第820話 竜狩りの大剣

門の外から僕を呼んでいたのはセネカだった。薄情にも僕を放って邸内に帰ったベルゼブブと兄達には後で恨み言を呟くとして、まず門の外に出よう。


『よっ……と、どうしたんですか、セネカさん』


開けるのは面倒なので飛び越えて、何やら興奮している様子のセネカと向かい合う。


『大変なんだよ大変なんだよ魔物使い君! ボク、レストランで働いてるでしょ? そこに懐かしい人が来たんだよ!』


『はぁ……よかったですね』


『それで、魔物使い君に会いたいって言ってるから来て欲しいんだ!』


懐かしいとはセネカにとってだけではなく僕にとってもなのか?

誰だと聞いても答えてくれないセネカに甘い苛立ちを募らせつつ、ぐいぐいと腕を引っ張る姿に大型犬らしさを感じつつ、彼女が働くレストランに共に向かった。


酒色の国には珍しい健全なレストラン。扉を抜ければベルが鳴り、その音に振り向く店員達に軽く頭を下げ、引っ張られるままに一人がけの席に案内された。壁に向かうそのその少女の長いオレンジの髪には、後頭部高くで結ぶその髪型には、何よりも机の横の床に寝かされた大剣には、見覚えがあった。


『…………セレナ?』


振り向いた少女の瞳は髪と同じオレンジで、記憶と同じ顔立ちをしていた。実際にはそう長い月日は経っていない、しかし過去を巡り生まれ直した僕の体感では彼女に会ったのは何十年も前のことだ。


「え……ま、魔物使い? だよな?」


食器を置き、鎧の擦れ合う音を鳴らして立ち上がる。


「な……え? な、ど……どうした? 髪……」


『あぁ……見た目かなり変わっちゃったよね、分かってくれて嬉しいよ。えっと、その……魔物使いとして成長した証拠、かな? この髪は……』


上位存在と化した話や髪が異常に伸びた原因の話は長くなってしまうので今はやめておこう。


「そ、そうか……魔物使いなんだよな? 久しぶりだな、元気そう……だな、よかった! これでも心配してたんだ!」


手を握ってぶんぶんと振り回され、懐かしい友人との再会を喜びつつも、僕の胸は不安だと騒いでいた。過去の友人……十六夜と雪華とは仲違いを起こした、殺し合う仲になった。セレナとも……という嫌な予感は拭えない。


『えっと……な、何してるの? ここで……』


「アタシは元々流浪の剣士だぜ? どこにいてもいいだろ。つっても、ここに来たのは雪華の師匠さん探しだけどな。アタシら手紙でやり取りしててさ、ちょっと前に師匠さんいなくなったらしくて……探せとは言われなかったけど、雪華は師匠さん大好きだろ? だから見つけてやろうと思ってさ」


元気な笑顔を浮かべるセレナにその必要はなくなったと伝えるのは気が引ける。


「んで、ちょっと調べてたら師匠さんは国家レベルの反逆者だって分かってさ……これ見つけても会わせらんねぇなとか思ったんだけど、見つけるだけ見つけようと思って、非加盟国回ってたんだ」


『そっか……なんか、セレナも大変だったんだね』


「まぁな。で、このレストランは結構前にこの国来た時からのお気に入りでさ。ほらこの国ってまともな店少ないだろ……? 前に頼んだステーキ食おうかとか新しいの試そうかとかメニュー見てたらセネカさんに声かけられてさ」


まださん付けなのか。勘違いとも言い切れない愉快な尊敬は続いていたんだな。


「にしても、まさか覚えてもらえてたとは思わなかったんで、嬉しかったっすよセネカさん」


『いやいやこちらこそ、セレナちゃんとはまともに話してなかったのにさぁ』


立っているのも疲れてきた、隣の席はちょうど空いているし椅子を借りよう。いや、もう何か食べてしまおうか。


「話ちょっと盛り上がってさ、お前の話になってセネカさんが「いるから呼んでくる」って言った時はビビったぜ」


『一応ここに定住してるから……』


「そうなのか?」


『魔物使い君はここの王様なんだよー?』


また説明が面倒なことを言う……


「はははっ、上手ですねーセネカさん!」


冗談に取られたか、まぁ当然だな。


『でもちょっと惜しかったよねぇ、もう少し前に来てたら結婚式やってたのにさ』


「結婚式? 誰のっすか?」


『魔物使い君のだよ』


「……マジかよお前! ウッソだろお前! お前アタシより歳下だよな……? クソっ……嫁さん紹介しろよ!」


『あ、うん、後でね……』


そういえばセレナはアルが生き返ったことを知らない……よな? これもまた説明が面倒だ。僕はどうしてこう単純に説明できない人生を送っているのだろう。


「あ、そうだ、雪華の師匠さん……零さんどこに居るか知らねぇ……よな?」


『いや……』


「知ってるのか!?」


『知ってる、さっき会った……っていうか、正義の国にも行ってきた』


雪華との決裂についても話しておこう。ここで彼女が雪華の方につくなら彼女とも殺し合う仲になると思うと憂鬱だけれど仕方ない。


『零さんが会いたいって言ってたから、付き添いで行ったんだ。僕も別の用事あったし。それで、零さん……ほら、国に反逆したでしょ? だから信心深い雪華にとってはすっごい失望だったみたいで、決別って言うか……もう、ダメみたい』


「…………そうか。ならアタシの最近の旅も無駄かー……」


『隣の国にいるから会いたいなら行けば?』


「いや、師匠さんとは話すことないし……」


『……ねぇ、セレナ。これから正義の国は戦争を起こすんだ、悪魔との』


「え……マジか」


『…………僕は魔物使いだから、悪魔側につく。って言うか……リーダー? みたいな。もう止めようがなくてさ……雪華に会いに行ったのもそれなんだ、正義の国にいたら危ないから引き抜きに行ったんだよ、ダメだったけど』


セレナは先程までの笑顔を消して真剣な顔をして聞いてくれている。


『……ねぇ、セレナ。どっちにつく? どっちにもならそれでいい。でも、正義の国に味方するなら……僕は、ここで』


『ちょ、ちょっと魔物使い君……?』


僕の魔力が戦闘態勢に入ったと気付いたのかセネカが弱々しく僕の手を握ってきた。


「正義の国になんか味方するわけねぇだろ。アタシの故郷はそこに滅ぼされてんだ、戦争するならちょうどいい……ぶっ潰し返してやる」


『…………こっちにつく、ってこと?』


「悪魔がどうなろうとどうでもいいけど、正義の国に復讐できるなら悪魔に魂だって売ってやる……って感じだな」


セレナの故郷は武芸の国なのだろうか。やはりと言うべきか何と言うべきか、味方に引き込める人材だった。


「雪華とはどうにか戦わずにいたいけどな、お前やセネカさんと仲間ってのは心強い…………おい? 魔物使い? どうしたんだよ、何泣いてんだよ」


泣いている? あぁ、本当だ。自分でも気付かないうちに涙が溢れていた、気付いてしまったら止められなくなった。


『ごめん……その、雪華の説得がダメで。他にも、友達だった人と殺し合うことになったこと……あって。セレナともそんなふうになったらどうしようってさっきからずーっと考えてたから、安心した……のかな』


「そうか…………いや、だよな、ダチだもんな、雪華は。師匠さんでダメだったんならアタシじゃ無理だと思うけど、一応手紙でも書いてみるか」


雪華とセレナは一度仲違いしたと聞いた。それでも文通を続けるような仲なら、どうにか説得できないだろうか。僕はまた淡い希望に縋り始めた。


「しっかしそうか……戦争かぁ、勝ち目あるのか?」


『国はともかく、天使の数も力もはっきりしないからね』


「でも悪魔と天使って五分なんだろ? なら人間同士の国潰しじゃん」


本当に五分なのか? そうでなければバランスが崩れているというのは分かるが、人界で自由に活動する天使と人界では十分に力を発揮できない悪魔を見ているととてもそうは思えない。


『ま……勝たなきゃいけないのは確実だよ。妻と娘のためにも……負ける訳にも死ぬ訳にもいかない』


「はは、カッコイイな……って待て娘!? 娘!? お前!?」


『えっ……ぁ、うん、少し前に生まれて……』


「はぁ!? マジかよお前……じゃあ何、アタシらとつるんでた頃にはもう嫁居たってことかよ!」


人間の妊娠期間から考えればそうなってしまうな。早めにアルとクラールを紹介して誤解を解かなければ。

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