第769話 獣人について

尻尾を揺らしてクラールをじゃれつかせて遊んでいるアルを眺め、笑みを零す。そうやって精神を落ち着かせてからツヅラに視線を戻した。


『……獣人はだいたい四人五人産むねん。犬猫はそんなんやろ? オオカミはんが娘さん一人だけ産んだんが不思議やわぁ』


僕としては腹などは人と同じ形の獣人が一度に何人も産む方が不思議だ。


『獣人は大体四つ子五つ子やねんけど、そんな増えてへんねんな。大体一つの家に一人か二人子供が居るんよ。それ以上居る家もあるけど、歳離れとる』


『え……? 四人も五人も居るんじゃ……歳離れてるってことは四つ子とかじゃないんですよね……』


『獣人は子供産んだ時、半分は正義の国に渡すことなっとるんよ。破ったら罰則……それは何あるんか知らんけど』


ツヅラは扉をチラチラと見ている。盗み聞きでも気にしているのだろうか。


『……俺はここの獣人ら見るまでこんな姿や知らんかってん。正義の国で見る獣人はみんな毛もくじゃらで獣の顔しとる。爪ももっと鋭いし骨格からして人とちゃう』


『え……? 耳と尻尾が動物のもので生態がちょっと動物寄りなだけじゃ……』


『ちゃうねん。二足歩行できるようなった獣……くらいな感じやねん。獣人言うたらな』


それなら、ここに居る獣人達は何だ。


『…………正義の国では獣人は労働や実験や何やらで使い捨てられとる。数産むし丈夫やし番っとったらほぼ毎年繁殖しよる』


酷い言い方だ。これはツヅラ自身の言葉ではなく正義の国のやり方を表現したものなのだろう、表情がそれを物語っている。


『…………本当に利用してるだけなんですね。庇護してるってのは……』


『繁殖用やから、やな。どの獣人がどの獣人と番になるかは正義の国のもんが決めとる。わざわざ離れたとこに置いてるんは他の国の目くらましのため、繁殖用個体のストレス緩和のため……』


家畜……より、酷いか。


『……魔物使い君は遺伝学の法則知っとる? 優性、独立、分離…………獣人同士の子供は四分の一が人に近い獣人で半分が獣人、もう四分の一が人に近い獣人になる』


『…………えっと?』


『獣に近い獣人……これは正義の国で労働に使われとるヤツ。獣人……これがここに居るヤツ。人に近い獣人……これが正義の国で玩具にされとるヤツ』


半分を正義の国に渡している、というのは獣に近い者と人に近い者か。そしてここに残るのは耳や尻尾にだけ獣の特徴を残す獣人達、と。


『人に近い獣人は見た目には獣人とは分からん。人間より目や耳や良かったりするらしいけど……俺には分からん』


『労働力は何となく分かりますけど、玩具って……?』


『良かったら性風俗店やら召使いやら……悪かったら新しい拷問や処刑器具の試し。正義の国の国民は善良で正義感に満ち溢れとる。正義の国では創造神と天使以外で食うもんやのぅて人でないもんは悪やから、獣人を虐げるんはむしろ正義や。ま……ガス抜きやわな』


獣人は神獣の末裔と伝えられているから大切にされていると聞いていたが、それはただの方便なのか? 獣人の口からそう聞いたのに……もしかして彼らも知らないのか? なら何故子供を半分渡すことを許容しているんだ?


『……神獣の末裔っていうのは』


『繁殖用個体のストレス緩和のための方便』


『……どうやって子供を半分持ってくんですか?』


『忘却を司る天使が居って……名前は、確か……ポテーやったかな。そいつが子供の回収役や』


忘却を司る天使。その能力は詳しく聞かなくても分かる。

連れていく子供の記憶を親から消しているのだ、そうすれば産んだ母親だってその子達を抱き上げただろう父親だって最初から残った子供達しかいなかったと認識し、連れて行かれたとすら分からない。


『そんなっ……』


昔なら「ふぅん酷いね」で済ませられた。声が震えてしまうのは、手が震えてしまうのは、僕に子供が居るからだ。

クラール、ドッペル、ハルプ……僕の子供達、この内の誰かが連れて行かれて、その記憶を消されて、その子の存在すら思い出せなくなったとしたら──そう考えると声と手が震えてしまう。


『…………天使には、分からないんですか。どんな気持ちで膨らんでいくお腹を撫でるのか、どんな気持ちで出産を待つのか、どんな気持ちで子供を抱き上げるのか……初めて目を開けたら、初めて声を上げたら、ご飯を食べたら、歩いたら、喋ったら、走ったら……どう思うのか、分からないんですか』


『知らんよ俺は……天使の考えてることなんか。せやけど、獣人の扱いやら子供の回収方法やら考えたんは人間やよ、多分。天使らはわざわざ人間用のシステム作ったりせぇへん』


『人間……人間なら、子供がどんなものなのか、分かるはず……』


『分からんよ。他人やもん』


『………………そう、ですね。他人……ですもんね。他人なんか……どうでもいいんだ』


他者がどうなろうと、どう思おうと、どうでもいい。もしくはそんな考えにすら至らない。そうでなければ殺人なんて出来ない。僕もついさっきこの手で少女を滅多刺しにした。あの一刺し一刺しに彼女の人生を夢想した訳ではない、彼女の家族がどう思うかなんて考えなかった、彼女の人生を踏み躙る覚悟なんてなかった。ただ、ただ、別の時間で娘を殺したアイツが憎かった。


『……どうして正義の国はそんな天使を顎で使うような真似ができるんですか? 前に獣人の国が滅びかけた時なんてラファエルが来てた……あの人、相当上の位なんでしょう?』


『まぁ……他の神さんと違うて創造神がこの世界で最も正当な神性っていうんが何でなんか、それ考えたら分かるんちゃう』


『………………信者の数?』


クトゥルフは信者を欲しがっていた。ハスターも信者を気にしていた。きっと神性にとって重要なものだ。


『正解や。神性に正当性を与えるんが信者の数、そして心酔度合い。正義の国の政府の連中は信者を増やすんが上手い。せやから自分で考えることをあんませぇへん天使連中を創造神様は貸し出しとるんやろ。そんな人界ばっかり気にしてへんやろうしな』


『ツヅラさんはどうしてそこまで分かってて創造神を信仰していられるんですか?』


『ぁー……なんでやろな。分からへん。ただ、創造神様に祈っとる時は……何より落ち着くんよ』


ツヅラはぼうっと上を見上げ、それから目を閉じる。


『学生ん時はなーんも知らんかった。創造神様のことだけ、神学校で教わったことしか知らんかった。自分が深きものどもと人魚のハーフで、そのうち深海の主に殉じなあかんのも、唯一の親友と……兄弟と離れなあかんのも、なーんも知らんかった』


親友、兄弟とは零のことだろうか。親友なのは見ていて分かるが、兄弟とまで言う仲だったとは。


『俺を拾ってくれたおじいさん、名前付けてくれたぷーやん、ずっと隣居った零、学校で仲良うしてくれた友達…………全員、そのうち、敵……俺はクトゥルフの手駒で、ぷーやんはその俺を整えとっただけで……せやから俺につづら竜一りょういちなんて名前付けよった』


ツヅラは牙のような歯を食いしばり、ようやく開いた目で虚空を睨みつける。


『……いつか人生捨てなあかんことなんて、考えとぉなくて。ずーっと創造神様の信者で居ったらこの人生進んでいける』


『…………だから、創造神を?』


『……かもなぁ。ははっ……えらい自己中な理由の神父が居ったもんやなぁ、あかんわ、こんなもんやったら創造神様の方から切られてまうわ』


思い出を守るため、人生を存続させるための信仰か……そういうのもあるんだな。


『……せや、魔物使い君。零はさっき言うた獣人のこと知らんねん。俺もぷーやんから嫌がらせで教えられただけやし……零、多分えらいショック受けるやろから、言わんといたってな』


『ぁ……はい』


嫌がらせで教えたとは相変わらずの邪神っぷり。深く知れば憎めなくなることもあるこの世界で唯一、全て知っても憎悪をぶつけられると確信出来る相手だ。

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