第855話 雷を喰らう
広範囲攻撃が来るという僕の予想は外れて、ラミエルの翼に凝縮された神力は更に収束し、一本のビームとなって僕の身体をすり抜けた。そのビームの威力を見ておこうと振り返った僕の視界は白く染まる。爆発が起こったのだ。
『なんて威力だ……絶対欲しい』
ゼルクの天使分類に当てはめれば、ラミエルはおそらく特殊型の遠距離攻撃特化。僕が持っていないタイプだ。
『オファニエルみたいになってくれたら楽だったんだけどな』
『黒』に惚れているなら大人しく取り込まれて欲しい。確かに僕は『黒』ではないしタブリスとももはや言えないかもしれないが、その要素は持っているのだから盲目的に魂を捧げて欲しい。
『ぁん……? 今、当たったよな』
『……僕はそういうものなんだよ』
透過した状態では僕からの物理攻撃もすり抜けてしまうから、咄嗟の防御にしか使えない能力だった。しかし複数の属性を手に入れた今、僕は透過状態での攻撃方法も得ている。
まずザフィの力で雨を降らし、カマエルの力で雨に毒を混じらせる。
『幻……投影? どっちも違うな、なんなんだお前』
毒の雨を降らせて放置し、皮膚からの浸透を狙うのは悪手だ。
『氷塊……撃ち抜け』
翼を広げて冷気を溜め、氷塊を撃ち込む。僕から離れたものは透過の効果が切れるので飛び道具は使える。
『シャルギエルまで……!? クソっ! やばいっ……』
当然雷撃を小出しにして氷塊を防いでくる。溜めた神力を防御に使わせて大技を放つ余裕を失わせ、僕の魔力への抵抗力も削ぐ。
攻撃を透過する僕に勝つ未来が見えなかったのか、じわじわとした戦いは嫌いなのか、ラミエルは雷撃を四方八方に放って僕の目を眩ませて飛び立った。
『必要悪辣十項、其の七……絞殺』
魔力を実体化させた縄をラミエルの足に絡みつかせ、引っ張り落とす。
『並び、其の八……撃殺』
次に銃を実体化させてラミエルの肉体に穴を開け、毒の雨を体内に染み込ませる。
『続けて並び、其の十……爆殺』
彼を縛る縄も体内に染み込ませた雨水も毒も全て僕の魔力が実体となったり現象となったりしたものだ。そこで魔力を一気に膨張させるマスティマの技を使えば、当然、僕の目の前には真っ赤な絨毯のような光景が広がる。
『僕の勝ち……魂もらうよ、ラミエル。悲しまないで、しっかり使ってあげるから』
再生しようと蠢く肉片達にカマエルの技である毒針を打ち込み、ゆっくりと霊体と魂の切り離し作業を進める。
『……あった』
水晶玉のような真球の中では雷が絶えず巻き起こっていた。それを丸呑みにすると消化器官にピリピリと痺れたような感覚があって、スパイシーな料理を食べたような気分になった。
魂を失ってラミエルの霊体と肉体は崩れて消えていき、後には彼が着けていた装飾品や服、ギターが残された。僕はなんとなくギターを拾い上げ、彼は使っていなかった肩にかけるための帯を自身に引っ掛けた。
『…………結構、いい音じゃん』
喧しいだけの耳障りな音だと思っていたが、弾いてみると案外カッコイイ。何故か技術と知識も身についているし、このギターは貰っていこう。
『……アル、喜ぶかなぁ』
口を緩ませてカヤに跨り、ヴェーン邸に戻った。
カヤはウェナトリアとヘルメスを邸宅の庭に避難させていたらしく、彼らに出迎えられた。
「魔物使い君、無事だったか……よかった、勝ったのか?」
『ええ、戦利品もありますよ』
先程繋いだ腕の動作確認をしてからヘルメスを探せば、彼は庭の隅に寝転がった羊にもたれかかっていた。
『先輩、大丈夫ですか? 体調は?』
「すこぶる元気~……」
『これ以上癒したら神力と魔力の相殺が起きたりしそうですし……ハスター、ヘルメスさんの様子見てて、辛そうだったら……なんかこう、栄養のあるもの与えるとか、辛くない体勢で寝かせるとか、そういうのしてくれる?』
もう一頭の羊に掛けられていた黄色い布に話しかけると布はひとりでに持ち上がり、少年の体が布の中に現れ、仮面が僕の顔の前に浮かんだ。
『いいよ~、友達の先輩は……他人だけど~、ちゃんと見ておくよ~』
イマイチ不安な言い回しだが、まぁ大丈夫だろう。
『信頼してるよ、ハスター』
『信仰して~』
友人に手を振って邸内に入り、部屋の前まで行くと何をするでもなく立っている狼の獣人の男──11895と目が合った。
『ただいま戻りました、解決しましたから、どうぞ日常にお戻りください』
「ぁ……あぁ、魔王様、ありがとうございました」
11895はそそくさと邸宅を後にした。「どうしてここに留まっていたのだろう」という疑問を「ここなら安全だと思ったのだろう」という適当な予想で即座に解決し、部屋に入った。
『ただいま、アル』
『おかえり……それは何だ?』
『興味ある? エレクトリック・ギターって言ってね、楽器だよ』
速弾きを披露するとアルは顔を顰め、耳を寝かせた。
『喧しい』
『えー、カッコイイじゃん』
『……鳴らすな鬱陶しい、壊すぞ』
どこで入手すればいいのか分からないのに壊されては困る。僕は仕方なくギターを壁に立てかけ、ベッドに腰掛けた。
『続き、する?』
シーツの中に手を入れて手探りでアルの腰を撫でる。温かく柔らかい銀毛の感触が何とも言えず、心地良い。
『……………………する』
バスローブを脱いでアルが尾で持ち上げたシーツの中に潜り込むと、部屋の扉が勢いよく開いた。
「魔物使い君! 伝え忘れていたんだが、天使は他にも大勢入ってきていて──ぅわっ!?」
咄嗟に枕を投げつけてシーツを抜け出し、慌ててバスローブを着てウェナトリアの前に立った。
「ま、魔物使い君? 枕か……これは。どうしたんだ……私は何か無礼をしたかな」
『…………ノックしてください。すいませんでした、枕投げるなんて無礼を働いて……にしても、天使が大勢……? 一体何が……』
ラミエルのような天使が大勢来ているとしたら竜の里は壊滅的な被害を受ける。避難場所だというのに、天使に竜の里への門を開けられるはずはないのに、一体何があったんだ?
「魔物使い君、多分だけど……入り口? 開いてるんだよね、なんか空に穴あいてたもん」
『え……!? なんで!?』
竜の里に住む竜達は警戒心が強く臆病で、滅多なことでは外に出ないはずだ。長く生きている竜に伺った時でも外に出たものが居た話すら聞かなかった。出たとしても臆病な竜が開けっ放しにするというのは考えにくい。
『穴塞がないと……あぁでも天使がいっぱい来てて……』
「他に来てたのはだいたい陶器? だっけ? あの雑魚っぽいのばっかだから魔物使い君は入り口関係に専念していいよ」
『いいよって……悪魔達はみんな魔界の門を開通させに行っていて、こっちに戦力はほとんど…………ぁ、ダ、ダメですよ! 先輩はもう戦っちゃダメです!』
ヘルメスの顔がムッとしたものに変わる。常ににこやかな彼の不機嫌そうな顔は珍しく、僕を一瞬たじろがせた。
「…………そういう扱い、嫌いだな……何、俺は約立たずなの? 俺っ……そんなに邪魔!?」
『せ、先輩……違う……そんな、つもりじゃ……ごめんなさい。だって、先輩、次戦ったら本当に死んじゃう……』
珍しい怒鳴り声に久しぶりに萎縮し、勝手に涙が溢れてくる。治ったと思ったのに治っていなかった、僕は僕のままだ。
『ヘル? どうした、何を泣いている』
『アルっ……!』
『天使が来ているのだろう? 早く倒して食わなければならないんだろう? 私を置いてさっさと行くがいい』
『…………ぅ、ん……行くよ。アル、ヘルメスさんが戦おうとしないよう見てて、お願いね』
泣いていたのに、涙に気付かれていたのに、刺々しい物言いをされた。僕の心はそれでいっぱいになってしまって何も考えられず、カヤを呼んでラミエルと戦った場所にただ行くことしかできなかった。
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