕掛けてきた男の後ろから、同じ格好をした2人の男が通路の両サイドに広がって襲いかかってくる!


 イエニアはそれに対して下がってスペースを作り、3人を同時に相手する状況を避ける。

 下がれば必ず敵のどれかが突出する。

 こちらはそれを相手にすればいい。

 連携を重視してスペースを保ったままじりじり押し上げてくるようなら、その時は電撃の魔法の出番だ。

 これが、イエニアが瞬時に頭へ浮かべたプランだった。

 だが……


 ――キィィィーーーン……!


 白と緑の通路に、白銀の欠片が飛ぶ。


「な……!?」


 イエニアが驚愕きょうがくを漏らす。

 受けに使った剣が、半分に断ち切られたのだ。


「くっ!」


 代わりに盾で防ぐ。

 剣は断ち切られてしまったが、盾では防げる。

 それも当然。魔法具でもある正騎士の盾は、現代の技術で最高の硬度を誇るユユウワシホで作られているのだから。

 しかしイエニアの剣も決してなまくらというわけではない。

 相手の持つ剣……サーベルが、異様なほどの切れ味を有している。

 それに加えて非常に高い技量と、それを扱う膂力りょりょく

 イエニアは強いあせりを覚えた。


 ――強い! まずい、これは、私より……!


 幸いにも、強いのは初手で不意を突いてきたひとりだけ。

 他の2人は大した使い手ではない。

 イエニアは下がりながら代わる代わる前に出てくる敵の攻撃をさばきつつ、分析した。

 敵3人のうち2人の技量が低いおかげでなんとかしのげているが、完全に防戦一方だった。攻め手に移ることができない。

 守っているだけでは、突き崩されるのは時間の問題だった。


 そこへ通路に響き渡る、その声。


「打ち崩せ! ――ジャガーノート!」



> クラマ 心量:61 → 36(-25)



 黒い炎を象った魔法具が輝き、発動するクラマの魔法。

 アドレナリン分泌。

 運動機能上昇。

 筋肉のリミッター解除。

 ……簡単だが陳情句ちんじょうくが入ったため、さらにβエンドルフィンが分泌ぶんぴつされた。

 これにより鎮痛効果……痛みを感じにくくなる。


 体の内側が燃えるような熱量を感じながら、クラマは鋭く息を吐き、狙い澄ました棒の突きを繰り出す!

 クラマの一撃はイエニアのそばをすり抜け、男の胴体を穿うがつ!


 ――ドウゥッ!!


 鈍器で打たれたかのような鈍い音をたてて、男の体がくの字に折れる。


「ぁ……が、か……!」


 チェインメイル越しでも貫く圧倒的な衝撃。

 クラマの一撃によって、男のひとりが地面に倒れ伏した。


 これで2対2。

 状況は一転した。

 今こそ攻勢に移る時!


「右の方は私が抑えます。クラマは先に左を!」


「ああ、分かった!」


 まずは弱い方から先に狙って数を減らす。

 敵は相当な猛者もさだ。だが2対1になれば……。

 秒刻みで流動する戦況の中、イエニアは常に勝ちへのルートを思い描き、選択していく。


 だが、その道筋が閉ざされるのは一瞬だった。


「え? きゃあっ!」


 背後から悲鳴!

 咄嗟とっさに振り向いたクラマとイエニアの目に入ったのは、剣のつかで殴られて倒れるレイフの姿。

 そして背後の脇道から現れた、2人の救助隊……の姿をした敵だった。


「な……!」


 何故。

 クラマと、そしてイエニアは驚愕した。

 その脇道には、何もないのを確認していたのに。


 ――そして、その驚愕が致命傷になる。


 その男は一切の躊躇ちゅうちょ呵責かしゃくもなく。

 水が高きから低きへ流れるがごとく、ただただ自然に一刀を振るう。

 落ちる白刃。

 その刃は金色の鎧ごと、イエニアの体を斬り裂いた。


「あ――」


 一拍遅れてき出る血潮ちしお

 がらん、と落ちる金色のプレート。

 クラマの視界に広がった衝撃的な光景。

 しかしその敵は、クラマに驚愕する暇も声をあげる暇も与えてはくれなかった。

 イエニアを斬ったそばから続く動作で踏み込んだ男は、クラマの棒を断ち斬る。

 反射的に下がろうとするクラマ。

 それより男が速い。

 追いすがるように突き出された男の剣。

 その刃はダイモンジの防刃コートも容易たやすく突破し、クラマの脇腹に突き刺さった。


 そして、それでも目の前の男は止まらない。


 実直と言えば実直だった。あまりにも。

 男は淡々と、ただひたすらに、己の目的に従って体を動かしていた。

 男の剣はクラマの腹から抜かれ、続けて肩口へと振り下ろされる。

 速い。イエニアの剣より速い。

 クラマには避けることができず――


「あああああああああああ!!!」


 雄叫おたけび、そして轟音。

 クラマに迫る男は、そのよこつらを殴られて壁まで吹き飛んだ!

 爆音とも思えるすさまじい音を響かせ、吹き飛んだ男はその勢いで壁を破壊。男の上半身が壁の中に埋まる。

 そうして男に代わってクラマの視界に立つのは、盾を持つイエニア。


「イエニ――あ……」


 イエニアの胸から下は真っ赤に染まっていた。

 その足元には血だまりが出来あがっている。

 ガシャ、と崩れるようにイエニアは血だまりの中にひざをついた。


 手当て――止血を。


 果たして間に合うのか。

 この出血量は尋常じんじょうではない。

 一刻を争うその時に……背後ではパフィーが襲われていた。


「オクシオ・ヴェウィデイー! ボース・ユドゥノ・ドゥヴァエ……きゃ……!」


 詠唱を始めたパフィーが蹴り飛ばされる!

 そいつは追い打ちとばかりに、パフィーの小さな体へ短槍の穂先ほさきを突き出した!


「――っ!」


 クラマは銀の鞭を飛ばし、その短槍を弾く!

 だが、パフィーの傍にはもうひとり。

 振り下ろされる大剣。

 伸びきった鞭では間に合わない。

 クラマは駆けた。

 筋力増強の効果はまだ残っている。

 矢のように駆けたクラマは、半ばから折れた棒を大剣使いに突き出した!


 ――が、クラマの突きは大剣の腹で防がれ、相手はさらに返す刀で斬りつけてきた!


 ……クラマは失態を悟った。

 相手の動作がスムーズすぎる。

 それは最初からパフィーを斬るつもりがない、クラマに対する誘いの動きだった。


 大剣の一撃を受けて、クラマの体が吹き飛び、壁に叩きつけられる!


「あ、っぐ……!」


 βエンドルフィンの効果で痛みはほとんどない。

 だが衝撃に肺が圧迫されて、呼吸が止まってき込む。

 この敵の大剣ではダイモンジの防刃コートは破れなかったが、全身を打たれた筋繊維と内臓へのダメージは大きく、さらに先ほど腹を貫かれた失血もある。

 満身創痍まんしんそういで膝をつくクラマは、それでも駆けつけたパフィーを背中にかばった。

 その体勢のまま、クラマは周囲に目を向ける。


 イエニア、レイフは倒れ、こちらは腹を貫かれたクラマ。無傷なのはパフィーだけ。

 対する相手は無傷の3人。そして、さらに……


 がら……がら……と瓦礫がれきが崩れる音。


「フ……フ、フ、っくくく……」


 壁に埋まった男が立ち上がろうとしていた。


「く、はははは……なんとも……いや、なんとも……こんな強烈な打撃をもらったのはいつ以来……はは、いや記憶にないな……!」


 男は足元がふらついてはいたが、それでも自分の両の足で立ち上がった。

 その兜とガスマスクは片側が砕け、顔の半分が露出している。

 オレンジ色の髪と、青い瞳が見えた。


 しかし今のクラマには、男の素性すじょうなど知っても意味はない。

 ただ状況が絶望的。それだけだった。

 クラマが頭を働かせても、現状を打開する答えがない。

 可能性があるのは、筋力増強の効果が残っているうちに、運量やパフィーの魔法をうまく組み合わせて――というところだったが、あまりに目が薄い。

 問題は、目の前の大剣使い。

 イエニアのパンチを受けて起き上がった男ほどではないだろうが、こちらもかなりの難敵だった。

 クラマの目には隙らしい隙が見えない。


 もうひとつの問題は、動けないイエニアとレイフ。

 人質にされる立ち位置となってしまった。

 クラマは確信していた。

 


 ガスマスクが壊れて露出した青い瞳。

 クラマはその眼を見た。

 ……うろ

 男の眼球には、人の姿が映っていない。

 人を人として見ていない。

 クラマはそのような目に見覚えがあった。


 男は仲間の誰が死のうと己の目的を果たすだろう。

 ……だが、クラマはイエニアが、パフィーが、レイフが……仲間が欠けることが前提の選択をすることができない。

 どうしてもできないのだ。クラマには。

 それだけは。



 つまり詰みだ。



 現状で出来るクラマの最善は投降だけ……だった。

 そこへ――


「ぐあっ!」


 男の悲鳴。

 それと同時に、カン、という金属音。


 飛来した2本のダガーがクラマの目の前にいる2人のうち、短槍使いの足に突き刺さっていた。

 大剣使いにも刃は飛んだが、大剣で弾かれて地に落ちた。


 ダガーを投擲とうてきしたのはイクスだ。

 イクスは状況を見て、自分が出遅れたと知って歯噛はがみした。

 と同時に、大剣使いに目を留め、凝視する。


「え、その剣……トゥニス……?」


「イクス……か……!?」


 ガスマスク越しで表情は分からないが、体の動きから大剣使いの動揺が見てとれた。

 その時。

 カラカラ、と音をたててクラマの目の前に転がってきたものがあった。

 イエニアの盾だ。


 クラマはイエニアに目を向ける。

 うつむいているイエニアの表情は分からない。

 ただ、血の気の失せた唇が動いた。


 ――パフィーを、頼みます。


 声は届いてこない。

 だが、そう言ったようにクラマには見えた。

 クラマは目の前に転がった盾を拾う。


「――逃げるよ」


 クラマはパフィーとイクスに告げた。

 そして返事を待たずにパフィーを抱えて走る!


「待て――!」


 大剣使いが阻もうとする。

 が、ダガーの投擲が大剣使いの行く手を阻んだ。


「くっ!」


 その隙にクラマは走り抜けた。

 そしてイクスはクラマと並走しながら詠唱を唱える。


「――フレイニュード・アートニー!」


 ローブの下に着た背中当てが浮力を得て、イクスはクラマからパフィーを受け取って駆ける!

 逃げるクラマ達を追いかけようとした大剣使いだが、追いつけないと知ってすぐに諦めた。






 ……そうして、クラマ達の姿が見えなくなったのを見届けたイエニアは、血だまりの中へと倒れ伏した。

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