♯05

[冒険者ギルド〈セイン〉]


時刻は一一五八、冒険者ギルドが最も混雑する時間帯である。

僕は冒険者ギルドの受付に出来た長蛇の列、その最後尾で、物思いに耽っていた。


「はぁ……失敗したなぁ…。」


博士の書いた術式についてだ。

博士が持たせてくれたショートソードに標準装備されていた高性能な術式であり、仮にも研究者である博士の珠玉の作品。実は僕は、ショートソードを受け取った時からその欠点に気がついていた。


それは、魔力効率の悪さ、である。


この世の全ての術式は"議長"が作ったとされる、所謂“ベース術式“なるものが存在し、“攻撃”や“防御”、“回復”といった数々種類のあるそれに機能や効果を付けていく、という形で成り立っている。


ここで注目したいのは、術式に不備はなかった、という点だ。

あの博士は間違いなく天才だ。

…いや、僕のような発達途上のAIにあんな高性能な術式のついた剣を渡してしまう辺り、天然ではあるのかも知れないが、それでも天才だ。

何せ、あのようなベースの上に、あれほど無駄のない完璧な術式を書いたのだから。

だから、僕が改良したのは、博士の術式自体ではなく、その下。である。


だから、博士にちゃんと「改良したのはベース術式の方です」と伝えておけば、博士もあんなに怒りはしなかったのではないだろうか、という考えにたどり着き、軽く後悔していた。


と、僕の前の人が受付の前を退く。お馴染みの受付嬢、猫獣人のケニーがそこにいた。


「あ、セインニャ!初めてのダンジョンはどうだったかニャ?」

「こんにちは、ケニーさん。ちょっと深く潜ったので、日にちの感覚がなくなってしまいましたよ。モンスターの討伐部位の確認と、素材買取お願い出来ますか」

「またまたセインはおかしな事を言う新人だニャあ。ダンジョンに初めて入った新人が、時間感覚が狂う程潜れる訳ニャい…」

「あこちら件の討伐部位になります」

「ニャんと!?」


僕が、暴虐のダンジョン三~五階層墓地不死者アンデット系統三九五体、六階層遺跡石像ゴーレム系統八七体、七階層地獄悪魔デーモン系統五五体分のモンスターの討伐部位を受付の上に置くと、何故かケニーは目を丸くし、口をあんぐりと開けた。

…大した量じゃないと、思うんですけど?



[暴虐のダンジョン七階層地獄〈セイン〉]


僕は、七階層地獄にある安全地帯の一角にテントを張り、中に座っていた。


博士に、冒険者登録から一週間経っていないのに白銀級Cランク冒険者に昇格した事を報告するためだ。


「ああ怒られるまた怒られる。さっき怒られたばっかでまた怒られる。さっきの怒りも鎮まってないだろうし物凄い怒られる。」

『……報告。博士への報告義務は自分にあるものだと報告する。』

「……それを先にいってくれよ…」


今は猫の姿をとるガラハットに僕はジト目を向ける。


『……博士へ報告するのは当機なのだが。』

「それはマジゴメンぐっどらっく。」


安全地帯でどこか楽しげに会話する僕達。ガラハットが僕の軽口に文句を言おうとしたその時、


『―――――ドコマデ、覚エテイル?』

『「!?」』


――――安全地帯の入口のすぐそばに、仮面をした人影があった。


「っ戦闘態勢!」

『了解!』


見た目は、女。黒くて丈の長いコートを羽織っており、辛うじて身体のラインが見える程度だが、恐らくは女で間違いないだろう。しかし、聞こえた声は無機質で、まるでガラハットの劣化版のように聞こえた。


『…当機への侮辱を検知。』

「今はそれどころじゃ」


『―――――私ガ、分かラナイか。まァ、シカたナいダロウ。アンナ反応をシタのダ。対策クライは取ッテ然ルベシだな。』

『疑問。先程から一体なんの話をしている。』

『黙レ。オーダーなンかに用ハ無イ。ワタシガ用がアるノハ、オマエだ――――セイン。』

「?」

『聞ケ…私にはもう時間が無い。もし貴方がなら、一番下に来て。』


そう言うと彼女 (?)は、僕の返事を待つことなく、ダンジョンの闇へと消えていった。


僕とガラハットは、臨戦態勢をとってはいたが、。それは、彼女の魔力が膨大すぎて、魔力を感知したとたんに身体制御機能がエラーを起こしたからだ。


「……ガラハット。このボディの欠陥を発見。博士への早急な報告を要請する。」

『了解。強大なエネルギー反応検知による神経装置の麻痺を報告。』

「…"仮面"…」


彼女の消えた方向をみて、僕は拳を握り締めた。

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