第613話 選別完了
植物の国にベルフェゴールの助けに向かうという旨を話すと皆は声には出さないものの表情は暗くなった。だが、その雰囲気を壊してくれる者が居た。
『じゃあその悪魔さんささっと助けて一緒に遊ぼうよ、ね! その人川遊びとか好きそう?』
セネカだ。彼女は的外れな発言も多いがその分ムードメーカーとしての能力が高い。集団に一人は欲しいタイプだ。
『ほな行く奴はよ決めてまおか』
『ぁ、そうそう、ベルフェゴールはかなり強い悪魔だからね、そのベルフェゴールが助けを求めるくらいだからかなり危険だと思うんだ。僕は絶対行くから自動的に兄さんも行くことになって……』
『俺も行くで』
『……え? ぁ、ありがと……酒呑も行くって。で……』
『私も行くぞ』
『アル……うん、アルもね。それで……』
『なら我も』
『え、ぁ、うん……ありがとう』
着いてきてくれるのはありがたいけれど、僕が最後まで話してからまとめて言って欲しい。それは僕のワガママなのだろうか。
『グロルちゃん、君はお留守番して欲しいんだ。で、子守りを……メル、フェル、君達に頼みたい』
『……ワタシ、約立たず?』
『全然そんなことないよ。グロルちゃんはメルに懐いてるから』
『…………嫌、嫌よ、ワタシ……ずっと守られて、庇われて、なんて……嫌』
メルは僕に似ているところがある。だから役に立てないのが嫌だというのも分かる、自分の存在を否定されている気になるんだろう? けれども事実、メルは戦闘に向かない。
『……お兄ちゃん、僕も……嫌だ。僕、魔法ある程度使えるから、だから』
『魔法ならボクの方が上手いよ? ねぇ、ヘールー……ボクはあの虐待魔より上手いよねぇ』
メルが言わなければフェルは留守番を受け入れていただろう。グロルが黙っているのがありがたく思えてきた。
「感情で物言わずにちったぁ頭使いやがれ、弱ぇんだよお前らは、俺もな。着いてっても意味ねぇどころか邪魔になる、だよな? 魔物使い」
『……邪魔、なんて』
「ハッキリ言った方がいいぜ? 強い敵より無能な味方が恐い、だろ?」
その通りなのだがヴェーンは言葉が尖りすぎている。まぁ、多少空気が悪くなっても話が進まないよりはマシだから良い働きをしてくれたと言えるけれど。
『…………メル。その、邪魔とか約立たずとかじゃなくてさ、メルは他の人より川遊び楽しんでるみたいだから……』
『……分かってるわよ、ごめんなさい、分かってたの…………ねぇだーりん? ワタシ別に川遊びが好きなわけじゃないのよ。ホント、女心の分からない人ね』
川遊びが好きでもないのに提案したのか? ベルフェゴールの危機さえなければ良い結果になっただろうから別に問題はないけれど、ただ単に不思議だ。
『えっと、フェル……』
『僕はよく留守番してるし、別にいいよ。にいさま帰ってくるかもしれないしね。怖いところなんて行きたくないし。ちょっとお兄ちゃんにワガママ言ってみたかっただけなんだ』
『…………フェル、いい子で待っててね。お兄ちゃんとの約束だよ。いい子にしてたら早く帰ってくるからね』
『……何、もう……そういうのは子供に言ったげなよ』
生まれてからの日数を素直に数えるのなら最年少はフェルだ、一歳にもなっていない。
『帰ってきたらワガママ聞いてあげる。悪い子になっていいよ、なんでも言ってね』
いい子、という言葉が僕は嫌いだった。それはフェルも同じかもしれない。
『まだるっこいなぁ……他残るもん居るかー』
あまりのんびりしていられない。植物の国までの移動は──空間転移でいいのだろうか、この人数を長距離運んで不備は出ないだろうか、魔法の国で聞いた空間転移の事故の話はどれも悲惨だった。
『セネカさんは……』
『行くつもりだけど……も、もしかしてボクも戦力外かな?』
『いえ、セネカさんは一二を争う強さだと思いますよ』
『え? そ、そうかなぁ……えへへー』
魔物使いの力を使って魔力を移す手間をかけずとも手首や首を切って血を与えるだけで即座に供給出来る、出力も補給効率も高い良い味方だ。
『クリューソス、様……は来るの?』
『何だ、まさか俺が弱いとでも言うのか。下等生物にはその程度の知性もないのか?』
『い、いや、面倒臭がりそうだなって』
『……ふんっ』
天使を模していて魔性嫌いなくせに植物の国になんて行って大丈夫だろうか。向こうでの対応が心配だ。
『……そろそろいい? 空間転移の準備は終わってるよ、行かない人は円から出て』
『兄さん、この人数で植物の国なんて遠いところ行って大丈夫なの?』
『余裕だよ、キミの実兄にとっても余裕だろうからね』
ヴェーンがグロルを抱え、輝きを放ち始めた魔法陣の外に出た。不満そうにしながらも手を振るメルに手を振り返し、そうしているうちに僕の視界は光の洪水に侵される。
『……あっ、これ水着っ……着替えーっ!』
そんなセネカの叫びと同時に浮遊感を味わった。
足裏に地面を感じて目を開ければ断崖絶壁に立っていることが分かった。
『……おや、経度がズレてたかな』
そう呟いたライアーは崖の途中から生えた折れ曲がった木の上に立っていた。
『兄さん!? だっ、大丈夫?』
『うーん、体調的にはね。でも小さな失敗に落ち込んでるからほっぺふにふにさせて欲しいな、弟のほっぺたで遊ぶと精神状態が回復する生き物なんだよ、兄というのは』
真面目な顔で長々と説明されては訳も分からず頷くしかない。すると黒く筋張った手が僕の頬を摘み、ふにふにと弄び始めた。
『何遊んどんねん』
パコンッと子気味良い音が鳴る。
『痛いよ』
『で? 頭領、どこ行くんや』
速くてよく分からなかったけれど酒呑がライアーの頭を叩いた音だったらしい。手が早い、そして手が速い。
『真ん中の方に居るはずだけど……』
あの大穴に落ちてはたまらない、ライアーに空間転移を頼みたいがその前に詳細な地図を渡したい。影の中に入っていたりはしないかと屈んで影を漁っていると、ごろんとアルが寝転がった。
『……アル? 邪魔なんだけど』
『…………眠い。撫でてくれ』
『は? ぁ、あのね、アル……今そんな状況じゃないでしょ?』
突然の要求に混乱しているとクリューソスが太腿に頭を擦り付け、座ったまま寝息を立て始めた。
『んー……うちもちょっと寝るわ。おやすみ……』
茨木までその場に座り込み、木に背を預けて眠り始めた。
『ま、魔物使い君? なんか変じゃないかなこれ』
セネカは平気そうだ。
『…………今日まだ飲んでへんねんけどな』
酒呑は眠そうではあるが立ってはいる。カルコスはすっかり眠ってしまったアルの首の皮を噛んで引っ張っている、眠くはなさそうだ。
『……『堕落の呪』だ。眠くなるやつ。まだあるってことはベルフェゴールは一応生きてるってこと……だよね?』
呪いには術者が死んでも解けないものが多い。眠気そのものが存在しなさそうなライアーを見上げると頷いたが、何だか信用出来ない。
『ベルフェゴールに会って対象外にしてもらうのが一番だと思うけど、これじゃベルフェゴールを探せもしないし……』
『見ろ、兄弟が全く起きんぞ!』
『うんうるさい。兄さん、何か魔法ない?』
アルを持ち上げて振り回し楽しそうなカルコスを一蹴し、ライアーの服の裾を引く。
『反対魔法でいいかな。結界じゃ動きにくいし』
彼は人差し指を噛んで皮膚を破るとその傷から流れ出した黒い液体を酒呑の服に擦り付けた。
『……なんや気持ち悪い』
眠いからか反応も薄い。ライアーはそれを全員に施すと指を鳴らした。すると液体は服や毛皮の上で蠢いて魔法陣となり、皆がパッと目を開けた。
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