2章 その3
最後の授業時間が終わると、もう夕方だ。今日も授業が終わるなり各々解散し、ある者は友達同士で学校に残って遊び、ある者は迎えに来た使用人に連れられて帰路につく。そういった中で新顔のリュミエールはというと、廊下でアランと立ち話をしていた。
「いやー、疲れるねー、学校って。外で遊んでるときより疲れるよ」
「君は授業中ほとんど眠ってたじゃないか」
真顔で返すアラン。リュミエールはそれに対してえへへと笑う。
「昨日の夜、ワクワクして全然眠れなくてねー。気付いたら瞼が下りてた」
「そんなんじゃ留年するぞ……もしかしたら田舎の学校じゃそこまで厳しくなかったかもしれないけど、ここじゃちゃんと授業聞いて勉強しないとやっていけないぜ」
「はーい、しょーじんしまーす」
「……不安だなぁ」
アランはリュミエールの軽い調子にあきれ顔になった。
こんな調子のリュミエールでも、田舎の学校でかなり少人数の学校の中とはいえ、一番成績優秀だった。彼女の地頭がいいのか、学校のレベルが低かっただけなのかはわからないが、少なくとも学力的な意味で頭が悪いというわけではないことだけはわかる。
「おうい……アラン!」
廊下の向こう側から声がした。二人は同時にそちらを振り向いた。
「ああ、ヨアンじゃないか」
アランは少年に向かって手を振った。
少年は背が低く、前髪をぴっちりと切り揃えた金髪だ。彼はコツコツという音を響かせながら二人のところに駆け寄った。
「知り合い?」
リュミエールはヨアンと呼ばれた少年を見てからアランに訊ねた。
「ああ、紹介するよ。彼はヨアン。隣のクラスの友達だよ」
「へえー。友達本当にいたんだね!」
「……」
アランはリュミエールの言葉に反応しなかった。
「君こそ初めて見るけど、誰……?」
ヨアンはリュミエールに向かって訊ねた。彼女は胸を張って何故か誇らしげに自己紹介した。
「ふふん、あたしはリュミエールっていうの。今日転校してきたばかりなのよ!」
「じゃあ、君が噂の転校生なんだね……。僕らのクラスもやけに生意気な田舎者が来たっていう話題でもちきりだったよ。まさかアランがこの子と早速つるんでいたなんて」
ヨアンは彼女を一瞥したあと、アランの方を向いて言った。
「いや、まあ、うん……」
アランは目を泳がせた。リュミエールはその様子を見て笑っていた。
「あはは、あたしって転校初日から人気者なんだ! この学校、村の学校とは比べ物にならないくらい人数多いから、これだけ話題に挙げられると、いっぱい見られてる感じがして、なんだか照れちゃうね!」
「……こんな感じの能天気な奴だけど、ヨアンも仲良くしてくれると俺は嬉しいな」
「……うん」
ヨアンはアランの言葉に対してゆっくりと頷いた。
「ところでアラン、今日はもう帰るの……?」
「ああ、そうしようと思ってるよ。もうすぐ迎えの馬車が来ると思う。そういえば、リュミエールも一緒に乗せていきなさいって父上に言われたっけ」
「それじゃ、帰る前に聞きたいことが……」
「あたし馬車嫌い……歩きでいろいろ見ながらの方が楽しいもの。朝もそうしてもらったし。ねえ、歩いて帰らない?」
ヨアンが発言したと同時にリュミエールが遮るように声を被せてしまった。ヨアンはそれに驚いてつい言葉尻をすぼめてしまった。
「いや歩くと遠いし、それはしない」
アランは彼女に意見を却下した。彼はそこまで体力がある方ではないので、放課後授業が終わってから徒歩で帰るほどの元気は余っていない。
「それに家に着くころには暗くなっちゃう。だからダメ!」
「えーっ、でも夜でも明るいし、三人いればきっと大丈夫だよ」
「それでもダメだ。僕は父上に怒られるし、それに君の父上やベルを心配させるの
もまずいだろう?」
「ちぇー。つまんないの。そこまで心配しないと思うんだけどなー……」
リュミエールは口をすぼめて言った。
「あの……アラン。僕の話が途中なんだけど……」
ヨアンは二人のやり取りがひと段落したときにそれとなく言った。
「あっ、ごめんヨアン。話が脱線した。どんな用事?」
気を取り直してアランはヨアンに訊いた。
「この前授業で「この街の付近にある草花について調べなさい」って課題出たでしょ……? で、アランの家って森のほう近いよね。折角だし、植物の多い場所で一杯調べてみたいと思ったんだ。だから週末の休みの日にでも協力してくれないかなって……君が帰る前に約束したいなと思って」
「森! 植物!」
この言葉を聞いてリュミエールは即座に反応し、つまらなさそうな表情が急にぱっと明るくなった。
アランはヨアンの話を聞いて思い出したように言った。
「ああ、そんな課題出たな……そうだ、ヨアン。彼女は薬草師の子だから、そういうの詳しいんだ。なんか張り切ってるみたいだし、頼れるかもしれないよ」
「もちろん! まさにあたしの出番! 二人のために、お役立ち!」
リュミエールはポンと拳で胸を叩いて言った。
「わかった、アラン。三人で行こう……」
ヨアンはそれを承諾した。
「決まりね! 土曜の昼からでいいかな? みんなアランの家で集合ね!」
リュミエールが会話に割り込んでまとめて締めた。
「なんでこの子がまとめるんだろう……」
ヨアンがボソッと言った。
「気を抜くと会話の主導権取られるから、自分の話をしたかったら手綱はしっかり握っておけよ」
アランはアドバイスするような感じでヨアンに言った。
その後三人で少しだけ会話を楽しみ、リュミエールとアランは馬車を使って一緒に帰った。ヨアンは歩きで学校に通っているというので、馬車には乗らず歩いて帰った。
家には父もベルも外に用があって不在だったので、リュミエールは朝ベルから渡されていた鍵を使って入った。彼女が家に帰ると、まずは学校に持って行った荷物を部屋に置き、リビングに戻って食器棚からカップと皿を取り出してハーブティーを淹れた。カップは母の使っていた形見の品で、リュミエールはそれを気に入っていた。今回淹れたハーブはカモミール。これもまた彼女が好きなハーブだった。お湯を沸かし、ベルほどではないが、それなり上手にそれを淹れることができた。カップに注がれたカモミールティーは熱い湯気ゆらめかせた。それを一口飲んだとき、リンゴのような芳醇な香りが口中に広がった。この香りは、彼女の神経を落ち着かせる。どんなときでも、これを飲めばリラックスできる。さながら至福の時だ。
束の間のリラックスタイムのあと、早速学校の宿題が出ていたことを思い出したので、それに取り掛かった。
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