兄の物語[73]前言撤回、かも

男が腰に帯剣しているロングソードを抜かなかったのは……本当に最後の理性が残っていたのだろう。


ただ……ギリギリ抑え込んでいた衝動が解放されてしまった。

それは事実であり、それなりに戦える男は……獣の如く怒り狂い、飛び出し……拳を振ろうとした。


「っ、はっ!!!!!?????」


だが、次の瞬間には後方に弾き飛ばされ、その拳が振り下ろされることはなかった。


「おいおい、腰が入ってねぇパンチだな~~……あっ、やべぇ。蹴っちまったけど……良かったか、ペトラ?」


「えぇ、今回は構わないわよ。先に喧嘩を売ってきたなのは彼らなのだから」


「て、て、めぇ……な、嘗めんな、よ」


バルガスによって端まで蹴り飛ばされた男は立ち上がろうとするも、上手く足に力が入らない。


怒りに身を任せ、ただ衝動にゆだねた結果……冷静にペトラたちの実力を測ろうとしなかった。

その結果、魔力を纏うことなく、身体強化のスキルすら使わずに殴りかかってしまった。


「嘗めてるのはあなた達の方でしょ」


勢い良くカウンターで蹴りを食らってしまい、受ける準備もしていなかった為、バルガスの蹴りは肉だけではなく骨までダメージを与え、衝撃は内臓まで届いていた。


「私に煽られて、それでも怒りを堪えて場所を変えて話し合おうぜ、って言うのなら評価を改めるべきかと思ったけど……そんな簡単に冷静さを失う様な心で、Bランクの魔物に挑むつもり?」


「はっはっは! 別にそこは良いんじゃねぇのかよ、ペトラ。基本的に冒険者が誰と戦おうが、そいつらの勝手だろ?」


「そうね。って言うか、私ばかり言い過ぎよね。リーダーから一言ぐらい言ってよ」


「う、うん。そうだね」


ペトラばかりに対処させるのも良くないと思い……クライレットはどういう言葉にすべきか、一応考えてから口にした。


「僕が言うのはおかしいと解ってる。でも、君たちはまだ若いんだ。もう少し、自分の命を大事にした方が良い」


考えて、これである。


これはクライレットがナチュラルに相手を煽ってしまうところがあるという訳ではなく、学園に在籍してい頃は多くの学友たちに囲まれ、纏める立場でもあった。


その時の感覚もあって、冒険者になってからも同年代の者たちを気遣う発言をすることが、多々あった。


それは……間違いなく優しさである。

ベテランの冒険者たちの中にも、クライレットの言葉通りだと思い、頷く者もいた。


ただ…………これまた当然のことだが、同世代の同業者からそういった言葉を向けられ、素直に受け入れられる者は……殆どいない。


「ッ!!! その、態度が!! 嘗めてるって言ってんだよ!!!!!」


なんとか立ち上がり、まだ吠える男。

他の若手たちも、男と同じ気持ちであり、まだクライレットたちを睨みつける。


「そうだね……過去に、同じ事を何度も言われたことがあるよ。これからも言われるだろうけど、嘘は付けない。確かに死ぬと解っていても戦わなければならない時というのはあると思う。でも、ただ無謀にも挑み、死ぬと解っている人を止められるなら、止めたいと思う」


「こん、のっ!!!!!!」


「へいへいへい!!! まだやんのか、兄ちゃんよ」


再度拳を打ち抜こうとする男とクライレットの間に、すかさず割り込むバルガス。


「俺は確かに、冒険者が誰と戦おうと基本的にそいつの勝手だろとは言ったけどよぉ……兄ちゃんたちもアインツワイバーンに挑もうとしてだろ。なら、まずはさっき俺の蹴りを食らってできた傷を癒す方が先なんじゃねぇの?」


食らわせた本人が言うセリフではないように思えるが、それでもバルガスにしては珍しく、ザ・正論であった。


「根性がある奴は、俺は嫌いじゃねぇ。でもよ、Bランクの魔物ってのは根性だけで倒せるやつじゃねぇんだよ。それが解らねぇなら……クライレットが言った様に、挑むのは止めといた方が良いかもな」


本当の死線を潜り抜けてきた者が放つ眼力。


その圧に……男達は、無意識に下がってしまった。

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