スナックのママと紫音

リュークさんの作った炒飯を美味しく食べた後、お皿洗いをお願いされたのでやる事になったのだけれども。


「やり直し」


「ムゥ〜」


これで4回目のやり直しを言い渡されている。


「リュークさん、ダメなんですかぁ?」


もうお皿にヌルヌルした感触が一切ないのに、ダメって酷くないですかぁ?


「ヌルヌルなら残っているよ。こことか、ほらここにも」


指をさして言う個所を触ってみたら、確かにそこだけヌルっとしていた。


「もう面倒くさいですよぉ〜」


お父さんと一緒に暮らしていた時だって、サラッと洗って終わりにしていた。なのにこの人はぁ〜・・・・・・潔癖症なの?


「ただいま・・・・・・ん?」


天野さんは僕達の姿を見て、一瞬固まった。


「リューク、人に任せて文句を言うぐらいなら自分でやれ」


「えっ、何で?」


「お前は洗う事に関してこだわり過ぎだ。潔癖症気味なの治せ」


「やだなぁ。ボクは潔癖症じゃないよ」


天野さんが、初めて僕に優しくしてくれたぁ。


「ああ、そういえばだ。依頼主からさっき連絡があってな」


依頼主から連絡。もしかして中止?


「学校が早く終わっているのなら、早めに来て貰いたいらしい」


「あ、そうなんですか」


「そうだ。連絡は俺の方でしているから、今から行って来い。一応言っておくが銃とかいらないから、そのまま行け」


また勝手に決められたけど、この状況から逃げられるのなら喜んで行きます!


「わかりました!」


丁寧に手に付いた泡を落としタオルで水気を取ると上着を素早く着て、玄関に行き靴を履いた。


「行ってきます!」


その掛け声と共に逃げるようにして事務所を出て行き、離れた場所でスマホを出して行き先を確認する。


「スナック マザー・ラブ の場所は・・・・・・あれ? 通ってる高校に近い」


事務所からはちょっと遠いが、歩いて行けなくはない距離だった。


「でも、高校生の僕がスナックで働いてもいいのかな?」


居酒屋やスーパーなんかでバイトしている高校生なら、漫画とかでみたけれど。まぁPMCとしての依頼だから、学校とは関係ないから大丈夫なんだろうな。


そう思いながら目的地へ向かうが、その道中で足を止めてしまった。何故なら、家に設置されている駐車場で車のボンネットに頬ずりしているおじさんが目に映ったのだから。


うわぁ、ってあれ? あの人見覚えがあるぞ。


「ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・ボクのところに来たねぇ。日産のフーガちゅぅぁああああああんっっっ!!」


「よかったっすね兄貴。新しい車を手に入れられて!」


「んん〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・この僕が大事に、だぁぁぁああああああああああああいじに乗ってあげるかなねぇぇぇえええええええっっっ!!」


洗い息を吐きながら、車に全身をビッタリ付けて顔を擦り付けている姿を見た紫音は、余りの気持ち悪さから引いてしまった。


「ママァ、あそこに変なおじさんがいるよぉ!」


「シィー、見ちゃダメよ!」


母親が子供の手を引っ張るようにして、その場から離れて行った。


思い出した! 排水溝に向かって吐いていたおじさんだけど、僕も関わりたくないから行こう。


何も見てません。と言いたそうな顔をさせながらその場を後にするが、 フーガちゃん、僕のフーガちゃぁぁぁああああああんっっっ!! という声が耳に入って来た。その声、近所迷惑になってますよ!

そして、通っている高校を超えて、辺りが商店街だったっぽいところに着くと足を止めた。


この近辺にマザー・ラブがあるはずなんだけれども・・・・・・。


そう思いながら辺りをキョロキョロと見回していると、肩にポンと手を置かれた。


誰だろう? そう思いながら振り向いた瞬間、全身の毛を逆立て硬直してしまった。だって彫りの深い顔に厚化粧をした上に、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな男性がニッコリと僕の事を見つめていたから。


「アンラァマァ〜、アナタが 大園 紫音 ちゃんねぇ〜」


「はぃ、そうです・・・・・・も、もしかして依頼主ですかぁ?」


声が小さい上に、シッポが丸まり耳がへたり込んで怯えている。


「そうよぉ〜、私がスナック マザー・ラブ のママ。 真里亞マリア よ。よろしくね。紫音ちゃん」


ウィンクする姿にゾッとしたのか、また毛を逆立てた紫音。


「そんなに緊張しなくてもいいわよぉ〜。そんなに大変なお仕事じゃないから、リラックスしてねぇ〜」


鍛えられた凛々しい両手で両肩を揉んで来る。


「さぁ、私について来なさぁ〜い! 楽しいお仕事をしましょぉ〜!」


「・・・・・・ふぁぃ」


そのまま連行される途中、 僕は一体どんな事をさせられるんだろう? と思ってしまうのだった。


「さぁ着いたわよぉ〜。ここがアタシの お・み・せ! マザー・ラブよぉ!」


確かに、看板にはマザー・ラブと書かれていた。


今すぐ帰りたい。


そんな思いも虚しく、お店の中へ押し込まれてしまう。


「あの、僕は何をすればいいんですか?」


「段ボールに入っている商品を取り出してくれればいいわぁ〜」


あれ? 意外と普通の仕事だ。


「それだけでいいんですか?」


「それだけでいいわよぉ〜。もしかしてシオンちゃん、もっと他の仕事をさせられると思ったのかしらぁ〜?」


「あ、はい。接客とかレジ打ちをするのかと思いました」


「アタシは子供を夜のお仕事に引き込むような、最低な人間じゃないわよぉ〜。アタシの娘にだって、このお店を一回も手伝わした事はないわよぉ〜」


ゴメンなさい。僕は思ってました。


「さぁ、お仕事を手伝ってねぇ」


「はい、わかりました。って、ん?」


ちょっと待って、さっき気になるワードがあったよ。


「どうしたの、紫音ちゃん?」


「マリアさん、お子さんがいるんですか?」


「いるわよぉ〜! アナタと同い年の可愛らしい子がぁ〜」


可愛らしい子と言う言葉に、真理亜さんみたいなオカマ姿を想像が付いてしまう。因みに段ボールに入っていた食材を、真理亜さんに手渡しする作業を止めていない。


「母上殿、もしかして紫音くんが来たっスかぁ?」


お店の奥から黒色の髪色したポニーテールの少女が、ひょっこりと顔を覗かせてた。


「ええ〜、ホラ、そこに紫音ちゃぁんがいるわよぉ〜」


「おお〜! ホントだ、紫音くんっス!」


彼女はそう言うと抱き付いて耳を触って来た。


「アウッ!?」


「うわぁ〜、本物の耳っス! モフモフで気持ちいいっス!」


「うぅ〜・・・・・・」


そこを撫でられるのはちょっとぉ・・・・・・。


「マナミちゃぁん、紫音ちゃぁんが困ってるから止めてあげなさぁ〜い」


「はいっス!」


彼女は母親(?)にそう返事をすると、離れてくれた。


「うぅ〜、触るのでしたら言って下さいよぉ。ビックリしますからぁ〜!」


自分の耳を押さえながら言う姿を見た真奈美さんは、自分が嫌がる事をやったのに気付いたのか、申し訳なさそうな顔をしていた。


「すみませんっス。そんなに嫌がるとは思わなかったっスからぁ・・・・・・」


「今後気を付けてくれればいいよ。で、キミの名前は?」


「ウチっスか? ウチの名前は 山本やまもと 真奈美まなみ っス。よろしくっス」


〜〜っス。って口癖なのは初めて聞い、いや1人だけいた。名前は知らないけど。


「えっともう知っていると思うけど、僕の名前は 大園 紫音 です。よろしくね」


「マナミちゅぁんはね、アナタと同じ高校にかよっているのよぉ〜。だから仲良くしてあげてねぇ〜」


「えっ!? 同じ高校に通っているんですか?」


「そうっス! シオン殿とはクラスメイトっスよ!」


地味なメガネを掛けて髪をおさげにしている上に、使い古していそうなジャージ着ている女の子がクラスメイト? う〜ん、居たっけなぁ〜?


クラスメイトの顔を覚えているだけ思い出したのだ、該当する人がいなかった。


「ウチは学校ではイメチェンしているっスから、気が付かないのは当たり前っスかぁ」


あ、イメチェンしてるのなら、わからないか。この人の臭いを覚えて、明日探してみよう。


彼女に近づいてクンクンしていると、カランカランとベルが鳴りお店の入り口が開いて誰かが入って来た。


「邪魔するぞぉ」


「え、オズマさん!」


何とオズマさんがこのお店に入って来たのだ。

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