0x0107 どうして悪いことって続くの
ひょっとしてブラック・バレーに行かされちゃうのかな?
これまでの経過からすると、理不尽なことになりかねない。
法律事務所から出ようとしたら、セルジアがついてきた。
「ちょっと、待ちなさいよ。話は全部終わってないでしょう!」
「ええっ、でもDOGの連中が急いでるっぽいし」
「違法なことを言われたらちゃんと連絡するのよ。本当にわかってるよね?」
「わかってるって」
そんな中、僕のお腹がグウとなく。
そういや、昼食の時間過ぎてた。そんなことを思ってたら、更にお腹がご飯を要求するべくグウとなく。
「ん? ユウヤ、お腹空いてるの?」
「でもDOGの所に行かなきゃ」
「東洋人って皆そうなの? お腹が空いてマトモに話できるわけがないじゃない。私もお腹空いたし、ミレー街で食事しながら話しましょうか?」
「えー、用事があるのに食事って、何か落ち着かないなあ。食べた気しないっていうのか」
「ソレはソレ、コレはコレ」
セルジア、そのジェスチャー、気に入っちゃったの?
さっきもやってたよね。自分の中でブームなの?
割り切りの早い彼女は、ダーク・ブロンドをふわりと春風になびかせ、事務所の鍵を閉めた。
「ほら、早く行こう。最近、気になってる店があるんだよね」
「……」
「女一人で行くにはちょっと敷居が高くって、ついでにジニーの話聞かせてあげるから、ね」
「あー、思い出しちゃったよ。本当、どーすんの? 僕一人で解決できそうにもないんだけど」
「でしょう。だから、食事中にその解決案を模索するってどう?」
「その提案は……いいかも」
セルジアはニッコリと笑った。
笑顔は素直に可愛いと思うけど、僕は彼女の恐ろしさを知っている。
男女平等はいいけどさ。その笑顔は反則だよと思うよ。
ミレー街は行政区画の反対側になる。フィモール街の中心を抜けるバロル通りを歩いて行くと、分かれ道になっている。左を行けば職人達が集まるダーナ街。右を行けばミレー街へと続く。ミレー街は買い物客で賑わっており、露天には野菜や果物ばかりでなく、チーズ、パンやワインまでが売られている。
鳥や兎がそのままの姿で並べられていたりするのを見ると、ギョッとするけども、騒音で喧しいダーナ街とは違い、開放感のある賑やかさだ。
現代人の僕からしたら、天井のないデパ地下にいるような気分にさせられる。
DOGから至急来いと言われているけども、こっちはこっちの時間の過ごし方があるんだよね、きっと。
イタリア人ハッカー、ロシア人ハッカー、特にアフリカ系ハッカーは、時間に思いっきりルーズだった。時間厳守だろって言ったら、逆ギレされたぐらいだもんな。
ここでも時間に多少ルーズだっても問題ないだろう。時計も無いことだし。
ダーナ街は市場にはなっているが、広場にまで出ると飲食店がある。
「あっ、あれだ! ちょっと、ユーヤ。行くわよ」
「ああ、袖を引っ張らないで、伸びちゃうじゃん」
「急ぎなさいってば。噂になってるぐらいだし、どんなのだろ?」
「セルジア、スカートが捲れてる。それは女の子としてはどうかと思うんだけど」
「見たい奴は見ればいいのよ。ほら急いで!」
「ちょっと、スカートの端は抑えなきゃ。ちょっと! 僕の声聞こえてる?」
さて、オープンテラスの席に着く。どんだけのものが噂になっているのかと思えば、単なるサンドウィッチだった。
こんがり焼けたトーストに乗せられているのはローストビーフ、レタスとトマト。
BLTサンドじゃねえか!
噂になってるって聞いたから、ちょっと期待しちゃったよ!
何か濃厚で美味しそうなものが出てくるんじゃないかと思ったよ。解説に十行ぐらい必要なスゴい美味しいものが出てくると思ったよ。
ああ、そうですよね、中世。
そりゃそうだ。
どーせ、こうなることもわかってたさ。
「ん? ユーヤ、どうしたの?」
「いやなに。美味しいよね。このパンの焦げがなんとも」
「ね! 噂になってるお店だったから、好奇心もあってさ。行ってみたかったんだよね」
見渡せばいくつかのカップルがオープンテラスで楽しそうに食している。
そこそこ身分のある人も訪れているみたい。サンドイッチは庶民では手が届かない食事なのかもしれない。
こちらの世界では珍しいのだろう。興醒めなことをいうのもアレだしね。
「この手で食べるっていうのが面白いね。普段はフォークとナイフを使っているから新鮮な気がするよ」
「だよね。一日三食しか食べられないんだし。もっと色々なものとか食べたいわ。ヒタリーとか、スパインとか、どんなの食べてるんだろう。フランツとか料理がすごく美味しいって聞いたことがあるし」
仕事モードから離れると、普通の女子と何も変わらない。
まだ、眩しさのない春日に照らされた彼女を見て、
「セルジアは食べるの好きみたいだね。いつも外食なの?」
「普段は自炊してるかな。こんなお店に私一人とか無理。家事もできない女って、思われるのは嫌だしね」
テラスを見回してみると、男性一人という姿はあっても、女性が一人、女性だけで食べているというのは見かけない。
「なんか大変だね。女の人も外食したいだろうに」
「そうそう。ユーヤの国って、どうなの?」
「うーん、女性だけで外食とかは全然オーケーだったよ。ただ、僕の国では刺身とか言って、魚を生食したりしてた」
「それジニーから聞いた。お腹壊さないの?」
「新鮮な魚限定だからね。いい物だと、舌の上でトロリと溶けちゃうって感じで美味しいよ」
「何かソースが違うとか言ってたそうね。ジニーから聞いた話だと」
「そうそう。さて、そろそろ。本題に入ろうか。ジネヴラとケンカの解決案」
「取りあえず食べ終わるの待ちなさいって、別に逃げたりしないわよ」
「……」
仕方がない。僕は椅子の背もたれに体重を預けた。
こうして見るとセルジアって顎が細い。骨格から違うんだなとつくづく思う。口も小さいし、急かすのも無粋だ。腕かけに肘をついて通りを眺める。
ミレー街の広場は広く、その周りにある店は茶店や食堂が並んでいる。一件、一件回ってみてもいいかもしれない。中にはハギス専門店みたいなものがあるかもしれないけれど、折角、こんな所に来たのだから、楽しまなくちゃ馬鹿らしい。
すると春の風が首筋をくぐり抜けた。昨晩は雷雨だったから、空気も冷え込んでいる。
「あれ、セルジア、寒いの?」
「ちょっとね」
ティーカップを持った指が細かく震えている。仕方ないなあ。勢いでそのまま出てきちゃったから。
「ほら、僕のジャケットを羽織って。寒いでしょ、セルジア」
「ありがとう。ユーヤって気が利くのね」
「いつもじゃないけどね」
「かもね。ジニーはあなたのことを放っておけないとか言ってたわよ」
「えっ? そうなの?」
「色々と面倒事に巻き込まれやすいから、目が離せないみたいなことを言ってたわね」
こっちに来てから色々あった。ちょっと思い返してみよう。
グリーン・ヒルに着いた途端に刑務所にぶち込まれ、DOGとの会見ではマルティナのフォローでテンパったり。それでもって食事会にラルカンと対面、その後にハッキングして、PTSDの症状出ちゃったから。(※8)
そりゃ、ジネヴラも目が離せないわ。
「最初にユーヤが監獄に入られたから何とかしてって言われた時はビックリしたもんだったけどね。突然、事務所に飛び込んできたから、私も何事かと思ったわよ。久しぶりに会ったのに挨拶なしだったし。有無を言わさず、監獄へ連れて行こうとするもんだから、大事件にでも巻き込まれでもしたのかって」
「あっ、そうなの?」
「そうなの、じゃないわよ。こっちは事情知らないまま連れて行かれたんだから」
「へえ、確か僕は三日ほど牢獄で過ごした記憶があるんだけど」
「そりゃ、いきなり面会っても手順があるのよ。親族でもないし。雇用関係も結べてないし。私は私でシェルフカンパニーでの架空商取引の案件まとめなきゃならなかったし」
「……ええと、シェルフカンパニーの所は聞かなかったことにしておくよ」
「いい心がけね」
ニコッと彼女は笑ってみせたが、目は笑っていなかった。
怖いよ、この人。
地雷がどこにあるのかわからねえ。
地雷差し出してきて踏まないの? と尋ねるのやめて下さい。本当、やめて下さい。
「てか、それより、ジネヴラの誤解解く方法考えるんじゃないの?」
「そうねえ。どうしたものかしら。ユーヤがこう強引に、”つべこべ言わずに、俺の話を聞け!”って言うっていうのはどうかしら?」
「セルジア、僕の声真似するのやめてくれない? それに僕はそんな喋り方してないと思う。強引に”話しを聞け”とかいうの、僕のキャラじゃないなあ」
「そうなの? 女からすれば、強引なのって、ちょっといいかもって思ったりもするわよ」
「そうなの! 嫌がられたりしないの!」
「いや、ユーヤ。そんなビックリして立ち上がるほどの話じゃないって」
「ごめん。ちょっと、壁ドンみたいな展開はアリなのが意外だったから」
「壁ドン? それって何のこと?」
「ほら、女の子が壁際に居たとして、僕がそこに覆い被さるようにして、片手を付いて迫るって感じ」
「いいねえ、それ。それ採用」
「あっ、セルジア、今適当言ったでしょ。適当に済ませて帰ろうと思ったでしょ?」
「えっ、何のことかしら」
「いやいやいや、セルジアが適当なこと言った時って、目が少しだけ右に動くんだよ」
「えっ、そうなの?」
「そうです。厳然たる事実です。事実、鞄を手にしているし」
「そうねえ」
「謝罪メールとかどう? もう、事実を打ち明けるってことで」
「それができれば、今朝あんなに悩んだりしないって! ジニーって怒らせると怖いのよ!」
あっ、そういや、セルジアがヒンヒン泣いてたって言ってたな。
でも、この話はちょっと地雷っぽいからそっとしておこう。
「うーん、ジネヴラの怒りが解けるってどれぐらい時間がかかるの?」
セルジアは真っ直ぐに指を伸ばした。三本立ってる。
「それって三日ということなのかな?」
「そうよ。私とジニーの場合は、暗黙の了解があって、三日後には仲直りって決めてるから」
「えー、三日後? 僕は三日間、あの屋敷で針のむしろってこと?」
「そういうこと。三日間耐えたら、いいんじゃないかな」
「えー、耐えられるかなあ。でも、耐えなきゃ仕方ないのか。三日後にはジネヴラと仲直りしてよ。これ約束だからね」
「わかった、わかった。それじゃ私は帰るわね。ユーヤもDOGの所に行かなきゃなんでしょ?」
ヤバい。
いや、かなりヤバい。
意識をコンソールに向けると、メールが二通届いていた。
一通はガシュヌア。本文を読むと怒っているのがわかる。”一日は1440分しかない”、から始まり延々と文章が続いている。メールで説教もらっちゃったよ。
もう一通はドラカンで……
本文が”ガシュヌア、ヤバイなう”って、何?
おーーい、ドラカン。お前、顔文字入れんなよ。
妙に凝った顔文字いらねえよ。
少し笑っちゃったけど。
「ヤバい、DOGから早く来いってメールが。取りあえず勘定すませとくね」
「あっ、ちょっとユーヤ待って、折半でいいわよね」
「えっ、僕が奢るのでいいよ。急いでるし」
「駄目。奢ってもらうとか絶対に駄目。男女平等を謳っている者が、奢ってもらうなんて有り得ないでしょう」
セルジアの目は本気っぽい。彼女の信念に関わる問題らしい。
勘定を払い終わって、DOGの所に向かおうとすると――
そこにジネヴラとマルティナが立っていた。
どうしてここにと、言おうとしたら、ジネヴラの表情が消えてゆくのがわかって、言葉が出てこなかった。
僕は今日ここで死ぬのかもしれない。
そんあことを考えていたら、セルジアが僕のジャケットを返してくれた。
「じゃ、ユーヤ、またね」
「ちょっ! セルジア!」
ジネヴラの方を怖々見ると、目が冷たい。彼女のブルーの瞳を見ていると、どういう訳だか氷山を思い出した。ジャケットは僕の手の中にあるんだけど、畳むのも忘れてしまった。
頬を撫でる春風が冷たく、ジネヴラの長く伸ばされた赤色の髪が風になびいていた。
カエルがヘビに睨まれた、という表現があるけど、さしずめ、今の状況はミジンコがティラノサウルスに睨まれてるという感じ。
ピクリとも動けない。お願い、ジネヴラ。何か喋って。
マルティナの方を見ると、これはもうクズを見るような目をしてた。
「ユウヤ、本当だったんだ……」
ジネヴラのか細い声を聞いて、手を伸ばそうとしたら、彼女は走り去って行った。
マルティナもそれを追いかけるように去っていく。
<Addtional Message>
※8 以下はコンテスト用に削除されており、後に追記します。
0x001C:変更後:プロジェクトがセル民族自治連盟と繋がりがあった際に、ユウヤがPTSDの症状が出て、ジネヴラが介抱します。
文字数制限で余分なエビソード入れると回収できなくなるので削除しています。
</Addtional Message>
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