第620話 消極的な平行線
無理に止めるのも消化不良になるだろうと、カルディナールとウェナトリアには喧嘩しておいてもらうことにした。僕は仲間達を集めて彼らから離れ、別個で会議を行う。
『神虫、どう思う?』
『……俺らは喰われるとこやったからなぁ』
『倒したい?』
『もう関わりとぉない、やな』
僕達としては関わる理由はない。この島に結界を張り、ベルフェゴールを連れ出せさえすればいいのだから。しかし亜種人類が助けを求めるなら放置はできない。
『そうだ、ベルフェゴール。君とウェナトリアさんの契約って切れるの?』
『グリモア使ってないからすぐ切れるよん。向こうに落ち度はないから違約の代償こっちが払わなきゃでやりたくないけど、少年みたいなかぁいい少年が言うなら仕方ないかなぁ』
好かれているようで何よりだ。
『なら後でやるとして……兄さん、結界は?』
『地脈を利用して魔法陣を描こうと思ってるから、ちょっと時間かかるけど今すぐにでも出来るよ』
『……一応ウェナトリアさんに話した方がいいよね。後でね。そうそう兄さん、神虫を探知とか出来ないかな』
ベルフェゴールは悪魔だから魔力豊潤なこの島では探知での発見は困難だった。と考えれば唯一の神性である神虫は容易に見つかるはずだ。
『んー……島に魔力が満ちてるからなぁ』
『神虫は神性なんでしょ?』
『そうなんだけど、植物に混じってるのはあの虫の神力なんだよ。神力と魔力は割とコロコロ転じるからさぁ、その辺は感覚的な話になるんだけどねー? あれ多分妖鬼の国のだし……曖昧なんだよ』
酒呑も神性も魔性もそう変わらないなんて話していたな。明確な違いも同じ点も言ってくれないから理解は出来ていないけれど。
『……待てよ。鬼、君の服のその涎から何とかなるかも』
『涎ぇ? んなもん……あったわきっしょいのぉ』
ライアーは酒呑の服のシミに手を翳し、魔法陣を浮かべた。
『…………よし、分析できた。虫は……大穴に居るみたいだね。死んではないよ、動いてもないけど。寝てるのか瀕死なのかは……よく分からないね』
セネカの攻撃を受けて底に落とされても生きているとなるとかなりの頑強さが窺える。
『あの大穴アリの巣みたいになっててね、あたしそのうちの一つにやーらかいのたぁっくさん集めて寝てるんだよー、少年も今度一緒に寝ようね』
『遠慮します。その巣って島全体に地下経路みたいになってる?』
『んー……なってんじゃないかなぁ。面倒だから調べてはないけどかなーり広いよ』
だとしたら今床や壁を突き破って神虫が現れる可能性もあるということだ。ライアーには常に居場所を探知していてもらおうか。
『ガキ、相対した時の対応も考えておくべきではないか?』
『カルコス……たまにいいこと言うよね。そうだね、鬼を食べるなら酒呑と茨木が狙われるのかな? 酒呑、気配分かるなら茨木の横にいてあげてね。で、戦うならやっぱりセネカさんにお任せしたいんですけど』
『ボクは別にいいよ。でもあの……神虫? だっけ。なんか……カブト虫とか、そんな感じの鎧みたいな皮膚してて攻撃あんまり通らないんだよねー……さっきのも叩き落としたって感じだし』
『……なら援護もしましょうか。クリューソス、様……遠距離攻撃出来たよね、様子見てセネカさんの援護してあげて』
クリューソスはぷいっとそっぽを向く。しつこく確認してしまいたくなるが、彼が了承していることは何となく分かるようになってきた。
『……ヘル、私は?』
『お兄ちゃんも放置されてるよ』
『アルは僕の隣で待機。兄さんは探知で回避指示、怪我人が出たら治して』
僕、今すごくリーダーっぽい。
そんなことを考える時点でリーダーらしくない? だが表に出さなければ周囲からの印象に変わりはない。
『そうそう、ベルフェゴール。君には僕達と一緒に来てもらいたいんだけど』
『行く行くー、かぁいい少年と退廃的な生活送りたし!』
『酒色の国なんだけどさ、何が出来る?』
『ほよ……何? とは何かね少年』
『仕事だよ。フェル忙しそうだし家事手伝うってのでもいいけど』
ベルフェゴールは顔を真っ青にして首を激しく横に振った。
『あ、あたしに働けって!? サタン様ですらそんなむごいこと言わなかったよ!』
むごいのか。
『……いや、働かない人いらないし』
『あーっ! ぁーっ! トラウマぁーっ! 戦力っつったじゃん少年、あたし寝てるだけで戦闘の手助けんなるもん!』
『寝てなくても敵のやる気奪えるんだろ? なら戦ってよ』
『いくらかぁいい少年でもその頼みは聞けない!』
どうする。折れるか? 怠惰や堕落は彼女の固有属性、最も求めるのが惰眠である以上、物で釣って働かせることは不可能。敵のやる気を奪い眠らせる能力は欲しいから家で寝ているだけでも十分ではある。
『あ、なんか真剣な顔してる。かぁーいいなぁー……分かってくれたかな少年、あたしが今起きてるのは奇跡! 機敏に動くとか勤勉に働くとかは……無理中の無理!』
『無理……』
『そう、無理!』
『…………道理を蹴散らし無理を通す、って言うよね』
『いっ、言わないよ!? どったの少年気でも触れた!?』
無理が通れば道理が引っ込む、が正しいのだったか。無理を通しては道理のない世の中になってしまう……無理を通すのはよくないといった意味だったとは思うけれど、ベルフェゴールの怠惰が道理だとは思いたくないし、そんな道理なら蹴散らしてもいいだろう。
『……まぁ、気が触れてるのは元々だと思うけど』
冗談のつもりでボソッと呟いた。
『せやな』
『だよね』
『分かる』
『酒呑、セネカさん、兄さん、思ってもいいから声に出さないで傷付くから』
あえて言わないのも優しさだと思う。そんな優しさを持つアルの頭を撫で、苛立ちを緩和する。
『で、えっと……まぁ何の仕事するかは来てから決めていいよ』
『あぅっ、働くのは確定な感じ! やだやだ助けてサタン様ぁ……』
『せやけど頭領も働いてへんよな』
『酒呑、君なんで余計なことばっかり言うの?』
働いていない立場で他人に「働け」なんて言えない。ベルフェゴールの腹が立つ笑顔に苛立ちを煽られ、僕は叫んだ。
『僕は働きたくないの!』
『……ヘル、それは』
『アルだって朝も昼も夜も寝てるでしょ』
『…………まぁ、そうだな』
僕は時折指摘されるのにアルは何も言われないのは納得がいかない。
『僕は働かない、アルと部屋でゴロゴロする。でもベルフェゴールは働く、いいね?』
『なーんにもよくないよ少年!』
『 働 け 、いいね?』
『そっ、その声ずるいぃ……分かったっすよ……』
反則? いや、これは正当な僕の技だ。
さて、ベルフェゴールの言いくるめも終わったことだし二人の喧嘩をそろそろ止めようか。
『ウェナトリアさん、カルディナールさん、あの、そろそろ……』
声をかけた時には睨み合うだけで会話はやめていた。
「……悪かったね、魔物使い君。カルディナールとは考え方が違うとハッキリした、もう相談も会話も必要無いよ」
「そうね……本当、残念だわ」
話しても無駄だと悟ったのか。しかし国王と軍を持つ者が対立するのは些かまずい事態ではないだろうか、ホルニッセ族もウェナトリアを嫌っているようだし、これは国営の危機だ。
『……神虫はどうするんですか?』
『ずっと探知してるけど全然動かないからあのまま死ぬかもしれないけど、休眠に入るって可能性もあるよ』
二人のどちらの意見を聞くのか、なんて板挟みにされてはたまらない。神虫にはどうかこのまま地下で朽ちてもらいたい。
「……神を殺すのは反対だが、消えていく神を無理に引き止めるつもりはない」
「私はトドメを刺したいと思っているけれど……国王様がこの調子ですものね、死を願うだけに留めておくわ」
カルディナールは無理にウェナトリアに逆らう気はないのか。一安心……なのだろうか。無鉄砲でないということは計算高いということ、対立候補としては好ましくない。
僕はウェナトリアを人柄で応援しているが、国営にまでは手も口も出さない。どうか頑張って、そう心の中で呟いた。
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