第3話 少女は異世界で飲み水を手に入れる
「ン……ちゅるっ……ハむっ……ン……」
私に全裸の少女が覆いかぶさり、舌を絡めてくる
少女の舌が、舌を持ち上げ、歯茎をなぞり、口内を動き回る。
彼女が舌を動かす度にぴちゃぴちゃと淫靡な水音が響く。
「んン……ちゅうぅ……ちゅるるっ……ふムぅ……!」
「んんっ! ぷはっ! ちょっと離し……んんぅっ!」
少女を引き離そうとするけれど、頭を抱き締められて逃げ道を塞がれてしまう。
「ハむ……れろ……ちゅるっ……ン……ぷはっ! オイシ……はむンっ」
オイシ……美味しい?
そういえばこの子、いただきますとも言ってたわね。もしかして私、唾を飲まれてる!?
その疑問に答えるように、少女の喉がコクンとなる。
「んん! んんぅっ! ぷはっ! 止まりなさい!」
「アぅ……ウにゅ……ゴハン……」
「ご飯は後であげるから待ちなさい」
「ウぅ……」
「で、どうして急にキスしてきたの?」
「キス……?」
「……言い換えるわ。どうして口の中を舐めてきたの?」
「クチノ、ナカ、ゴハン、イッパイ、オミズ、オイシ」
「そういうことね……」
片言で伝えられた言葉で、私は理解した。地球にも他の動物の口内に残った食べかすを食べる鳥や魚がいる。この少女もそういう習性を持った生き物なのだろう。
「キノウ、タベヨウトシタ、デキナカッタ、ツカマッタ、タベモノ、クレタ、オイシカッタ」
「……食べ物?」
私が聞き返すと少女はコクンと頷いて手を伸ばしてきた。その手が髪に触れる。
「コレ、オイシ、カッタ」
「薄々そうじゃないかとは思ってたけど……あなた昨日のスライム?」
「キノウ、アナタニ、ツカマッタノナラ、ワタシ」
それを聞いた瞬間、私の中で理性がプツンと切れる音がした。
恐怖でも怒りでもない。今まで生きてきて、感じたことのない歓喜が私の心を支配した。
問答無用で少女に飛びつき柔らかな顔に頬擦りをする。
「凄い! 人型になれたのね!」
「クルシ……ッ!」
「あぁ……、柔らかい抱き心地……。ひんやりとして気持ちいい……。人間じゃ味わえない感覚……はぁ、人外娘最高……擬人化最高……」
「スコシ、ユルメテ……! カラダ、シボラレテル!」
「さっき私を好きにしたのだから、しばらくは私に好きにされなさい。潰れる前にやめて上げるから……。」
「ツブレ……ナイ……ケド、コレハ……アアアアアアッ! ダメッ!」
少女の悲鳴と同時にその体がビクンッと跳ねた。
強く抱きしめていた腋の下から、冷たい液体が飛び出したのを両腕に感じる。
「ええっ!? 大丈夫!? 潰しちゃった!?」
「ツブレテ……ナイ……ダイジョウブ……デモ……ナイ……」
息も絶え絶えな少女は、それでも片言の言葉を紡ぐ。
「ワタシタチ……タベタモノ……トカス……ミズニシテ……ダス……シボッタラ……ミズ……デル……」
「ご、ごめん! 痛くない? 怪我してない!?」
「ケガ、シテナイ……ミズ、イッキニ、イッパイ、デルコト、ナカッタ、ビックリシタ……」
少女は焦点が合っていない目で呟く。
私は微かに震え続ける少女を抱き締め、頭を撫でた。
「ふあ……」
「ごめん。興奮して我を忘れていたわ。驚かせちゃったわね」
「ダイジョウブ、ビックリ、シタケド、イヤジャナイ……ソレニ、コレ、イイ……オチツク」
そう言って少女は私の胸元に顔を埋めてきた。端から見たら10才くらいの女の子が抱き合っている微笑ましい光景に違いない。
こうして見ると可愛らしい女の子にしか見えない。
クリっとした眼にふっくらとした唇。肌はモチモチと吸い付くようで、ぷにぷにとした頬っぺたはいつまでも触っていたい弾力がある。
――でも、抱きしめたら水が出たのよね。食べたものを溶かして水を出すって言ってたしそういうことだと思うんだけど……一気に出たのは初めてとも言ってたわね。
先程の言葉を反芻して、腕の中の少女に声をかける。
「ねえ……今まではどうやって水を出してたの?」
「カラダカラ、カッテニ、デテタ。ソレヲ、カラダニ、マトッテタ」
「水を纏う? どういうこと?」
「コウ?」
何故か疑問系で返すと、少女は立ち上がって両腕を広げた。
地面から水が沸き上がり、少女の体を覆っていく。水はしばらく流れていたが、やがて動きを止めて地面へと落ちた。
水の中から出てきた少女は、その身を和服に包んでいた。腰から下はフリルのついたスカートになっているので、浴衣ドレスというものだろうか。
色は体と同じ水色だが、服の方が少し薄い色になっている。
「オオ、スゴイ……!」
「どうしてあなたが驚くのよ」
「コノ、スガタデ、ツカッタノ、ハジメテ。コンナニナルノカ」
「そういえば飛びついてきたときは粘液状の生物だったわね」
人型になったのも初めてだから、今までと勝手が違うのかもしれない。水が一気に出たのも初めてって言っていたし。
「あなた、水って好きに出せるの?」
「ダセル。カラダノ、スキナトコロカラ」
「どうやって出してるの?」
「トリガ、トブ、ケモノガ、ハシル、ソレトオナジ。ミズヲ、アヤツルノ、イッショ」
つまりは種族的な能力みたいなものらしい。
私も魔法が使えたら楽かと思ったけれど、案の定そううまくは行ってくれないようだ。
「その水って飲めるの?」
「ノメル。ミズイガイ、ゼンブ、キュウシュウスル。ヨク、ホカノ、ドウブツニ、ナカマ、タベラレテル」
「……じゃあ、手に水を出して溜めてもらっていいかしら?」
「コウ……?」
少女が手をお椀の形にして前に出す。
掌から滲み出すように、ゆっくりと水が溜まっていく。
「ん……ナンカ、デニクイ……」
「調子が悪いの?」
「カラダ、カワッタカラ、カッテガ、チガウ、カモ……」
「あら、人の姿になると、そういうところにも影響出るのね。飲み水確保できたかと思ったのだけれど」
その言葉を聞いた少女は悲しそうな顔でシュンとしてしまう。体のつくりが変わっていたのがそんなにショックだったのかしら……いえ、私も目が覚めてスライムになってたらショックよね。
「さっきは腋の辺りから出てたし……もしかして汗腺かしら?」
「カンセン?」
「私の体は体温調整のために体から水を出すの。その器官の大きいのが腋に在るのだけれど、人の形……私と同じような姿になった時に、近い機能と合わさったのかもしれないわね」
「ワキナラ、ミズ、デル?」
「腋に限らないとは思うけど……手より出しやすいんじゃないかしら。あなたみたいな感じではないけれど、私も水が出るし」
「ワキハ、ノミニクソウ……」
「そういう問題じゃないんだけど……」
スライムの少女は不思議そうに自分の体をペタペタと触っていたが、何かを考えるかのようにじっと手を見た後、不意にその手を口の中へと突っ込んだ。
「な、何やってるの!」
「! ヘファ!」
私の驚きに対して帰ってきたのは喜びの声。
少女の口からは蛇口を捻ったかのように水が流れ出している。
「クチカラ、デタ! サッキノ、キス、マネシタラ、デタ! サッキ、クチノナカ、ミズ、アッタ!」
「そ、そう……良かった」
「ノンデ! ノンデ!」
「ちょっと何言って――むぐぅっ!」
「ンんっ――!」
本日二度目のキス。
冷たく弾力のある舌が私の口をこじ開けて水と一緒に侵入してくる。勢いよく流れ込んだ水は行き場をなくし、口の端から零れだしていく。
「んぐっ! んむっ! んんっ……んっ……んっ」
咽るのを堪えて、流し込まれる水を嚥下していく。
――あれ、思いの外美味しい……?
水道水から感じる塩素臭がなく、完全な真水の味である。こちらの世界に来て一度も水分を取っていなかった体が欲しているのか、無味無臭のはずの水がとても美味しく感じる。
「はむ……ちゅるるるっ! んむっ……ん……ちゅるっ」
「ん……ンむぅ……ンんっ……ハむっ」
気がつけば私は夢中になって少女の口に吸いついていた。彼女も私に応えて更に激しく舌を絡ませて来る。
「んん……はむぅ……ちゅる……ぷはっ」
「……オイシカッタ?」
「ええ。驚いたわ……」
感想を述べると、少女は花のように破顔した。あどけない笑顔に、たった今行っていた行為に対する背徳感が湧き上がってくる。
――この子はスライム。懐いてるだけ。今の行為は水分補給。
必死で言い聞かせるけれども、人外娘に懐かれたという興奮と、見た目は幼い少女と唇を重ねたという罪悪感、二つの相反する感情が湧き上がってくる。
「ツギ、ワタシノ、ゴハン……ダメ?」
「……仕方ないわね」
この行為である必要はない。この少女はこの世界におけるバクテリアやドクターフィッシュのような存在だ。髪の毛でも爪の垢でも喜んで取り込むに違いない。現に彼女は私の髪を美味しかったと言っていた。
少女の顔を見る。
食欲によるものか、その他の感情によるものかは分からないが、両目は期待に輝いている。
軽く息を整えて少女を抱きしめる。
「……いくわよ」
「イタダキマス!」
私は瞳を閉じて、再び唇を重ねたのだった。
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