仮想空間
電子体であるAIは、二つの〈空間〉を行き来することが可能だ。
その一つがリアル。三次元の現実世界。アンドロイド等のハードウェアさえあれば、それを媒介に、実在する人間のパートナーとして共に活動できる。
もう一つが仮想空間。ネットワーク上に構築されたバーチャルエリアだ。こちら側に移行されたAIは、肉体を持たないプログラムとして現実と仮想、双方の世界に干渉することできる。
カインドがソウスケに求めたのは、そのバーチャル側からのアシストだった。
「
対AI戦において、対象を無力化する方法は主に三つ。
一番シンプルな方法が〈破壊〉。人工知能のコアを物理的に破損させるか、またはウイルス等の不正プログラムで間接的破壊を誘発すること。しかしこの手を使えば、相手のプログラムデータも同時に破壊されるので、データの回収、解析は不可能となる。
そこで〈切断〉という対処法がある。〈破壊〉は行わず、相手の電源を落とすことに徹するのだ。すべてのネットワークを遮断し、本体プログラムを動かしている充電器との接続を断つことも含まれる。
データ回収を目的としている場合、相手を〈不能〉にするという手段もある。ようは一時的に相手の処理能力を麻痺、または停止させることだ。リアル戦なら相手ボディの手足の切断、または高圧電流を流して回路をショートさせるか、瞬間冷却で機能停止させるという方法もある。だがこれらの方法は、一歩間違えれば〈破壊〉にも繋がる恐れがあるため、慎重な対応が必要だ。
対象AIの〈不能〉化は、リアル戦ではなく、バーチャル戦においてより効果を発揮するというのがカインドの意見だった。相手データを破壊するのではなく、一時的に〈機能不全〉にさせるためのプログラムなら、すでにいくつも開発されている――仮想領域から相手のコアに、その不正プログラムをインストールさせることができれば話は早い。
ただし、E2にはデータ回収を防ぐための自爆装置が仕掛けられている。本体プログラムが敗北を感知した瞬間に作動する仕組みだ。乗っ取ったAIのコアを含め、ボディすらも完全焼失させる類の自爆で、その事態を防げたことはない。
だとすれば第一任務は、自爆装置の起動阻止。
ソウスケは建物の陰に潜みながら、手順を復習した
まずE2が接続しているサーバを突き止め侵入する。敵のセキュリティシステムがソウスケを不正プログラムとみなし排除にかかるだろうから、そこは自身で対処しなければならない。
セキュリティを突破した後は、自爆装置の起動システムのみを破壊。その後、リアルかバーチャル側のどちらかで、敵AIコアにエネルギー供給を行っている充電装置との接続を遮断できれば完了だ。
《聞こえますか、ソウスケさん》
ネットワーク経由でカインドの声を耳にし、ソウスケは「聞こえるぞ」と応答した。
《では、いまから三十秒後に道路の中央に移動をお願いします》
「うう……了解」
できれば、このまま建物の陰に潜んだままネットワーク侵入を行いたかったが、今回のE2は
スキルとは、新型人工島のAIが〈不正プログラム〉または〈脅威〉の撃退手段としてインストールする戦闘用プログラムである。
代表的なスキルは五つ。
あらゆる体術を駆使して戦う
アルビーもカインドも
スキル変更は、各AIがネットワーク上に所有している外部ストレージにアクセスして行う。だがE2ほどの強敵と渡りあうほどのプログラムは容量が重い。火星エネルギーのマーズレイによる高速通信でもコア移行にはニ十分かかる――それで二体のAL4は、あらかじめ搭載していた小銃使いで対処しているのだ。
ソウスケはしかし、何のスキルも搭載していない。
戦闘用プログラムをインストールするには特別な〈登録〉を必要とする。これほどの緊急事態でも規定の手順を踏まそうとするとは、融通の利かないことだ。もっとも、スキルを搭載したいとは思わないが。
そこでカインドからは、対E2用の簡易スキルをいくつか受け取った。とりあえずそれを空き容量に叩き込み、いつでも使用できるように準備をしておく。
とにかく、いまはマスターの周囲からの脅威排除が第一優先事項。
できることをやるしかない。
きっちり三十秒後、ソウスケは道路のど真ん中に飛び出した。そしてその場に大の字になって寝転がると、目を閉じて速やかに仮想空間へと移行した。
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