ザ・グレイブディッガー

深層魚

プロローグ オークの盗賊を射殺して埋める

大きな揺れを感じて、ハリーは身構えた。

馬車の幌の隙間から漏れた風が、襲撃者の体臭を運んできた。ハリーの鼻が特別に良いのではなく、それほど不潔な奴らだということだ。

外をみると、武器をもったオークたちが自分たちを取り囲んでいるのが見えた。

仕入れの帰り道に限って、盗賊に会うことが多い。

そんな迷信じみたことわざをハリーは信じていたわけではないが、今、馬車を囲んでいるのはまぎれもなく盗賊である。

港町で馬車にたっぷりと荷物を積んだ帰り道、薄暗い森の中を走っていると、木々の陰から突然現れたオークの一団に取り囲まれてしまったのだ。

互いの葉が重なり合うほど密接に生えた木々が、まるで傘のように太陽を覆い隠すせいで、森の道は昼でも薄暗い。

そのせいで、オークの一団が近づいてくるのに、まったく気が付かなかったのだ。


「囲まれました…」

と、やってしまったと言うような口調で、馬車の運転席に座るユエルが言った。小さな背中がかすかに震えている。

「仕方ないだろ。そういう場所だ、ここは」

ハリーは荷台から顔を出して、馬車を取り囲むオークたちを見た。

大きな石を木の枝に紐でくくり付けた、粗末な斧を持ったオークが3匹。その後ろで、弓を持ったオークが3人。前だけで6人もいる。

後ろにも同じ数がいると考えると、合計で12人だ。

この馬車は、荷物をたっぷりと詰め込んだ4輪の幌馬車。全速力を出してもこの数のオークからは逃げられないだろう。


「見ろよ。近頃はブタも弓を使うんだな」

ハリーが弓をもったオークを見ておかしげに言うと、ユエルは振り返ってにらみつけた。

「笑いごとじゃないでしょう!私たち殺されるかもしれないんですよ?」

「殺されるかどうかは分からん。さっきからあいつら、なんかわめいているぜ」

ハリーがオークたちの話す言葉に耳を傾ける。

「オーク語は分かるんだろ。交渉できないか?」

すると、ユエルは嫌悪感を顔に出しながら言った。

「『女と荷物を奪って、あとは燃やせ』と言ってます。オークの商人となら交渉できるけど、この野人どもと交渉できる自信はないです」

「交渉できたとして、良くてどのくらいだ?」

「服を破られるか、自分から服を脱ぐか、どちらか選ばせてもらえるくらいです」

ハリーは無表情で、腰に下げた二挺のバーンロッド(銃器。火の魔晶石の粉末を使って、金属の弾を撃ち出す武器全般を言う)の内の一つを抜いた。

「そりゃ最高だ。ゆっくり脱ぐといい。その分は長く生きていられるぞ」

「はあ、冗談はおしまいです。何とかできますか?」

ユエルはハリーの手にあるバーンロッドを見て言った。

「これより酷いことはいくらでもありましたけど、盗賊退治は久しぶりですし……」

「こっちの心配よりも、自分の股ぐらを心配しろ」

ハリーはバーンロッドの撃鉄を起こした。


前の持ち主に『ガルム』と名付けられた一品だ。

鉛の弾丸を使用し、装弾数は6発。弾はレンコン状に穴の開いた回転式の弾倉の中に装填されている。

バーンロッドの後部に撃鉄と呼ばれる部品があり、それを起こすと板ばねによって引き絞られた状態で撃鉄がロックされ、引き金を引くことでロックが外れて、ハンマーが弾倉に詰められた火の魔晶石の粉末を強く叩く。

火の魔晶石は大きな結晶だとただの魔力を帯びた石に過ぎないが、粉末にすると衝撃がかかった時に爆発する危険なものになる。

それによって起こる爆発を利用して、弾を飛ばすのが一般的なバーンロッドの基本的な仕組みだ。

バーンロッドは、昔は魔術が使えない者たちの自衛用武器として使われていたが、初歩的な攻撃魔術なら誰でも使えるようになった今では、

時代遅れの武器として認知されているのが現状だ。バーンロッド。所詮は、火を噴く魔法の杖の代用品。

だが、使い慣れた武器をそう簡単に変える気にはならない。


「股ぐら?」

ユエルが聞いた。これはからかい甲斐がある。ハリーはにやにや笑いながら言った。

「あいつらのモノを見たことあるか?俺の腕くらいはある。お前の小さい体だと、身体ごとふたつに裂けてしまうだろうな」

「なんですって!?」

ユエルは怒って、頭にのせているハンチング帽を握りしめた。

ユエルは北のキラール平原生まれのアルスーン族だ。ハリーのようなヒュム族よりも身体が小さく、人の耳の代わりに、獣の耳が頭についている。

別にアルスーン族だからと言って差別されるわけでもないのだが、ユエルはいつも帽子で耳を隠している。

そのことに対しては、なにか彼女なりの理由があるのだろうと、ハリーは気にしない事にしていた。

「もしそうなるとしても、ハリーさんの頭がかち割られるのが先です。来ましたよ」

ユエルはすぐ横まで近づいてきたオークを見て言った。

手に持った粗末な斧をこちらに向けながら、なにかわめいている。ハリーは『ガルム』と腰に下げたナイフを手で確かめて、すぐに使えるようにした。

「なんて言ってる?」

「『女が先に降りろ』です」

なるほど、早く欲求を発散したいわけだ。

オークたちは、見ているだけで嫌な臭いが漂ってきそうな汚い格好で、ユエルを見てはいかにも本能的なよだれを垂らしている。蛮人のお手本のようだ。ろくに風呂も入ってないに違いない。

ハリーは馬車の中から外を覗いて、オークたちの立ち位置を頭に入れた。


「大丈夫…ですよね?」

ユエルはすがりつくような目で、ハリーを見た。

いつもは気丈にふるまっているが、流石に今回はそうもいかないらしい。

「言っただろ、股ぐらを心配しろって」

「こんな時にあなたは…!」

「だいたい、この森を通れって言ったのはオルビスだ。俺たちは悪くねえ。荷物を全部渡して逃げようぜ」

「そしたら、私たち無一文ですよ!」

「命よりは安いだろ?オークどもと交渉してくれ」

ハリーは、ユエルの肩越しにオークたちを見た。言い争う自分たちを見て、完全に油断している。


今だ。

ハリーはユエルの服をつかんで、馬車の中に引きずり込むと、『ガルム』を腰に構えて、正面の射手オーク3匹に向けて発砲した。

3発の砲声が森の中に響く。『ガルム』は一発撃つごとに、ハンマーを上げなおさないと次発を撃てない仕組みだが、何千回、何万回とその動作を繰り返したハリーにとって、連続射撃など朝飯前の事だ。

オークの射手たちは弓を射る間もなく、地面に倒れた。次に、馬車の座席に足を踏み出して、すぐ横まで来ていたオークにナイフを投げつけた。

狩猟用の大型ナイフが、驚いた顔のオークの目に根元まで突き刺さった。ハリーは座席を蹴って飛び出してオークを地面に押し倒すと、刺さったナイフの柄を掴んで、頭の中身をグリグリとかき回した。

オークは生命力が並大抵ではなく、とどめを刺すまでは気が抜けない。

気色悪い感触と共にナイフを引きぬくと、どろりとした血と体液の混ぜ物がナイフにこびりついた。


「ハリーさん!危ない!」ユエルの声で顔を上げると、すぐ目の前でオークが斧を振り上げていた。

とっさに左手でかばうと、斧が腕に食い込んだ。激痛と共にメキメキと骨が砕ける音がする。

ハリーは痛みに耐えながら、オークに『ガルム』を向けて撃った。

鉛弾がでっぷりとした腹に命中し、オークはよろけた。もう一発、今度は頭に狙いを定めて撃つと、眉間にドス黒い穴が空いてオークは倒れた。これで5匹。

次のオークに『ガルム』を向けようとしたとき、野太い悲鳴が聞こえたのでそちらに顔を向けると、砲声に怯える馬を挟んで向こう側、ユエルに斧を投げつけようとしたオークの喉に、矢が刺さっているのが見えた。

馬車を見れば、荷台からユエルが上半身を出して、弓を構えている。

「後ろに回って!荷物を守って下さい!」オークにとどめの矢を放ちながら、ユエルは叫んだ。

ハリーは『ガルム』をホルスターにしまうと、身体をひねって左のホルスターから、もう一つのバーンロッド『フェンリル』を抜いた。

こちらは『ガルム』の紙で作られた薬莢と違い、金属の薬莢を使っているために弾代がかさんでしまうからあまり使いたくないのだが、そうも言ってられない。

ハリーは『フェンリル』を構えて、馬車の後ろに飛び出した。


だがそこに、オークは一匹もいなかった。

代わりに荷物の半分ほどが外に投げ出されており、いくつかが持ち去られてしまっていた。

おそらく、最初の砲声を聞いた時から既に逃げ出していたのか。鬱蒼とした森の中に逃げたオークを追いかけるのはとても難しい。

追いかけてもいいが、この場に馬車とユエルを置いていくのはあまりにリスクが大きすぎる。

「やられたな…」

ハリーは『フェンリル』を腰のホルスターに収めて、ため息をついた。

「ハリーさん!大丈夫ですか?」

残った荷物を眺めていると、ユエルが走ってきた。ハリーは左手を上げて答えようとしたが、激痛が走った。

外套の袖をまくると、どす黒く変色した太い線が走っている。骨が砕けて、中で出血しているのかもしれない。

「っ……ああ、大丈夫だ」

「見せてください」

ユエルはハリーの左腕に手を添えると、最近習得したと言っていた回復の魔術を詠唱した。

ユエルの手から発せられる緑色の光が、どす黒い線の色を徐々に元の肌色に戻していく。

しばらくそうしていると、傷は完全に治った。

「これで大丈夫だと思います」

ハリーは手を握ったり開いたりして調子を確かめた。

「魔術万歳だな。ありがとう」

「習いたてだったけど役に立ってよかったです。それよりも……」

ユエルは散乱した木箱を見た。オークの盗賊にやられたものだ。

「いくつか持っていかれてる。高いやつか?」

「いえ、高いものほど馬車の前側に来るように積んでいるので、このくらいなら大丈夫でしょう。命に比べれば安いものです」

命よりは安い。ユエルの言う通りだ。それに、外に出されている荷物はほとんど後ろ側の荷物だ。なら、奪われたものも安くて替えがきくものばかりのはず。

「しっかりしてるなぁ」

「感心してる暇があるなら、荷物を積むのを手伝ってください。まったく、だから森は通らないほうがいいんです。オルビスさんに言っておいてください。盗賊に物を恵む趣味はない、って」

「わかった。言っておくよ」

ユエルはぷりぷりと怒りながら弓を肩にかけると、木箱を持ち上げて、馬車に乗せ始めた。ハリーも同じように木箱を持ち上げる。

「しかし、見事な弓の腕前だ。これなら商人をやめても、狩人で食べていけるんじゃないか?」

木箱を馬車に押し込みながら、ハリーは言った。すると、ユエルは褒められて機嫌を直したのか、笑いを浮かべながら答えた。

「ありがとうございます。でも、商人のほうがいいです」

「稼ぎがいいからか?」

「今日みたいなことがあまり起こらないからです。平和に物を運んで、誠実に物を売る。素敵じゃないですか」

「そういうものかな。平和になったら仕事がなくなるからなあ、俺は」

「そういうものなんです。さあ、早く終わらせましょう。日が暮れる前には着きたいですから」

ユエルはそう言って、馬車の運転席に歩き出した。平和。魔物がはびこるこの国、いや大陸に、真の平和が訪れることなんてあるのか。

100年前に魔王が死んだとはいえ、いまだ各国には侵攻の爪痕が残っているというのに。

そんな事を考えながら、ハリーは馬車に木箱を積み続けた。


木箱を積み終えると、ハリーは馬車の中からスコップをとりだした。

「また埋めるんですか?」

ユエルは紙に書き物をしながら聞いた。おそらくは、先ほど奪われた荷物の損害を書き留めているのだろう。

「ああ、これだけは必ずやらなきゃな」

ハリーはそう答えると、オークたちの死体の傍にスコップで穴を掘り始めた。

しばらく無心で掘り続けると、オーク一人ならなんとか入りそうな穴ができた。時間があるならもう少し上等な穴が掘れるのだが、盗賊が眠るにはこれでも贅沢なくらいだ。

「そういうことをするから、みんなから『墓掘り人』と言われるんですよ」

「別に構わないさ」

ハリーは穴にオークを詰めた。

むしろ、道端に死体を放置するほうが理解できない。腐った死体はひどい匂いがするし、最後は見るだけで吐きそうになるくらい醜い姿になるというのに。

そう思いながら、ハリーはオークに土をかぶせると、ぽんぽんと叩いて土を固めてやった。

あと4人、なるべく早く終わらせないとユエルが怒るだろうな。と考えながら地面にスコップを突き立てた。

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