構成値

 AIの〈本体〉に当たるコアは、八項目の機能で構成される。

 その機能を数値化したものが<構成値>だ。


 LAラーLAFCラフクをOSに持つAIは、構成値で設定された数値内でそれぞれの<個>に適合した実行処理を行う。そのため<個>に応じた構成値の最適な振り分けが、人工知能の能力を左右すると言っても過言ではない。


 今回ソウスケのコアはノーマルからネオメタルへとアップグレードされる。ネオメタルにおける各項目の最大構成値は7。しかしすべての項目を7に設定してしまうと、AIの高速処理が過熱してしまい、コアの寿命を縮めることになる。


 よって、構成値は45から50の間で調整するのが望ましい。


 その条件を念頭に、楓花は思考を巡らせた。

 

 まずは伝導性機能を向上させるElectric Conduction Material、通称ECM。データ処理スピードに影響する項目なので、コア構成の中でも重要視される。


 次にCapacity Material、CPM、容量だ。AIが蓄積するデータ量は増えていくばかりで減ることはないので、ここを削るわけにはいかない。


 三番目に考えるべき耐久性、Durability Material、DBM。この値が高いほど物理的な衝撃を軽減する。接触事故等によるデータ破損を防ぐためにも、耐久性を軽視することはできない。

 

 他の五つの項目は、それぞれコアを守るための保護機能に分類される。


 Electric Earthing Material、EEMは接地性、いわゆるアースで、過電によるショートを回避させる役割を持つ。Water Resistance Material、WRMは耐水性、Pressure Resistance Material、PRMは耐圧性、Heat Resistance Material、HRMは耐熱性、Cold Resistance Material、CRMは耐冷性を向上させる。


 MR投影のよる映像化された電子パソコンを起動させ、瀬戸と共にAIのプログラム調整ソフトを立ち上げていた遊馬に声をかけられた。


「楯井くん、ソウスケくんの現在のコア構成値を入力してもらってもいいかい?」


「あ、はい」

 

 楓花はMRのキーボードを使い、研究室共有の大型電子画面にパートナーAIのコア構成値を入力した。


《コア:ノーマルメタル》

《最大構成値:20》

《各構成値》

ECM:5

CPM:5

DBM:3

EEM:2

WRM:2

PRM:1

HRM:1

CRM:1


 共有MRの入力情報を確認した瀬戸と遊馬がぎょっとした。


「ノーマルメタルコアで最大値20!?」


「ま、待て待て……ECMが5、CPMが5って……ノーマルメタルの各構成値のMAXってそれぞれ3じゃなかったか?」


 遊馬の指摘は正しい。ノーマルメタルにおける各構成値の最大数は3で、最大構成値数は24となる。 


 しかし前の研究所で、ノーマルメタルのコアではソウスケの処理スピードを生かせないということに気づいた。そこでパートナーAIと協力して、一部構成値の最大数引き上げ実験と研究を行ったのだ。


 と楓花が改造の経緯を伝えると、遊馬は感心半分、呆れ半分に嘆息した。


「そりゃE2が目をつけるわけだ。ネオメタルコアの各最大構成値は7だが、それでも4から5くらいが通常のAL4の平均値なんだ。それをノーマルメタルで5とは……」


「けど、どうして彼は正常に機能してるんでしょう?」


 疑問の声を上げたのは瀬戸だ。


「AIRDIでもコアの最大値を引き上げる研究を行ってますけど、どのパターンも失敗に終わっています。無理に構成値を引き上げるとコアに接続する回路と噛み合わなくなって、コアプログラムに影響をきたすっていう実験結果が出てましたよね?」


「ああ。コアは複数の重要な司令領域と結合するから、回路と流れを合わしておく必要がある……楓花くん、きみはソウスケくんの回路も一緒に改造したのか?」


「いえ、回路には手を加えてなくて……」

 

 楓花は正直に答えた。ソウスケのОSが〈リベラルアーツ〉だということは解析済だが、それでも彼の回路は複雑で、いまだに全容が掴めていない。


「だとすると、最大構成値数の引き上げに適合しているのは、プログラムではなく回路のほうかもしれないな。回路を調整したのは、もしかしてきみのお父様かい?」


 遊馬は楓花の父親がAIプログラマーだったということを知っているようだ。おそらくは経歴書に書かれていたのだろう。

 

 しかし、楓花の父が回路をいじったとは考えにくい。ソウスケを見つけたのは父だが、購入手続きを行ったのは母だと記憶している。だが、プログラミングとは無縁だった母が改造したとも考えにくい。


「おそらくですが、ソウスケが自分で調整したのではないかと」


「AI自身が?それはさすがに……仮にもし回路調整が可能なら、ソウスケくんはアンドロイドにダメージを受けても、自分で修復ができるということになる。けどカインドの話だと、E2との交戦後ソウスケくんの両腕は破損したままだったんだろ?」


 たしかにそうだ。自身での回路修復が可能なら、ソウスケは内部配線の接続をいじって、腕そのものは無理でも、腕の機能回復くらいは施しただろう。

 

 だとすれば、ソウスケの〈未解析〉のプログラムの中に秘密があるのかもしれない。


「じつは、ソウスケはもともと中古品だったんです。見つけたのは父なので、詳しい経緯は分かりませんが……完全に初期化されていても、ソウスケは私がいじる前からすでに高機能AIとしての基礎領域も応用領域も完成してたように思います。私が行ったのは知識の共有と、言葉や物体の基本的な判別方法、思考の組み立て方、学習資料の選別……それだけ指示して、あとはソウスケの判断に任せてました」


 楓花の説明に、二人のAIRDI研究員は唖然としていた。先に我に返った遊馬が口を開いた。


「ま、待った……色々待った。ソウスケくんが、中古?」


「えっと、はい」


「AL4の人工知能が、本土で、しかも中古で販売されてたっていうのか?」


「――もしかすると初期段階では、まだAL3だったかも……」


「AL3だったとしてもだ!本土でこんな高機能AIが売られてたなんて……そんなことがまさか……楯井くん、ソウスケくんはどこで販売されていたんだ?」


「すいません、そこまでは……もうパソコンにダウンロードされてたんです。母からの、クリスマスプレゼントで……あの、調べたほうが良いですか?」


 遊馬は難しい顔で腕を組んでいたが、やがて小さく首を振った。


「――いや、必要ないさ。ソウスケくんはもう楯井くんのパートナーAIだからな。ただ、こういうことに神経を尖らせる面倒な連中もいるから、皆いったんこの話は聞かなかったことにしよう」


 軽い口調で話してはいるが、遊馬の目は真剣だった。


「……もっとも、楯井くんがマスターじゃなかったらいまのソウスケくんはいなかったかもしれない。きみは宝物を見つけて、しかもそれをちゃんと磨き上げてきたんだ。惜しみなく時間を費やして……楯井システムにしたってそうだ。本当に、素晴らしいことだよ」


 楓花はすぐに言葉を返せなかった。家族以外の人間に、こんな風に褒めてもらったことがあっただろうか。遊馬は上司なのに、その言葉は温かく、父親を前にしているかのようだった。


「……ありがとうございます」


 そうだ。ソウスケは宝物だ。価値ある宝石よりもまぶしく輝く、唯一無二の存在で、楓花にとっての〈コア〉だ。


 早くカスタマイズを完了させたい。

 

 今日、この瞬間、遊馬の言葉がどれほど嬉しかったか。

 一秒でも早く、ソウスケと共有したいと思った。

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