擬人化スキルで百合ハーレム

葛野桂馬

序章:異世界転生編

第1話 少女は異世界に放り出される

「羽純杏さん。女性。享年は18才。死因は心筋梗塞ですねー」


 目の前で書類にペンを走らせる幼女にそう言われた。

 頭には光る輪、背中には白い翼。テンプレートな天使の姿だ。


 私の姿は無地の白いワンピース。二次元の美少女が着ているのなら可愛いかもしれないけれど、私が着たところで、病衣にしか見えない。実際にはワンピースの病衣ってないと思うけれど。


「趣味はアニメ、漫画、ゲーム。特に美少女擬人化系が好み。最近こういう人増えましたよねー。悪いとは言いませんが片寄りすぎな気がしますー。女性にしては珍しいジャンルですけどねー」


 悪くないならいいじゃないの。どうして文句を言われなきゃいけないのよ。


 そう悪態をついたつもりだったが、声は出てくれなかった。そういえば体もふわふわしていて、実態が感じられない。


「杏さんは死んで魂だけになってますから、生きてたときのように喋れないですよー。それと、魂は世界樹の養分ですからねー。同じ経験、同じ価値観ばかりが集まったら栄養が偏るじゃないですかー。文句の一つも言いたくなりますよー」


 歯に衣着せぬというか、身もふたもない発言ね。人の命をなんだと思ってるのかしら。


「ですから世界樹の養分ですよー。まさか伊達や酔狂や慈悲や暇潰しで人間を産み出したとでも思ってたんですかー?」


 天使の姿をした幼女に言われると妙に説得力があるわね。それ以上に腹立たしいけれども。


「さて、書類完成! ……これ、養分というかジャンクフードですねー。まあ、さっさと消化されて次の人生で次の経験を積んでくださいねー。今度はまともな人生をお願いしますよー」


 そんな事言われても、ハイそうですかと聞く気はない。

 こんな場所出ていってやる! と立ち上がろうとして違和感に気付いた。


 立てない。


 恐る恐る下を見ると、下半身に木の根のようなものが巻き付いている。というか、一部は脚にグサリと刺さっている。ちょっと! 右腿貫通してるんですけど!?


「後は世界樹が勝手に吸収してくれますので適当にくつろいでくださいねー」


 くつろげる訳ないでしょ! 離せ! 離しなさい!


 なんとか振りほどこうと暴れるけれど、効果は微塵も感じられない。


 あー、体から色々抜けていく……。痛みを感じないのは救いだけれど、自分の存在がどんどん小さくなっていくのは気持ち悪いな。こんな形で愛する擬人化美少女や人外娘とお別れしなきゃいけないのか……。


 ――ペイッ。


「ふぎゃ!」

「ふぇっ?」


 いきなり放り出された。思いっきり体を強打して……あれ、実態がある!?


「あわわ……。どうなってるんですかー? わたし何かやっちゃいましたかー?」

「何があったか分からないけど……とりあえず仕返しに一発殴っとこうかしら」

「や、やめてくださいー! アイタッ!」


 幼女天使の頭に拳骨を落とし、ほっぺたを引っ張る。うわ、すっごい柔らかい。漫画みたいにほっぺたが伸びる。


「ひはひれふ! やめふぇふふぁはい!」


 涙目になった天使を見て少し溜飲が下がったので手を離す。


「うぅ……。痛かったですー」

「それで、私はこれからどうなるのかしら?」

「えっと……暫し待機ですかねー?」

「私としては永遠に待機でもいいんだけどね」

「残念だけど、それは困っちゃうのよねぇ……」


 いつの間にか幼女の横に美人のお姉さんが現れていた。幼女とおなじく頭上の輪と翼があるので、この人も天使なのでしょうね。


「せんぱーい。何があったんですかー?」

「食あたり……みたいなものかしらねぇ。ジャンクフードの食べ過ぎみたいな?」


 どうやら世界樹はオタクの魂を吸収しすぎたせいで拒絶反応を起こしたらしい。生前はいつまでオタク趣味を続けるのかと怒られたこともあったが、死ぬまでオタクで助かったわ。両親はオタクじゃないから、粛々と吸収されていくんでしょうね。南無三。


「で、私はどうなるのかしら? 生き返らせてもらえるの?」

「いえいえー、それは癪……じゃなくて禁則事項なのでできないんですよー」


 この幼女癪って言わなかったかしら。もう一度ほっぺたを引っ張ってやろうかしら。

 考えがばれたのか、幼女は先輩天使の背後に隠れてしまった。


「せんぱい、どうしましょー?」

「そうねぇ……一度生き返らせてみる? 世界樹が治るまで植物人間にしておけば問題ないでしょ?」

「……嫌よ?」

「冗談よー? 肉体があるものを地上に送るには双方の同意が必要なのよねぇ……。何故肉体が復活したのか分からないけれど面倒くさいことになったわぁ」


 危なっ! そうですねとか言っていたら本当に植物人間にされるところだったわ。


 お姉さん天使は幼女が書いた紙と私を交互に眺めながらしばらく唸っていたが、妙案を思い付いたように手を叩いた。


「ねえ、異世界転移してみる気はない?」

「嫌。どうせ魔物が蔓延っていて、治安が最悪で、文明水準も中世なんでしょ」

「確かに魔物はいるけれど、治安は悪くないし文明水準も中世じゃないわよ? それに人外娘に会えるかも?」

「その条件なら……まあ、いいかも」

「本当? じゃあ決まりね? 今度はちゃんといろんな経験を積んでくるのよ?」


 天使がパチッと指を鳴らすと私の体が光に包まれた。


「ちょっと! どんな世界かの説明とか特殊能力貰えるとかないの!?」

「説明したよ? 魔物がいる。以上」

「適当すぎよ!?」

「後、特殊能力はある……はずよ。大丈夫! 熱意を持っていればいつかきっとたぶんおそらく開花するわよー」

「ちょっ! 待って! この! 覚えておきなさいよ!!」


 私の意識はこの言葉を残して光の奔流に包まれたのだった。




「せんぱーい。転生なんかさせて大丈夫なんですかー?」

「大丈夫よ。だって送り込んだのは地上世界の一つじゃなくてゴミ箱だもの」

「あー、あの失敗作を放り込む世界ですかー。中世以上の文明水準なんてありましたっけー?」

「ないわよ? そもそも人間がいないから治安なんて概念もないわぁ。だから治安が悪いとは言えないし、文明も中世じゃないわよー。そもそもないからねぇ。ね? 嘘ついてないでしょう?」

「先輩のそういうところ怖いけれど尊敬しますー」


 二人の天使はそんな会話をしながらそれぞれの持ち場へと戻っていった。


 彼女たちがゴミ箱と呼んだ世界は、地上世界を作る時に放棄されたあらゆる情報が雑多に詰め込まれた世界である。

 体系化されていない魔力が存在したり、作成ミスにより破棄された魔物が跋扈したりしているが、精神を持った知的生命体は存在しなかった。


 この世界に、人外娘や擬人化美少女をこよなく愛した精神が訪れれば何が起こるのか。

 それは、送り込んだ天使自身も考えの及ばないことであった。

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