第873話 茶番劇は
元天界、元創造神の玉座、この場は今は魔神王である僕の玉座だ。そこに竜の里との門を開け、里で待ってもらっていた仲間達と再会する。
『……にいさまっ!? にいさま、やっぱり無事だったんだね、よかった!』
その中には兄の姿もある。分裂していないと思い込んでいたが、やはりバックアップはあったのだ。
『え……? あぁ、僕死んだの?』
『え? う、うん……』
『そう……あぁ、この僕は分身とかじゃなくて、コアから新しくダウンロードした個体だよ。記憶は定期的に送信してたけど……結構ズレがあるみたいだね。後で教えて』
分身との違いは今の説明では分からなかったけれど、とりあえず頷いてライアーの方を向いた。
『兄さん……なんか、久しぶりな気がする』
『ヘル……! ぁ、クラールちゃん……お葬式やれるような状況じゃないよね、しばらく保存しておこうか』
兄もライアーもバツの悪そうな顔をしてクラールの死体を見つめる。そんな中アルは愛おしそうにクラールの身体を舐めた。
『クラール……』
クラール、僕の娘、最愛の娘、もう少しで死の運命を回避出来るはずだったのに僕がダラダラと戦っていたから死んでしまった可哀想な娘、死を悲しむべき相手だ。
しかし僕の瞳から涙は零れない。
『あれ……? おとーと、キミ、神性を獲得したの?』
『……どういう意味?』
『いや……天使を取り込んでたから神性っぽさは前からあったけど、ハッキリしたって言うか、世界に認められたって言うか…………本物の神に成ったみたい』
天使を全て取り込み、創造神の座に腰を下ろした。つまり僕が創造神に成り代わったということだ、魔性を持ったまま。
『まさに魔神……って感じ? 僕スライムなのに……』
天才と出来損ないの兄弟がスライムと魔神の兄弟に変化した。僕はもう兄に精神的優位に立たれることはないだろう。
『クラールのことは残念だ……とても。でも、必ず生まれ変わりを見つける。それが出来る永遠の命が僕とアルにはある。僕達の敵は殲滅したんだ、この世界の神は僕なんだから、僕に逆らう奴なんてもう居ない。ようやく安泰だよ……』
ずっと望んできた平穏な暮らしが手に入る。生命の実を食べさせれば子供達が幼くして死んでしまうこともないようだし、本当に全ての問題が解決したのだ。
『魔物使い様居ますか!』
玉座の間にベルゼブブが突っ込んできた。ルシフェルが人界と橋をかけたから悪魔である彼女も自由に出入りできるのだ。
『どうしたの、ベルゼブブ。そんなに焦らなくてももう敵は居ないよ』
『何言ってんですか大変なんですよ! ニャルラトホテプとあと何か知らない邪神ですよ、リソースが残り少ないとか言ってたから油断してました、アスタロトがずっと乗っ取られてたみたいで……あぁもう負けそうなんですとにかく早く来てください!』
『……そっか。忘れてたや。ありがとうベルゼブブ、君はここで待ってて、みんな、念の為に竜の里に戻っていて。ルシフェルは来て』
世界に神は一柱で十分だ。
『追い出してやるっ……!』
白い炎に包まれた一対の大きな翼を生やし、頭に篦鹿の角を生やして黒化させ、腕に変える。人界に降りると黒竜に変わったサタンがナイの顕現と争っていた。
『ルシフェル、撃て!』
黒翼から禍々しい光が十二本放たれ、絡み合い、一本となって顔の無い頭を撃ち抜く。僕も翼に溜めた白い炎を火球としてナイにぶつけた。
『神様! 効いてないよ』
『テイアイエル……眼を』
未来を司る天使の力を使い、攻撃が効かない理由を見破った。
『サタン! 攻撃中止、人に戻って! ルシフェル、アスタロト以外の地上に残ってる悪魔と固まって!』
ルシフェルが地上に向かい、サタンがスーツを着た男の姿に戻るのを確認する。巨大な顕現の頭上に飛んで眺めたが、決まった行動を繰り返すだけで僕を狙って爪を振らない。これはループ再生されている実体映像だ。
『アスタロトは現在過去未来を見通す悪魔だ、その悪魔を乗っ取って……空間まるごとループ再生させてるってことは…………時空系の、超強力な神性なんだね』
ナイに危険がないと悟り、地上に降りてアスタロトに向かう。しかし途中でサタンに肩を掴まれてしまった。
『魔物使い、先にリリスを治療しろ』
リリスの胸にはレイピアが突き刺さっていた。魔物なら何ともなさそうに見えるが、アレは魂に突き刺さっている。今の僕には見える。
『ラファエル……治癒を』
癒しの属性を引き出し、治癒の術をかけながら慎重にレイピアを引き抜く。そうしているとアスタロトが指を鳴らし、巨大な顕現は消滅した。リソースが残り少ないというのが嘘だろうと事実だろうと有限であることには変わりない、種が割れた大仕掛けは早々に消してしまうのだ。
『ジリ貧になれば向こうが不利よ、魔物使いくん。勝てるわ』
マンモンも同じ意見のようだ、しかし──
『ウムルさん、あなた……いざとなったら時間を戻してやり直せばいいと思ってるでしょう』
アスタロトを乗っ取った神性が余裕そうな顔をしているのには理由がある。
『……やり直すという言い方は正しくありませんし、私はウムル・アト=タゥイルではありません。アレはあくまで案内人』
『じゃあ、君は何』
『ヨグ=ソトース、貴方方を内包する私。貴方の目の前に居るのはアスタロト、私に触れた悪魔』
彼と長く話すのは得策ではない。ややこしい言葉を並べられて煙に巻かれるだけだ。
『さっきから自信満々って感じだけどさー、キミ、ボクに勝てると思ってる?』
『よーちゃんだけにも大苦戦なクセにさ、ボクを相手にする暇ある?』
『何度でも教えてあげる、ボクはニャルラトホテプ、顔が無く、千の顕現を持つ邪神。キミ達の理解も力も及ばない、それこそが特性、キミ達がボク達を退けられる訳がない!』
どこからともなくナイが増える。ライアーと同じ姿の者、見覚えのある子供の姿、ロキの姿を使っている者も居る。
『ブラフだね~』
不意に背後で声がして振り向けば、白い仮面をつけ黄色いローブを着た少年が立っていた。羊を思わせる白く巻いた髪を掻き分けて羊の角が生えている。
『ター君、君が勝てない訳ないよ~。神話の代表のクトゥルフを捨てて、僕を切り捨てて、嫁も捨てて、自分とヨグだけを顕現させてるんだ、リソースは限界だよ~』
『ハスター……着いてきてたんだ』
『君のお兄さんのにゃる君がねー、連れてきてくれた』
屈んでまでしてハスターの影に隠れていたライアーはバツが悪そうな顔をする。ナイとの戦いにおいてはライアーは足でまといどころか敵を増やすことになる、どうして来てしまったんだ。
『リソースが足りないから切り捨てた? 違うね、ボク達の顕現に力を貸してくれないから切ってやったんだ!』
『僕が協力しないのは分かってたよね~、ある程度神話の存在が顕現すると有名な僕は勝手に発生するから~、押さえられなかっただけでしょ~?』
ナイは珍しく顔を歪めて舌打ちをした。
『四大元素の神性は勝手に出ちゃうんだよね~。だから僕やクトゥルフは弱らせて退場という形を取るしかなかった~。ま、クトゥルフは誤算かな~?』
『……もういい、キミ達が何やったって、考え読まれたって、アース神族と巨人族の血を引く悪神に勝てる訳がない!』
ロキの姿をした顕現が動く。指輪から炎が巻き起こり、ライアーは即座にハスターと僕を両手に抱えて結界を張った。
『ルシフェル、サタン、そっちは!』
『余裕余裕、心配しないでよ神様ー!』
『今防いだのは余だ、自分の手柄のように言うな』
結界に絡みついた炎に視界を塞がれたが、仲間の無事は確認出来た。しかし、空間転移で結界内に侵入してきたロキにライアーが蹴り付けられた。
『このっ……! あぁ逃げた!』
結界の内壁に叩きつけられたライアーは魔法を放つが、ロキは再び姿をくらまし、ハスターの背後に現れて彼の後頭部に頭突きを食らわせた。
『痛っ! へぶっ……うう、痛いぃ……邪神成分抜けてなんか弱くなったんだよ~、来なきゃ良かった~』
簡単に吹っ飛んで結界の内壁に顔をぶつけ、座り込む。
『大した攻撃じゃない……遊んでる、いや、何か狙ってる…………ルシフェル! すぐに天界への橋を消して!』
『りょーかぃたいっ!? 今どこからっ……うわっ! ちょっとサタン、ちゃんと防いでくれよ!』
結界をすり抜けてルシフェルの元へ行き、影から引っ張り出した槍を彼らの元に居たナイに突き刺す。
『早く! 橋消して!』
空に向けて手を広げたルシフェルに無数の魔法が放たれる。やはりナイの狙いは天界へ侵入することだ。僕は三十六枚の翼を生やしてルシフェルを庇った。
『ん……よし、消えたよ神様』
これでナイは天界へ入れなくなったはずだ。天界に侵入するのは結界内に侵入するのとは訳が違う。間に合ったか、どうだ、ナイの顔を見れば分かる。
『ねぇボク、どうだったの? 間に合った?』
『……ダメ、だね。ボクのくせにドジなんだから』
『えー、あの狼さえ取れば楽に済むのにー』
アスタロトの周りに固まった特に重要だと思われる三体がヒソヒソと話している。やはり狙いはアルだったか、アルを人質にすれば僕を簡単に無力化出来るんだ、狙って当然だろう。
『ねぇター君ター君』
『……その背後に忍び寄るやつやめてよ』
『ヨグが出てるってことは~、神話的にこの世界はまぁるい時間が採用されてるってことだから~、いくらにゃる君が嫌がってもね~、尖った時間の存在が顕現すると思うんだよね~』
『…………それで?』
『だからね~?』
ハスターは僕の耳元で作戦を囁いた。僕はナイ達に関する知識は皆無だ、たとえよく分からないものだとしてもハスターの案に乗るしかない。
『分かった。やるよ。テイアイエル……』
未来を司る天使の力を最大限に発揮する。異界の存在に嗅ぎつけられるように、長く深く時間に干渉する。
『……こんなものかな』
力を解除し、異臭を嗅ぎ、成功を確信した。
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