第24話

 爪トカゲの群れを始末した後、クラマ達は部屋の上に避難していた冒険者パーティーから話を聞いた。

 彼らは地下4階まで潜っていたが、帰還中に爪トカゲの群れと遭遇そうぐうして逃走。

 爪トカゲはこの地下3階まで追ってきて、なんとか梯子はしごを登って安全圏に逃れたものの、逃走中に運量と心量を切らしてどうにもならなくなったという。


「やー、どうもありがとうございました。もうダメかと思いましたよー」


 大柄な女性がお礼を述べてくる。

 女性だが身長も肩幅もクラマより一回り大きかった。

 青色の髪にオレンジの瞳。

 ケリケイラと名乗った彼女は、他の3人を紹介した。


 背が低く横に広い中年男性のバコス。

 彼は自分の身長よりも大きなハルバードを手にしている。


「おう、どっかで見たツラだと思ったら、ギルドで馴れ馴れしく話しかけてきた小僧じゃねえか」


 それと同じく中年男性で、背が高くひょろ長いナメロト。

 こちらは探索用の軽装をしている。


「いやバコスよ、その前にも俺は見てるぜ。こいつらが4階まで行ったら納骨亭の酒をオゴるって言ったろ?」


「は? はァん? ……ま、まだ4階に入ってねェからノーカンだろォ!?」


「アッヒャッヒャッ! 見苦しい野郎だ! このすぐ下が4階だってのによ!」


 男2人はギャーギャーとわめき始める。

 そんな2人を放置して、ケリケイラは最後のひとりを紹介した。

 ケリケイラの後ろから出てきたのはクラマと同年代の少女だった。


「……ありがと。助けてくれて」


 背中に垂れる長いストレートの黒髪をした少女は、クラマ達とは目を合わせずに言った。

 その様子をケリケイラがからかう。


「もー、相変わらずシャイですねヒメは~」


「ヒメじゃない! ちゃんとメグルって呼んでよ!」


 すかさず後ろの男たちから、「ヒメが怒ったぞ!」「ギャーハハハハ!」とヤジが飛ぶ。


「ヒメじゃない!」


 騒がしくも和気藹々わきあいあいとしたパーティーのようであった。

 それからケリケイラ達の提案により、軽い酒宴しゅえんが開かれることになった。

 クラマは「酒宴?」と首をひねったが、彼らは当然のようにダンジョンに酒を持ち込んでいた。

 いぶかしむクラマにイエニアが補足する。


「アルコールは気付けや消毒、火の燃料にも使えますから、持ち歩く冒険者は多いですね」


「ほほー、なるほどねぇ」


 そういえば山岳救助犬は、遭難者の気付けのためのブランデーを首輪につけている……という話を以前どこかで耳にしたことをクラマは思い出した。


 何はともかく酒宴である。

 冒険者たちは意気揚々とうたげの準備に取りかかった。

 幸いにも部屋の上部分はかなり広く、宴を開くには充分なスペースが確保できた。

 宴の酒と食料は、後はもう帰るだけだからとケリケイラ達が出し、ついでに彼らから水も分けて貰えた。

 負傷しているクラマは、パフィーの膝枕ひざまくら満喫まんきつしながら宴の準備を見守る。

 そこへイエニアが近付き、クラマに耳打ちした。


「クラマ、協力者を増やすという事ですが、彼らはまだ……」


「あ、うん。分かってるよ。後でちゃんと相談してからだね」


 ティアからイエニアに話が通っていたのだろう。

 仲間を増やすのはいいが、相手は慎重に選ぶこと。

 ここにはいないティアから、さりげなく釘を差されたような気分のクラマであった。




 そうして、ささやかな宴が始まった。

 皆それぞれに歓談かんだんしながら、酒をあおり、広げた食料から各々おのおの好きなものをつまんでいく。

 ダンジョン内であるため携帯食料が中心だったが、暗く陰鬱いんうつなダンジョンの中では、こうして笑い合うことのできる時間は心が癒された。


「おら飲め坊主! 今日は俺のオゴリだ!」


「だめよ、クラマ! お酒なんて飲んだら傷の治りが悪くなるわ!」


 クラマに酒を飲ませようとしてくるバコスを、パフィーは断固として阻止した。

 クラマはひらひらとバコスに手を振って言う。


「だってさ。今度また納骨亭でね」


「しょうがねェな……代わりに嬢ちゃん飲むか!?」


 パフィーまで誘いだしたバコス!

 それをメグルが呆れたような半眼はんがんにらんで注意する。


「ちょっとそこ、なに未成年にお酒飲ませようとしてるの」


「なんでェ、俺がこれくらいの歳の頃には、水より多く飲んでたってのによ」


「アッヒャッヒャ! お前と一緒にすんなっての!」


 陽気な男たちであった。

 そんなこんなで、皆それぞれにお酒も回って、最初はパーティーごとに別れていた席の並びも適当にばらけてきた頃――


「おう! 誰か芸しろ芸!」


 パンパン、とバコスが手を叩いてはやしたてる。

 こういう時にする事といったら――と、クラマがレイフに目を向けた時。

 意外な人物が口を開いた。


「宴会芸ですか……いいでしょう。不肖ふしょうこのわたくしが、一番手を行かせてもらいます」


 なんとイエニアだった。

 ……しかし、よくよく考えれば意外でもない。

 普段の真面目な言動から忘れられがちだが、目立つのが好きなイエニアならば、むしろこの流れは当然と言えた。


 全員の視線がイエニアに集まる。

 イエニアはおもむろに盾を取り出した。


「盾の上で逆立ちをします」


 そう言うとイエニアは、垂直に突き立てた盾を両手で掴む。

 その両足が地面から離れ、ゆっくり天井へと向かって伸びていく。

 やがてピンと綺麗な倒立が完成したところで……周囲から拍手が上がった。


「やっべぇー! まーじかよー!」


「は~、鎧つけたままで。すっごいわねー」


 イエニアはしばしの間、その状態で静止してから、地面に足を戻した。

 両手を顔の高さまで上げ、ました顔で拍手に応えるイエニア。

 その様子はどことなく得意げに見える。

 そうして周囲の拍手が収まったところで――


「それでは二番手! 不肖このわたくしが行かせていただきます!」


 再び手を挙げたイエニア。

 まさかの連投……!

 今度は、先ほど破壊されたクラマの棒を取り出したイエニア。

 皆が見守る中で彼女は、掴んだそれを前に掲げると……


「――ふッ!」


 バキィッ! と音をたてて、イエニアの手の中にあった棒がバラバラに砕けた。


「僕のアレクサンドロスが……」


 クラマはここにマケドニア王国の崩壊を見た。


 周囲からは再び驚嘆きょうたん称賛しょうさんの声があがる。

 クラマも凄いと思った。

 凄い。たしかに凄い。

 しかし同時に思った。

 なんか凄いわりに見た目は地味だな……と。 


 そうして拍手が収まると、イエニアが口を開く。


「では三番手も! 不肖このわたくしが――!」


「おい誰かコイツを止めろ!」


 馬鹿笑いと言い合いで混迷とする場。

 するとそこへ、すすーっと足音を忍ばせて、イエニアの背後にレイフが近付いていく。

 そして次の手番を主張しているイエニアの後ろを取り……


「だめよイエニア、みんなが求める宴会芸っていうのはね……」


「はい? ……レイフ?」


 イエニアが後ろを振り向くよりも早く、レイフは手を動かした!


「こういうことー♪」


 ガシャッ、と音をたてて鎧の腰から下の部分が外れて落ちた。

 鎧の下から姿を現したのは、薄くて無地の、短パン型の黄色い肌着。

 色気も何もあったものではない、地味で野暮やぼったいイエニアの下着であった。


「……へ?」


「オッホォー! いいぞ姉ちゃん! よくやった!」


「ア~ッヒャッヒャッヒャッ!!」


 男達から、レイフを賞賛する歓声と口笛が鳴り響いた。


「な……な……なにするんですか! レイフ!」


「いやーん、ごめんあそばせー♪」


 犯人を捕まえようと後ろに手を伸ばすイエニアに、笑って逃れるレイフ。

 そこにクラマの声が飛んだ。


「いいぞー、レイフー! もっとやれー!」


「く、クラマ……!」


 クラマの声に気付いて、イエニアは下着を手で隠した。

 ほとんど隠せてはいなかったが。


「だ、だめです! クラマは見ないでください!」


「え? 僕だけ? なんで?」


「なんでもです!」


 理不尽。

 しかしクラマはその理不尽に立ち向かわんと、声をあげた。


「それはおかしい! イエニアは公平・公正を良しとする博愛の神を信奉していたはず! すなわち、この僕にも平等に見る権利はある!!」


 ビシィッ! とクラマは真っ直ぐに指さした。

 完璧に論破されたイエニアは悔しさに顔を赤くする……のではなく、恥ずかしさで真っ赤になった顔で叫んだ。


「そういうのはいいですから、もう! 怒りますよ!」




 ――当然、後で怒られた。

 イエニアが外れた鎧をつけ直した後、クラマとレイフは烈火のごとく怒るイエニアに、そろって謝り倒したのであった。


 そうした一部始終を眺めて、パフィーは言った。


「やっぱりクラマは、すけべえなのね」






 酒盛りはそれからも続き、次第にパフィーが眠気にうとうとし始めた。

 それに気がついたイエニアが、パフィーを端の方へと運び、毛布にくるんで寝かしつける。

 残りの人達は、踊りを披露ひろうするレイフを中心にして盛り上がっていた。

 今は珍しくクラマのそばに誰もいない。

 それを見計らったように、それまで端の方で静かに食事をしていたメグルが、クラマの隣に来て座った。


「ねえ、あなた有名人だよね?」


 開口一番、メグルはそんなことを言った。


「いやあ、なんだか街では顔が知られちゃってるみたいだね。そんな変な事してないのになあ」


「そうじゃなくて。1年くらい前に、テレビに出てたでしょ。線路に落ちた女の子を助けたとかで、警察に表彰されてた」


「うーん、他人の空似そらにじゃないかなー」


「クラマ=ヒロよね? 新聞にもってたから、漢字も覚えてるよ」


「女子高生が新聞まで読み込んでいるなんて、日本の未来は明るいね。いや、異世界に来てしまったわけだから、日本の未来は暗くなってしまったかな! いやー、参った参った」


「っていうか、その助けられた女の子って私なんだけど」


「…………………」


 ぴたりとクラマの軽口が止まった。

 その沈黙を、メグルも若干気まずそうにしながら話を続ける。


「……まあ、見た目はこっち、あれだから……分からないのもしょうがないけど」


 メグルはドライフルーツを一粒だけ口に放って、言う。


「これで2回目なんだよね、私。あなたに助けられたの」


「よくあることだよ。そんなに気にしないで」


 にこっと笑うクラマ。

 メグルはその顔に何か納得したように、小さく息をつく。


「そうなんだろうね、あなたにとっては。あなたと同じ学校の子に聞いたけど、いつでもそんな感じって言ってたし」


 そうしてメグルは、これまで微妙に外していた視線を、クラマの目に合わせた。


「……ねえ、どうしてそういう風にできるの?」


 言ってから、メグルはクラマに合わせた視線を再び下に落とす。

 それから体育座りをするように、自分の膝に手を回した。


「私には絶対むり。頼まれたから仕方なくダンジョンに来てみたけど……もうやだ。こんなの……怖いよ……」


 そこで、メグルの膝が小さく震えているのが、クラマの目に留まった。

 クラマは少し思案して……メグルの顔に手を伸ばした。


「あ……」


 クラマは両手をメグルの頬にえて、互いの額をコツ、と合わせた。


「大丈夫。僕がなんとかするから……危険な所まで行かないようにして」


 そう言って、顔と手を離す。

 メグルは目を見開いていたが、すぐにジト目で睨んだ。


「……それ、前にもやったでしょ」


「あれ、そうだっけ?」


 あっけらかんと笑うクラマに、メグルは深いため息をついた。




 ――もう大丈夫だよ。


 背中を押されてホームから線路に落ちたあの時。

 足がすくんで動けなかった自分を、颯爽さっそうと上から飛び降りて退避スペースへと運び込んだ彼。

 怖くて震える自分を安心させるように、顔を近づけて、微笑ほほえんだ。

 あの時の安心感が、記憶の奥から蘇る。




「はぁ……ま、いいか。よくわかんないけど、奥に行くなってことでしょ? そうするよ。危ないのはもう嫌だから」


 そう言うメグルの表情は、それまでの憂鬱ゆううつそうだった気色けしきが抜けて、どこかさっぱりした様子だった。


「とにかく、ありがとう。前の時はちゃんと言えなかったから、そのぶんもね」


「いえいえ、どういたしまして」


 メグルは腰を上げて、元の場所に戻る。

 しかしその前にと、足を止めてクラマへ振り返った。


「ねえ、あなたは怖くないの?」


 メグルの問いかけに、クラマは答えた。


「僕は……やるべき事をやるだけだから」


 果たして、それは答えになったのか。

 メグルはそれ以上は聞かずに、酒宴の席に戻っていった。



> クラマ 運量:7900 → 8008/10000(+108)

> クラマ 心量:89 → 94(+5)

> イエニア心量:466 → 464/500(-2)

> パフィー心量:390 → 389/500(-1)

> レイフ 心量:406 → 405/500(-1)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る