少年期[506]後悔しろ

「今すぐ詠唱を止めることをお薦めする」


「ッ!!!! き、貴様ッ、いつの間に……」


魔法の詠唱を開始した男の前に一瞬で距離を詰めた現れたゲイル。


そして前に出す手刀からは魔力の刃が伸びて男の喉元を直ぐ刺せるようにしている。

暴走した男が詠唱を止めた事で客達は一旦落ち着いた。


しかし今回のギャンブルでボロ負けした男の怒りはそう簡単に収まらない。


「どけッ!!! お前に用は無いんだよ!!!!」


「そうか。だが、この人は俺の仲間だ。だから俺はお前に用があるという事になるな。さて……これ以上暴れるならこの刃がお前の喉元を貫くぞ」


「ぐッ!!」


暴走した男も今の自分が圧倒的に不利であることは理解出来た。

しかし勝ち続けるラルへの嫉妬と怒りは収まらず、まだ強気な態度を崩さない。


「お、俺が誰だか解っているのか!! 俺は伯爵家の次男だ!! お前のようなチンピラなんて直ぐに消せるんだぞッ!!!!」


伯爵家の次男。

確かに長男で無くとも後ろ盾が無い人を一人消すことはさほど難しい事では無い。


だが、この場にいる人間の多くは権力を持つ人間ばかり。

吼える相手を間違えれば自分が地獄を見る羽目となる。


それはこのカジノで遊ぶ殆どの人間が理解している常識だ。


「伯爵家の次男か。確かにある程度の権力は持っているのだろう・・・・・・だが、それがどうした」


ゲイルの声がワントーン低くなり、周囲にいる人達両肩に何か思い物が乗っかる……そんなイメージを感じさせる程に空気が重くなる。


単純にゲイルが放つ威圧感が増した。

殺気や怒気を放っている訳では無い。ただただ威圧感を増した。


それだけの行為で耐性の無い者には恐怖を感じさせる。


修羅場を潜り抜けた者であってもゲイルの威圧感に圧されてしまう。

耐性の無い者は這いつくばってでもその場から逃げ出そうと必死に足掻く。


「俺の仲間に手を出す奴は貴族や商人であろうとぶっ潰す……そう、俺達の主人なら言うだろう。だから俺も言わせてもらおう。仲間に手を出すというなら、貴様の人生はしょうもないプライドのせいで終わったくだらない人生だったと後悔しろ」


さらに威圧感が増す。ただ……それは暴走していた男だけに向けられている。

流石に威圧感を周囲にバラまくのは良く無かったと瞬時に反省し、ラルに絡んだ男のみに向ける。


「あ、ああああ、あっ……」


「……だが、俺も鬼では無い。一度だけチャンスをやろう。これ以上俺達と関わらないのであれば、殺さないでやろう」


その言葉に男は何度も頷く。

ただ頷くだけでは無く、地面に膝をついて何度も頭を下げる……土下座の様な形で何度もゲイルに感謝の言葉を述べる。


先程までの態度とは打って変わり、非常に惨めな姿となった。

だが、ゲイルから威圧感を当たられた男の脳裏には明確な死のイメージが浮かんだ。


今まで人生の中で感じた恐怖の中で、ダントツの恐怖、頭にイメージが浮かんでしまう程に本能が呼び掛けて来た。

今すぐのこの男に謝れと。


その容姿に満足したゲイルは男に今すぐにこの場に去るように促す。

男は何度もこけそうになりながら走ってその場を去ろうとするが、ゲイルが待ったの言葉を掛ける。


「言っておくが、自分の手を汚さず誰かに頼んで俺達を殺そうとしても無駄だぞ。お前の魔力の波長は既に覚えた。あまり馬鹿な考えをしない事を薦めるぞ。まぁ……しょうもないプライドでじんせいを潰したいなら話は別だがな」


低く、鋭い刃を感じさせる声。

まるで首筋に死神の鎌を添えられた様な冷たさ。


俺はいつでもお前を殺すことが出来る、そう言われたのだと感じた男は遂には失禁してしまう。

だがそんな事はお構いなしにその場から走る。


走って走って走る、走り続けて一秒でも早くこの場から去りたかった。


その様子に遠目から見ていた者達は失笑、爆笑する者すらいた。

ただ……現場にいた者達は失禁しながら走る男の気持ちが解かる。


「出過ぎ真似でしたか?」


「いいえ、そんな事はありませんよ。ありがとうございました」


「中々カッコ良かったぞゲイル。ちょっとゼルートに似ていたな」


「それは光栄ですね」


ルウナの言葉に照れるゲイル。

ゲイルとしては最高に嬉しい褒め言葉だが、それでまだまだゼルートが放つ圧力には及ばないと本人は思っている。


そしてゲイルが周囲の遊び人達に迷惑を掛けたと頭を下げた後、三人は違うゲームを行うためにテーブルを移動する。


因みに失禁しながら逃げ出した男は連絡系の魔道具によって既に警備員達に情報が伝達されており、店から出る前に捕まってしまった。

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