少年期[632]そうしないと木端微塵

「どうも、アルゼルガからお前らの模擬戦相手をしてやってくれって頼まれたゼルートだ。よろしく」


至って普通の挨拶……そう思えるかもしれないが、傲慢な態度だと感じる者がそれなりにいた。

アルゼルガは銀獅子の皇でもトップクラスのアタッカー。


そんな人物を呼び捨てで呼ぶ。

それだけでもルーキーたちには耐え難い怒りをゼルートに感じていた。


(挨拶一つしただけでここまで怒りのボルテージが上がるとは……ちょっと予想外な程に嫌われてるな、俺)


訓練場に入ってから向けられている視線を考えれば、心底嫌われているというのは解る。

しかしその怒りに上限はなく、際限なく上がっていく。


「……随分と嫌われているな。ただ、アルゼルガが……銀獅子の皇が俺にお前らの模擬戦相手をしてほしいと頼んだのは本当だ。その事実ぐらいは受け入れろ」


淡々と、余裕な表情を変えずに話す。

大勢のルーキーを目の前にしても、多くの怒りが籠った視線を向けられても態度を変えない。


その態度が更にルーキーたちの怒りを掻き立てる。


「さて、とりあえず順番に模擬戦をしていこうか……自信がある奴から順番に並べ」


言われた通り、自身のある者から順番に並んでいく。

スムーズに列は作られたが、必ずしも実力が高い順に並んでいる訳ではない。


(……なるほどね。それなりに考えて並んでる奴もいるって訳か。でも、俺に視られてるのを気付いているルーキーは一人もいなさそうだな……この時点で、大体の程度が知れるって話だな)


実力が高くなればあるほど、絶対ではないが鑑定系のスキルを使われたことに気付きやすくなる。


実力が高くない者でも、他人の視線の種類に気付きやすい者であれば気付くのだが、ゼルートの目の前の立つルーキー達の中で気付いた者は一人もいない。


「お前からだな。それじゃ、やろっか。特に開始の合図はなしだ」


「……おい、ロングソードを抜けよ」


「? なんでだ。別に抜いても抜かなくても、どちらでも良いだろ」


「ふざけんなよ、手加減して俺らと戦うつもりかよ」


トップバッターは人族、ニ十歳。

アルゼルガと同じく槍を使うアタッカー。


アルゼルガを尊敬している故に、呼び捨てで呼ぶゼルートに強い私怨を抱いている。


(馬鹿野郎、手加減しないとお前らなんて木っ端みじんに吹き飛ぶっての)


一番得意な武器がロングソード、という訳ではない。

才能だけでいえば、武器よりも魔法の方が上。


しかし、いつも腰にはロングソードを携帯しているので、多くの冒険者がゼルートの得意武器はロングソードだと勘違いしている。


「まぁ……そうだな。だって、手加減しないとあっさり終わるぞ。そうなったら、模擬戦の意味がないだろ」


親切心から出た言葉なのだが、無意識の内にルーキー達を煽った。

人族の男の血管はブチ切れ、容赦なく襲い掛かる。


勿論、武器は刃引きされていない真剣。


「元気が良いな」


最初の一撃は当然の様に躱される。

渾身の突きが躱されたことに一瞬驚くが、それでも直ぐに攻撃を続けていくが……一向に突きも払いも当たらない。


全てゼルートの身軽なステップで躱されしまう。


「チッ!! ちょっとは動けるみたいだな」


このままでは当たらない。そう思った男は即座に身体強化のスキルを使い、再び攻め始める。

連撃の途中でスキル技も使うが、全てが避けられてしまう。


これまでゼルートが取った選択肢は回避のみ。防御という選択肢は一度も使っていない。

全ての攻撃を見てから躱している。


(弱くはないんだろうけど……普通だな。これなら、あのローガスの方が強かったかもしれないな。対人戦にかんしては、だけど)


脳裏に懐かしい人物が浮かんだ。

公爵家の次女であるセフィーレの従者だった男、ローガス。


ダンジョンのラスボスと戦っている最中にゼルートへ襲い掛かるという暴挙を犯してしまう、錬金獣によって潰されてしまった悪い意味で貴族らしかった坊ちゃん。


ただ、目の前の男はそんなローガスよりも対人戦の技量は下だった。


(特に切り札はなさそうだし……もう終わらせてもいいかな)


これ以上戦う意味はないと判断し、突きを躱してから懐に潜り込み、掌底を腹にぶち込む。


「がはっ!!!」


男がそれを防御出来る術はなく、後方へ吹き飛ばされてしまう。

そして地面に倒れた後、顔のの直ぐ隣に衝撃音が聞こえた。


「はい、終わり。次の人来てくれ。さっさと始めよう」


男が今の結果に抗議する間もなく、次の模擬戦が始まった。

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