2章 その5
土曜日。この日は課題のためにアランの家で三人集合する予定だ。ヨアンだけ家が遠いので、アランの家から少し歩いたところにある小さな広場で彼の到着を待ってから出発することにしていた。
この日の天気は少々曇ってはいたが、雨の気配はなかった。
広場は森に近いこともあって木が多いが、中央には小規模な噴水が置かれてよく整えられているので意外と小綺麗な感じの場所だった。
噴水を背にヨアンを待っている間、二人で会話していた。話題は出かける前の父との会話の内容についてだ。
リュミエールの父の場合は「怪我だけには気をつけなさい」とだけ言って心配はあまりしていない様子だった。「君はあのリュシール母さんの子だ。だからきっと大丈夫」と彼女を全面的に信頼しているようだ。
「それにしてもあたしのお父さん、心配しなさすぎて逆にこっちが心配になるな。ねえアラン、そう思わない?」
リュミエールはアランに訊ねた。アランは何でもないような顔をして言った。
「いや、君の父上の言う通りぜんっぜん心配いらないと俺も思う」
「でも、ちょっとくらい心配してくれてもよくない?」
「俺は君の父上がうらやましいよ。こっちの父上は心配し過ぎなんだ。過保護で自由がなく息が詰まりそうだ」
彼の言う通り、オランドさんは心配性らしい。本当にそんなところに行って大丈夫か、危ないところに入るんじゃないぞ、と念入りに言ってくる。アランが何を言おうとも心配は尽きず、いつも信頼のおける使用人ザザを傍に置いて監視させるのだ。
「俺は大丈夫ですよ、父上、今日はこういう場所のプロ、リュミエールがおります、って言ったんだ」
アランは、父上はいつもそうなんだと言わんばかりにとうとうと語った。
「それでそれで?」
リュミエールは興味深げに訊いた。
「父上は、「ううむ、だから心配というか……とにかく、人目の多い街中ならいいが、森の中は心配だ」とか言ってザザを呼ぶんだ」
「わあ、確かにそれは嫌ね。外にいる間中監視されるなんて、あたしなら耐えられないわ」
「でも俺はそれが当たり前だったんだ。だからいつも通りだと、監視されるのは嫌だから、父上に見つかったらしぶしぶ外出を諦めていたんだ」
「だからこの前もお父さんにバレるのをあんなに嫌がっていたのね」
「そういうこと。アリの観察のときも、父上の目を盗んだり街の図書館に行ってくるとか嘘をついてやっていたんだ。父上はそういう「子供っぽい」ことが嫌いだし、言っても絶対許可してくれないからね」
「でも、今回は?」
「今回は、父上を説得しようとした。約束があるから、って。でもやっぱり許してくれないから、父上がよそ見している隙に走って抜け出したよ」
「強行突破ね……アランにそんな勇気があるだなんて意外だわ」
「どこかの誰かさんのおかげで意地でも父上に逆らいたくなってね」
アランはリュミエールを一瞥する。
「そう、アランは「ハンコーキ」ってやつなのね」
「反抗する必要がない君がやっぱりうらやましいね……」
「でも、その後どうするの? あとで怒られるんじゃないの?」
リュミエールは心配そうに彼を見た。
「君って、後先のこと考えられるんだね……」
少し驚いた風にアランは言った。
「あら、失礼しちゃう。これでもあたしはイチリューのレディを目指してるんだから、一歩も二歩も先を考えながら行動してるのよ」
リュミエールは胸を張って言った。
「お転婆娘の間違いだろ?」
アランは冷静に言い返した。
そうやって会話しているうちに、遠くから広場に走ってくる人が見えた。それは背の低い少年の姿だ。
ヨアンだ。一緒に大きな犬を連れているのもわかった。
「ごめん、待った……?」
ヨアンが息を切らしながら言った。犬もはあはあと息を荒くしているが、どこか嬉しそうな表情だ。
「大丈夫だ、ヨアン。約束の時間通りだし。もしリュミエールが俺の家の近くに住んでなかったら、もっともっと遅くなっていただろうさ」
「レディに良からぬイメージを植え付けないでよ、アラン。そんなことよりヨアン、その犬は何? かわいいね!」
リュミエールはヨアンの連れている犬の顎の下を撫でた。犬は気持ちよさそうだ。
「あ……この子はね、僕の家の犬で、「ダッシュ」って名前なんだ。ラブラドール・レトリバーだよ」
「へえー、いい名前だね。よろしくね、ダッシュ!」
ダッシュはリュミエールの言葉に応えるようにワンと短く吠えた。
「最近運動不足気味だから連れて行きなさいって、お母さんがうるさかったから連れてきたんだ……。邪魔にならなければ一緒に連れて行ってもいい?」
「もちろんよ! ね、アラン」
リュミエールはニコニコした笑顔で彼に同意を得ようとした。
「お、おう。まあ、大丈夫」
アランはそう言いながらも少し渋い顔をしていた。
「アランは犬が苦手なんだ……。ダッシュは襲ったりしてこないから大丈夫だけど、
それでもあまり近寄りたくはないみたい」
「お、おい、余計なこと言うなって、ヨアン!」
アランは少し慌てて言った。その様子を見たリュミエールがニコッという笑顔をニヤニヤという感じの笑顔に変えて彼にアランに話しかけた。
「あれえ、アラン。犬が苦手なの? いっがーい。散々あたしに失礼なこと言ってきたのに、犬が苦手だなんて! こんなにかわいいのに、ねー、ダッシュ」
リュミエールはダッシュの首の後ろを撫でながらアランを煽った。アランは額に手を当てて呟いた。
「こうやって煽られると思ったから弱みを見せたくなかったんだ……」
「はは……。大変だね」
ヨアンは苦笑いして言った。
「もうそろそろ行かない? 二人とも。森の中は日が暮れるとすぐに暗くなっちゃうよ。夜の森はね、危ないの。だから明るいうちに済ませちゃいましょう」
リュミエールは話し込んでいる二人に向かってそう催促した。
「それじゃ行くか。頼むよ、リュミエール」
アランは彼女の肩をポンと叩いて言った。
「もちろんよ、なんたってあたしは薬草師の娘なんだから! なんでも聞いてよね!」
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