第515話 星々と神々

澄んだ空気の夜だった。

満天の──降るような星空は美しくて、数え切れないほど見てきた夜空のどれよりも美しくて、久方ぶりに退屈を忘れた。

流れ星も現れ始めて、幾つも幾つも流れて行って、一人で見ているのは勿体なかった。そう思ったからだろうか、孤独の寂しさを思い出してしまったからだろうか、知らぬ間に背後に子供が居た。


『キミ、一人? 星見るの好き? 一緒に見ない?』


それだけだった気もするし、倍以上の質問があった気もするけれど、よく覚えていない。

その子供も夜空と同じように異常なまでに美しくて、退屈を忘れられる予感がして、子供の誘いに乗った。

輝き落ちる星空を夜に溶けるような黒く美しい子供と眺めていた──


『──多分、彼らはあの時来たばかりなんだ。そのはずだった。けれどずっと前から……人類以前の星の支配者だった、いつの間にかそうなっていた、知らない間に封じられた、そんな歴史が完成していた』


ある朝前世の僕が目を覚ますと『黒』が枕の横に腰掛け、夜空を眺めた話をしていた。前世の僕は意味の分からない話は要らないと真面目に聞かなかったが、僕には分かった。

ナイが来たのだと。


『……僕は自由意志を司る。だから何の影響も受けない、だから分かる。彼らがこの星を支配していた、彼らが封印されて人間がこの星で繁栄した、そう捏造されたと気付けた! 気が付いてしまったから、それがバレたから……彼が来たんだ』


「朝から頭使わせないでよー……」


『君はいつだって頭を使ってないだろ。本当に大変な事態なんだよ、でも誰も気付いてない。僕の妄想だって言われるだけだ、その歴史の証拠はあるからね』


「夢だよ夢、星の綺麗な夜だったから天使でも夢見たの」


『今から調査してくるよ。妄想だって現実だって、暇潰しになるなら僕にとっては真実だからね。僕は何の影響も受けないけれど、彼と友達にはなった。遊びに行ってくる』


「…………長々喋って新しい友達出来たって自慢してたの? 行っておいでよ、別に僕は君の親でも何でもないんだからさぁ」


前世の僕は『黒』に適当に手を振り、厄介払いが出来たとでもいうように二度寝を始めた。けれど僕には分かった。ナイは『黒』に接触している。今は信頼関係を築き、後々名前を奪うのだ。

記録を見ているだけの僕には何も出来ない、しかし事情が分かればナイを出し抜く方法も見つかるはずだ。僕は注意深い観察を続ける。



それから数週間、ナハトは完璧な自然を作り上げ、流れ着いたはみ出し者達を受け入れ、国の基礎を築いていった。

急速に成長する集落には天使も悪魔も興味を持ち、時折遠巻きに眺めている影を見かけた。前世の僕はその気配に敏感で、結界を張っているナハトよりも早く気が付いた。ナハトはそれが気に入らない様子だった。


「……そろそろ国を名乗っても良さそうだな」


「神様居ないのに?」


王権は神が与えるものだ。その神が創造神なのか自然神なのか、はたまた神を騙った悪魔なのかは別として。


「神には頼らんと言っているだろう!」


「形だけでも用意しないと信用がないよ?」


「……ここに居るのは神に認められなかった者達ばかりだ、神を嫌う者も多いだろう」


「認められなかった人達だからこそ、認めてもらえる神様を欲しがると思うけど」


元荒野のこの地は今はあくまでも集落、もしくは仮居住地。ここに居る者のほとんどが自分が住めそうな国を探すための休憩所として利用している。農業も始まったし酪農も近々始まる、明後日には水路を整えるつもりだ。

けれど、それでも、住民達は安心して住める『神に庇護される国』を探している。


「……あの堕天使もどきは最近来ないのか?」


「なんか新しい友達出来たみたいでね」


「…………知っているか? 近頃奇妙な出来事が各国で多発している。突然居なくなったかと思えば遠く離れた地で干からびた死体で見つかったり、数日姿を見せなかった者が何年も閉じ込められていたと話したり、化け物が襲ってくると騒ぎ始めた者達が集団自殺を行ったり」


「何、急に」


「……ここを国にしなければならない。この際神はなんでもいい、あの堕天使もどきでも構わない。とにかく何か、人間を超える力を持つ者を……人語を操れるのなら魔獣でも構わない」


ナハトの表情は鬼気迫るものだ。正当な魔術師として働ける地に移住するだけのつもりだったのに、今や彼女はこの世で最も完璧な国を作りその王になろうとしている。


「このところよく聞かれるんだ、その術はどんな神様に教わったのですかと! 何とかはぐらかしてはいるが……もう限界だ! お前は魔物使いだろう、何か悪魔でも魔獣でも連れて来い! 人の言葉が話せて人に近い形をしながらも一目で人でないと分かり、尚且つ頭が良ければなんでもいい!」


無茶な要求だ。僕の前世もそう思ったようで、探してくるなんて嘯いて散歩に出かけた。しかし完全に諦めている訳でもないらしく、遠巻きに眺めている悪魔を品定めしているような仕草も見せている。


「……人に近い形をしながらも一目で人でないと分かる…………やっぱり、羽とか角とか? あまり邪悪なのは神様っぽくない、出来れば好感が持てる異形……そんなの居るわけない」


大きな蝙蝠の翼は人々には恐ろしく映る。結界の外を飛ぶ悪魔を見つけて怯える住人も多い。角は形によるだろうけど、これもやはり良い印象はない。

前世の僕が見つけられる悪魔は恐ろしい見た目の者ばかりで、気が滅入ったのか早々に散歩を切り上げた。


「……あぁ! 帰って来たか! やったぞ、神様を見つけた!」


扉を開いてすぐ、ナハトがそう叫んだ。


「何でもこの地に眠っていた自然神らしくてな、私がここの魔力を弄ったから目を覚ましたらしい! 反転や活性化も神に良い影響を与えたらしく、向こうから来てくれたんだ、是非恩返しがしたいと! 見たか魔物使い! やはり私は凄い、神に恩を作ったぞ! 何の役にも立たないお前とは違うな!」


そう続けた彼女の瞳はどこか虚ろで、僕は兄を思い出した。いや……兄だけではない。この虚ろな瞳は魔法の国の民特有の瞳だ。国が滅びて他国を旅して初めて特殊だと分かった、僕も同じ目をしている。

何も魔法陣がある訳ではない、虹彩の色も形も正常だ。なら何がおかしいか?


「しかもその神は魔術でも呪術でもない術を知っていたんだ、魔法とか言ったか……私にそれを教えると言った! 見ていろ魔物使い、お前なんて足元にも及ばない存在になってやるからな! そうだ、私はこの世界で最も優れている! この世界の征服者だ!」


焦点が合わないのだ。どこを見ているかは何となくでしか分からず、見つめ合えば微かな違和感を覚える。魅力だと取る者は多いが、長時間共に居ると不安になるだろう。

そしてもう一つ、瞳孔だ。全く働かない訳ではないが、大きさがほとんど変わらない。常に開いている。僕は魔眼になってから瞳孔らしい瞳孔が見た目には分からなくなってしまったから、鏡ではもう確認出来ないけれど。


「……ナハトちゃん、その神様……どこに居るの?」


「ん? あぁ、目覚めたばかりで不安定らしいからな。像や祭壇を作って人界に存在を確立させなければならない。像が完成したら見せてやる、お前に出来ることはないから……そうだな、いつものように寝ているといい」


焦点や瞳孔もそうなのだが、何故か忌避感を覚えるというのが一番の特徴だろう。他国民は本能的に察してしまう、イカれていると。

しかし僕のように伏し目がちだったり、片目を隠していたり、目の下にクマがあったりすれば精神状態よりも健康状態が悪いのだろうという判断になるからか、僕はそこまで瞳で忌避されることはなかった。


「いや、もう何もしなくていい。魔法が使えるようになれば私が一瞬で家事を終わらせる。お前は必要無い」


「…………ひどいこと言うね」


出ていけと言外にそう含ませている、前世の僕はそう感じたようだ。けれど僕はナハトの言いたいことは真逆だと察してしまった。


「……お前はこの世で最も価値の無い存在になる。だから二度と外に出ずこの家で何もせず寝ているといい、私の人形になるんだ。誰とも会うな、私以外と会話するな、私以外を目に映すな、いや──もう目も手足も要らないか?」


「ちょ……ちょっと待ってよナハトちゃん……」


ナハトは僕を魔術で拘束し、マチェットを構える。


「ま、待って待って待って! 目が無くなったら毎日可愛いを更新するナハトちゃんを見れなくなっちゃうし、腕を落とされたらナハトちゃんを揉めなくなっちゃう!」


「……お前に触らせると思うか? まぁ、その言い分も分かる……足は要らないな?」


「要る! 要ります! ナハトちゃん前言ってたじゃん! 自分より背の低い男はありえないって! 足切ったら半分になっちゃう! 僕がナハトちゃんにありえなくなっちゃう!」


「………………私のために残したいと?」


「十割自分のためだよ! ナハトちゃんに好かれたいしナハトちゃんを全身で味わいたい! せっかく全部揃って今まで生きてこれたんだから、この先もナハトちゃんを全力で味わいたい!」


「そっ、そうか? そうか、そう……か、よし! 気が変わった」


僕の前世の今の言葉は本心なのだろうか……今までの言動を見ていると口からでまかせにも思える。けれどナハトを好きなのは事実のようだし、完全な嘘という訳でもないのだろうか。

自分の前世なのによく分からない。

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