少年期[557]店内で使うなよ
「……レスター様、この店で食事をするのは諦めた方がよろしいかと」
「ふざけるな!!! この私に引けと言うのか!! こいつをつまみ出せば良いだけの話だろ!!!!」
(それが出来ないって解かったから、主人であるお前にそう進言したんだろ)
多少の実力はあれど、相手の力量を見破ることが出来ない。
それがレスターという貴族の子息。だからこそ、大勢の権力者や実力者がいる前で醜態を晒せる。
「部下の二人は賢いみたいだな。俺をつまみ出すなんて事は、自分達の実力では不可能だと解っている」
「ゼルートをつまみ出すなんて、殆どの人が無理な話よ」
アレナの口から出たゼルートという言葉に、客達はザワザワし始める。
理由は単純な事であり、ゼルート……正しくはゼルート・ゲインルートという名が貴族や冒険者の間で広まっているからだ。
レスターの部下である二人もその名を聞いたことがあり、目の前にしてその実力も解っているので本物のゼルート・ゲインルートだと理解した。
しかしレスターはゼルートの名前など覚えておらず、相手の実力も碌に解らないので態度は相変わらずのまま。
「貴様ら……どうやら私に潰されたいようだな」
「はッ!! 殺すぞって言わないあたり……随分とチキンだな。冒険者の方がまだ圧があるぞ」
ゼルートから見たレスターの威圧などは、正直何も感じない。
本人は凄んでいるつもりだが、その敵意も殺意や怒気もゼルートにとってそよ風ですらない。
(おそらく、一度も格上の相手に挑んで勝ったことが無いんだろうなぁ……あと、他者を圧倒する才能を持っている訳でも無い。父親の威を借りる息子って感じか)
周囲の客達はもし本物のゼルート・ゲインルートであれば、店が壊れるかもしれないと思い、防御態勢に入っている者もいる。
「とりあえず、俺達はのんびり晩飯が食べたいんだ。今直ぐこの店から出て行くなら見逃してやるよ。だからさっさと失せろ」
「それはこちらのセリフだ!!! 消されたくなかったら今直ぐこの店から出て行けッ!!!!!」
「はぁーーーー……この店のオーナーでもないくせに何様のつもりだてめぇは……部下の二人は俺との実力差を良く解っているから手は出してこない。それでもお前が俺を消すって言うなら……自分の手で消してみたらどうだ?」
手招きをしながらの典型的な挑発。
流石に店の中で暴力沙汰は起こさないだろうと大半の者達は思っていた……だが、レスターはそれをあっさりと裏切っていく。
「貴様は本当に私をイラつかせるのが上手いなぁ……望み通り、この場で消してやるッ!!!!!」
貴族の子息であるレスターは当然、属性魔法を扱える。
そして得意魔法は水魔法。中級までの魔法を発動することができ、ゼルートに向かってウォーターランスを放とうとした。
だが、その魔法が発動されることはなかった。
「魔法は使うなよ。店に迷惑だろ」
「がッ!!! は……」
腹に一撃ぶち込み、終了。
そもそも近距離であったため、無詠唱を扱えないレスターが圧倒的に不利。
ということは素人でも解る内容だが、頭に血が上っていたレスターの頭の中にはそんな常識は消えていた。
その結果、腹にたった一撃ぶち込まれて喧嘩は終わった。
そして戦利品とばかり、ゼルートはレスターの財布を見つけて奪う。
「こいつは、迷惑料として貰っておくぞ。それと……この馬鹿が目覚めてまだ俺に文句があるなら、俺のところに直接来いって言っとけ。ただ……暗殺ギルドを使って俺を殺そうとするなら、俺もお前を殺す……って伝えておいてくれ」
「……かしこまりました。全て伝えておきます」
部下の二人はゼルートに頭を下げ、主であるレスターを抱えて店から出て行った。
「あっ、すいません。これ迷惑料って事で」
近くにいた従業員にレスターが持っていた財布をそのまま渡す。
その額に手が思いっきり震える従業員だが、直ぐにゼルートに返そうとする。
「あ、あの。さ、流石に貰い過ぎなので」
「良いって良いって。それなら俺達が今日食べる飯代ってことにしてくれ」
「えっと……か、かしこまりました」
これ以上ゼルートの面子を潰すのは良くないと思い、従業員はその場から退いて上司の元に駆ける。
財布の中身にはゼルート達が頼んだ料理の料金以上の金が入っており、店としては店内とお客様に被害は無く万々歳な結果となった。
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