ランチタイム

 研究所の屋外テラス席に、柔らかな陽射しが降り注いでいた。丸テーブルを二つ並べ、研究員三人と、パートナーAI三体が席につく。


 AIRDIアイルディの食堂では、MRの電子画面でメニューを選び、数万通りのレシピをインストールしている人工知能搭載人型ヒューマノイドが調理を行う。

 

 楓花は注文したナポリタンを口に運んだ。パスタにしっかりとトマトソースが絡んでいて、よく炒められたピーマンとウインナーがかりっとしていて美味しい。


「楯井くん、ソウスケくんのカスタマイズのイメージは沸いてきたかい?」

 

 あじフライを箸でつまみながら、遊馬が訊いた。


「はい。色々見せて頂いたおかげで。あとはアンドロイド素材の金属配分をどうしようかなと」

 

 AIのコアもそうだが、アンドロイドの素材は八項目の構成値――伝導性、容量、耐久性、接地性、耐水性、耐圧性、耐熱性、耐冷性――を左右する。AIの〈出力アウトプット〉傾向に適した素材と構成値配分を行うことは、マスターの重要な使命だ。


「それなら瀬戸くんにアドバイスをもらうといい。彼は二年間技術部に所属していたから、アンドロイドの金属配合には詳しいんだ」

 

 そこで飲み物を運んできた瀬戸に、AIの回路の働きを阻害しない金属配合についていくつかアイデアをもらった。昔から、楓花は歳が近い異性との会話を避けがちだったが、瀬戸はカインドのように柔らかく質問に答えてくれるので、苦手意識が芽生えることはなかった。


 隣の席では、AL4たち効率的な火星エネルギーの充電体勢について談義している。


「こ、こうか?」


「そうそう。空に向かってうんと胸を反らす感じでね。MRGPSによると、マーズレイ照射用衛星は北緯三十五度の位置にあり、よ」


「その体勢を二十分維持するのも悪くはありませんが、充電スピードを重視するのであれば、充電器にケーブルを挿したほうがより効率的では?」


「……わしもそう思う」


「だ、か、ら!私はマーズレイのフリー充電エリアでの話をしてるんだってば。アルビーと一緒に色んなポーズを試した検証結果なの。予備コアを足に設置してる場合、逆立ちも有効だったわ」


「逆立ちって……いやそれより、武装型が色んなポーズで充電方法を分析しているという情報のほうがはるかに信じがたいのだが……」


「アルビーは勤勉なのよ」

 

 ソウスケが他のAIたちと仲良くしているのを見て、楓花はほっとした。あの調子ならきっとAIアカデミーでもうまくやれるだろう。もともと彼は社交的なAIだ。楓花と違って物怖じしないし、言いたいことはちゃんと言う。


「AIたちの〈個〉って、おもしろいですよね」

 

 話しこんでいる人工知能搭載人型たちを眺めながら、瀬戸が言った。楓花は頷いて同意する。


「彼らは電子体だけど、完全な複製ってもう無理なんだろうなって思います。だから、ちゃんと〈個〉を守ってあげないと……そのために、ベストな組み合わせで創ってあげたいんです。コアプログラムも、アンドロイドのボディも」


「僕もそう思います。研究のほうもAIにはずいぶん助けられていますから。人間に尽くしてくれる分、こちらも彼らが最高のパフォーマンスを行える環境を構築したい。AIを人間と同じくらい大事にしてくれる人が増えたら、きっとAIを操って悪事を働こうとする人も減るんじゃないかなって」


 楓花は思わず瀬戸を見つめた。彼は慌てたように言い添えた。


「って、よく機械相手に感情移入しすぎだって言われるんですけどね」


 楓花は首を小さく横に振った。


「その考え方、素敵だと思います。AIはもう、感情移入せずにはいられないほどのパートナーですから。きっと彼らも同じように思ってくれてるんじゃないかな。……あ、というか、そうだといいなっていう、ただの願望です」


 人間相手に自論を語ってしまったことに気恥しさを覚えたが、瀬戸は親しみやすい笑顔で応えてくれた。


「マスターがそう思ってるなら、パートナーAIもきっと同じですよ。ソウスケのために良いアンドロイドを作りましょう。って、彼のこと呼び捨てにしちゃって大丈夫です?」


「大丈夫ですよ。私はあの、瀬戸さんのAI、サナちゃんって呼んでもいいですか?」


「あ、全然かまいませんよ。きっと喜びます」

 

 和気藹々としていると、カインドが物陰に隠れている遊馬に声をかけていた。


「マスター?どうかされましたか?」


「いや、若いっていいなあと思って」


「……なるほど。お察しします」


「……カインド、俺と結婚する?」


「心の拠り所をお求めでしたら、奥様との通話回線をすぐに繋げて差し上げますよ。それか、アイスコーヒーでも淹れてまいりましょうか?」

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