新たな標的
飛行体験
早朝、七時。
敷地の広い
春らしくほんのり湿った朝の空気を吸い込みながら、楓花はランドセルサイズの小型の飛行装置を背負い、両肩と腰の位置にある三箇所の安全ベルトで体を固定した。
「準備できたよ、ソウスケ」
「よし、では最後にこのヘルメットを」
「えっと、ヘルメットは任意なんじゃ……」
「任意とはすなわち自己判断!となれば当然、リスク対策のために必ずや着用すべきであろう!」
「はいはい、了解しました。うわあよりにもよって懐かしい卵型……安全第一ってね……」
楓花はしぶしぶ卵型ヘルメットを被った。頭がより長く見えてしまう、という外見的な理由で敬遠しているのだが、パートナーAIにこの微妙に複雑な心境を理解してもらえるのかどうかは判然としない。
当のソウスケといえば、マスターが安全対策を施していればいるほど安心なのだ。見た目うんぬんはどうであれ、いまもヘルメット姿の楓花にひどくご満悦である。
ソウスケは同じように背負った小型の飛行装置の位置を微調整しながら、右手で装置付属のコントローラーを握った。
「操作方法はドローンと似ておる。このボタンで上昇、このスティックで移動方向を、こっちの切り替えボタンでスピードを調整する。自動安全機能付きだから、急激な上昇も下降はせぬし、上昇はMAXでも地上から二メートル、最高速度も10km/h。操作を誤っても装置が危険だと判断すればロックがかかり、安全に着地できるようゆっくりと下降する。衝突防止機能もあるから、建物や木といった障害物にぶつかる前に自動停止も行う」
ソウスケは説明しながら装置を起動させ、ぐいーんと地上から上昇してみせた。
「おお、飛んだ飛んだ。さ、楓花も」
「う、うん……ええと、これが上昇ボタン」
上に向かう矢印のついたボタンを押すと、装置が振動し、体がぐいと引き上げられた。地面から両足が浮くと、不思議と気持ちが高揚した。
「わ、わ、浮いた!浮いたよ!」
「良いぞ、楓花。よし、そのまま前進してみようか。スピードは五段階に分かれているが、まずは二くらいで試してみよう」
「うん!」
研究所敷地内にあるすべての移動手段、経路、そして移動用の乗り物の操作方法までインプット済みのパートナーAIは、楓花にとって頼もしい指導役だった。
もっとも、ソウスケが操作方法を知らなくても朝の飛行に誘っただろう。彼と一緒に新しいことを学ぶのも、ただ一緒の時間を過ごすのも、どれも最高に楽しいのだ。
「ひゃあー!ゆっくりなのに、気持ちが良いね!」
「うむ。このスローな感じが、回路に響かなくて最高じゃ」
「あはは!ソウスケ、ジェットコースターとか苦手だもんね?」
「ち、違っ……!苦手じゃない!スピードが速すぎて、周囲の景色が認識できんから不安になるだけだ!」
「うんうん。そういうのを巷じゃ苦手って言うんですよー。なのに、マーズリニアは平気なんだ?」
「あ、あれは地面に接してるし、ほぼ直進だし、急な回転とかないし……」
「つまり、上下ひっくり返るのがお好きではない?」
「……好きか嫌いかの二択であれば」
「そっか。じゃあソウスケが小型端末内にいるときは、あんまり振り回さないようにしなきゃだね。まあアンドロイドがあるし、そんな機会はもうめったにないと思うけど」
「大丈夫だぞ楓花。小型端末内にコアプログラムさえ置いてなければ振動は感知せぬからのう。コアと回路が連動すると物理的な衝撃や振動を認識するが、それ以外の場合、仮想空間や端末にいるときは、視覚、聴覚、嗅覚のみが機能しておるのだ」
「じゃあ
「うむ。仮想体のときは全部持ってくよ。アンドロイドが仮想空間という世界に移動する感じかのう……だから物理的な衝撃も感知する。だがAIは一部の機能だけ持って仮想空間や端末に移動することもできる。そういう場合上下ひっくり返っても平気なのだ。とはいえ視界が反転するわけだから、最高の気分とまではいかぬが……」
「興味深いなあ、それ。そういう感覚なんだね。覚えておくよ」
「はは、そなたは何にでも興味を持つのう。ってことでもう一つ。この飛行装置は火星エネルギーを特殊な磁力に変換し、引き合う力と押し出す力を利用して飛行するそうだ。そろそろ方向転換といくか?」
「はい、ソウスケ先生!了解です」
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