第四話〜エンディング〜

 杏子は春見に抱かれながら、なおも混乱させられた頭を落ち着けようとしていた。

 『影裏と春見は敵』という、レネゲイドによって形作られた認識は、杏子を苦しめ続けている。



影裏:……GM、イージーエフェクトのレネゲイドリゾプションで、杏子から奏のレネゲイドだけを押収できたりしないだろうか。

GM:もちろんだ。抵抗する力を無くした今の彼女なら、影裏の後押しで振り払うことができるだろう。

影裏:よっしゃ、ありがとう! では遠慮なく《レネゲイドリゾプション:イージー》を宣言だ!



 影の手のひらで、そっと包み込むようにレネゲイドを奪い去る。


影裏:後は何も言わず、離れた位置から姉妹を見守っていよう。


杏子:「敵……? 違う。春見も、影裏さんも、私の大切な……!」

春見:「……お姉ちゃん、大丈夫?」


 春見は抱きしめたまま優しく語りかける。


杏子:「ごめんね、春見。本当に、ごめんなさい……」


 謝る杏子に、こつんと軽く頭をぶつけて。


春見:「違うでしょ、お姉ちゃん。私はそっちじゃない言葉が聞きたいな?」

杏子:「……ありがとう。私の、妹でいてくれて」


 春見に顔を押し付けて見せないようにしながら、小さく呟く。


春見:「うん、どういたしまして。私こそ、今まで影ながら守ってくれてありがとう」

杏子:「そんなの、当然だよ。……ずっと、本当はこうしたかった。

 でも、私は"悪い人"だったから。姉でいる資格なんて、なかったから」

春見:「うん。でも、私はね、お姉ちゃん」


 魔眼を──約束の瞳を解除し、抱く力を少し強める。

 もしかしたらそれは、影裏に抱きしめられた時に感じた安心感を、無意識に真似たのかもしれない。



春見:「私はね、そんなお姉ちゃんがいいな。強くて、格好いい、そんなお姉ちゃんが好きだよ」

杏子:「──ありがとう、春見。私も春見のことが、大好きだよ」



春見:「うんっ。だから、これからは"メイド"としてじゃなくて、"姉"として……一緒にいてね?」

杏子:「……もう、メイドはクビになっちゃったしね」


 悪戯に笑う杏子に──、


春見:「そうだよ? だから、これからは一緒にお夕飯とかも作ろうね」


 春見も悪戯っ子のように笑い返した。


影裏:「これで家族は元どおり、か。良かったな、春見……」

春見:「うん。まだ問題はあるんだけど、これでまた……昔に近付けたかな。

 ありがとう。結理君のおかげだよ」

影裏:「何言ってんだ、春見が誰よりも頑張ったからこそだよ」


 そう言って笑いかける影裏。


 それに、いつもは何処か憂いを帯びた笑みを浮かべる彼女だったが、今日、この瞬間。初めて──、



春見:「──うんっ!」



 太陽のような満面の笑みで笑い返せたのだった。



 ──しかし、その直後。一瞬だが強力なワーディングが世界を駆け抜ける。


影裏:「ッ──!?」


 直感できるだろう。これは、歴史改変が行われたことによるワーディングだと。

 だがそれに気付くことができたのは、世界中で奏 時貞か、あるいは影裏 結理と面識のある者だけだ。


春見:「これって……!」


 歴史が変わり、何が変わってしまったのか。その差異を最も早く認識できたのは春見を置いて他にいない。なぜなら──


 『影裏 結理が世界から消えた』からである。



 顔面が蒼白となり、彼の名を呼ぶ春見の声に、応える者は、もう居ない。


 そして春見自身もまた、以前に増して存在が薄くなっていく。

 ──それはまるで、影裏の不在と呼応するかのようだ。


春見:「そんな……何か、どうにかしないと!

 何か……何かっ!」



 しかし、この改変を知る世界全ては。冷静でなど、いられなかった──。

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