♯01


「オラッ!……チッ、囲まれたか……」


魔術都市ファーストの地下に眠る"ダンジョン"。

十代の男女四人で構成される中規模パーティーが、その"ダンジョン"の第三層――――通称"墓地"――――にて、腐屍者ゾンビ骨屍者スケルトン屍鬼グールなどの不死者(アンデット)系モンスターに囲まれていた。


―――調子に乗ったか。


このパーティーのリーダーを務める男、ザイルは、今更ながら後悔していた。

というのもこのパーティー、全員がつい一月前に冒険者登録を済ませたばかりの幼馴染で、"ダンジョン"の二層迄は楽勝の実力を持っていた。


先輩冒険者に凄い、天才だと持て囃され、天狗になった。

自分達の実力を過信し、三層も余裕だと勘違いを起こし、ろくな情報収集もせずにのこのこ墓地まで降りてきてしまった。


たかが腐屍者ゾンビ骨屍者スケルトンだのと、不死者(アンデット)系モンスターは質より量が危険という常識を無視して来てしまった。


墓地に来た初戦は良かった。

出てきたのは骨屍者スケルトンで、素早くも無ければ力も無い、おまけに武器も持っていなかった。


ああ、墓地なんてこんなものか。瞬殺できてそう誤解し、仲間と談笑しながら先へ進んだ。次に出たのも骨屍者スケルトンだった。しかし、その個体は右手に剣、左手に丸盾を持っていた。


素早さも、力もないが、武器を持っていたことに驚いた。

しかしまぁ、そこはたかが骨屍者スケルトン。瞬殺した。

だが良かったのは、そこまで。


腐屍者ゾンビは動きは遅いが力はある。屍鬼(グール)は力もある上に素早い。さらにそんなのが武器を持ったら……?

何もかも未熟な俺たちには、攻撃を防ぐので精一杯。

ろくに連携も取れず、退避しようと辺りを見れば、進路は腐屍者(ゾンビ)に、退路は屍鬼(グール)で塞がっている。

魔術師のジーナが、皆の周りに魔術障壁を張った。一時的に、不死者達の攻撃が弾かれる。

でも、これじゃあそう長くは持たないだろう。


死んだな、多分。そう思った俺は、仲間に声をかける。


「ごめんな、皆。こんなとこに連れてきちまって。皆を誘うべきじゃあなかった。俺一人でやるべきだったんだ。冒険者なんてのは。」


「そんなこと無いよ、ザイル君。」


レナが俺の謝罪を否定する。


「そうよ。レナの言う通りよ。貴方が誘わなくたって私はきっと冒険者になってたわ。」


ジーナまで。


「そうそう。俺ら皆、あんな田舎には辟易してたんだ。むしろ、連れ出してくれて感謝してるぜ、相棒。」


ダンも……


「そうか。……皆、優しいな。俺は、こんなにいい仲間を持って幸せだ。」


皆で顔を合わせて笑う。それは、諦めから来る笑いなどではなく、この瞬間を心から楽しんでいる笑いだ。

断続的に続く攻撃で、ついに障壁にヒビが入り始めた。


「そろそろ、終わりか。あーあ、短ェ人生だったなぁ。」


「でも、いい人生だった。だろ?」


俺とダンはそういって笑い合う。こいつとはいつまで経っても親友だな。


「彼氏の一人や二人、作っとくんだったなぁ。」


「もう、ジーナったら、そんなことばかり言ってるから彼氏できないんだよ?」


「何をー?レナだっていないじゃない。」


あはは、と女性陣が笑い合う。しかしジーナは、いくら魔族で潤沢な保有魔力があるとはいえ、連戦で魔力をかなり消費した上で障壁を張っている。

そろそろ、限界だろう。


「いいか皆、ここに一つの中級爆発魔法陣があってだな。こいつを使えば、俺らの周りの奴らくらいは木端微塵にできる。問題点は、俺らの命も持ってかれることだ。どうする?やるか?」


質問しながら魔力を練り、つい先日会得した中級魔術を構築する。


「最期は花火で自爆ってか。派手でいいねぇ、乗った!」


ダンが賛成する。


「はん!このクソ共に喰われるよりはマシね!」


「私も、賛成……かな?」


ジーナにレナも。

そして、俺を中心に輪になった。

爆発の衝撃で、楽に死ねるように。

最後に皆と顔を見合わせて、言う。


「じゃあ皆、来世でまた逢おう。爆発魔法陣、起d――」


「――――あの、お取り込み中悪いんですけど、この不死者(アンデット)、貰っていいですか?」


知らない声が、聞こえた。



さっきまで、まるで全てを諦めたみたいな会話をしていた四人が、ぽかんとした表情で此方を見る。先の問いに対する返答はない。


「…沈黙は肯定、そう見なしますね」


というか、たかが不死者アンデットに囲まれたくらいで、この冒険者達は何を大げさな…。


『その感想は正しくないと報告する。』


僕の耳に通信が入る。僕のパートナーの"ガラハッド”からだ。念話通信の為、彼らに聞かれる心配もない。


『彼らは見た目とその装備から十代後半、その上、不死者アンデット系モンスターに有効な火属性や聖属性の魔術を使わなかった点から、四人が四人共新人冒険者と思われる。このファーストのダンジョン〝最初の壁〟と言われているのがこの〝墓地〟であり、彼らはその壁にブチ当たって心を折られていた。ファーストの冒険者の伝統として、〝一、二階層をクリアして調子に乗った新人の心を墓地で折っちゃおう大作戦〟というものがあり、彼らがこの所謂〝洗礼〟を受けているのだとすれば、あと三分もすれば彼らは転移型アーティファクトにより冒険者ギルドに飛ばされる筈である。故に、この状況に対する正しい感想は、“心を折られるなんてどこの世界でも新人は大変ですね”、であると報告する。』

『要するにこの冒険者がへなちょこってことだろ?ガラハッド次はもっと簡潔に頼むよ』

『承知した』


僕は会話しながら、腰のショートソードを抜く。


『PT-00、機体名称セイン、不死者アンデットと交戦を開始する。当該機の〝人型モンスター〟との交戦は初めてであり、当機、機体名称ガラハッドが援護及び補助を行う許可を要請する』


僕はショートソードの刃全体に火属性の魔力を纏わせる。


『ガラハッド、それ却下で』

『了解。マニュアルモード。』


とりあえず、僕に向かって来る骨屍者(スケルトン)の腕を切り払い、空いた左手でそいつの頸椎を握り締め、へし折る。

そのまま他の骨屍者(スケルトン)目掛けてぶん投げる。五体程が地面に倒れたので、そこに下級火魔術〈灯籠〉を当てる。


これで僕の周辺のモンスターが一瞬居なくなったので、その隙にあの四人の周りに展開される魔術障壁を強化しておく。


「ガラハッド、あの術式試してみようか。」

『了解。特殊直剣術式之一 (仮)、〝心意の伸剣〟起動。』


右手に握るショートソードの、その刃が姿を消す。鍔から柄頭までになったそれを、左腰に、居合のように構える。そして――――――――


ヒュイッ!


と、自分の胸辺りの高さで切り払う。

それを幾度も繰り返す。鍔の先には何もないのに、その延長先のモンスターは動かなくなる。


「こりゃあ凄い。ガラハッド、博士に報告だ。使い勝手も良いし、伸縮限界距離より何よりその速度が素晴らしい。しかしその分懐に入られたら痛いな。…でもまぁ一対多の時には重宝しそうなので、術式はそのまま標準設定にしておく。以上、報告終了。」

『了解』


適当に柄を振り回していると、いつの間にか周囲三六〇度のモンスター達の上下半身は皆泣き別れしていた。

僕はガラハッドに指示を出す。


「ガラハッド、戦況報告開始」

『報告。残存敵性反応〇。討伐数報告、骨屍者スケルトン種三八、腐屍者ゾンビ種四二、屍鬼グール種二十三、合計討伐数、一〇三。被害〇。報告終了。敵の残骸及び装備品を収納完了。』

「ありがとうガラハッド。…あれ?へなちょこ冒険者の皆さんは?」


戦況報告を終えてあの四人組の事を思い出し、振り返ってみると、あの四人がいたところには何もおらず、ただ魔力の残滓が、ついさっきまでそこに人がいたことを示している。


『冒険者ギルドへの転移が為されたと考えられる。』

「そういや何か言ってたね、ガラハッドが。」


まぁいいか。

彼らへの興味を失った僕とガラハッドは踵を返し、第四層へ歩き出した。

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