第468話 階段の相談

牢獄の国は緯度の高い場所にあり、太陽に照らされようとも気温は他国に比べて圧倒的に低い。

ヘルはそんな寒い真昼に毛布にくるまって眠っていた。昨晩の夜更かしが祟ったのだ。


『……ホンットにもう、やめてくださいよ』


仲間達はヘルを部屋に置いて広間に集まり、食事を楽しんでいた。アル以外の者は皆「ヘルうるさいのが居ないうちに」と人間を喰っている。

酒呑は教会の備蓄の葡萄酒を何瓶も飲み干し、エアは教会の蔵書を読みながら髪に擬態させた触手から肉を取り込んでいた。

そしてベルゼブブはと言うと調理していない生の肉に顔を顰めながら冷たい床に座ったアルを睨んでいた。


『私の存在忘れてイチャイチャイチャイチャ……』


『…………申し訳ございません』


『ヘルシャフト様は私の御馳走です、先輩に一片も食べさせてたまるもんですか』


『……ぁあ?』


『あぁ? 何ですかその目は』


途中までは頭を下げていたものの、ヘルを餌扱いされてアルも負けじと睨み返す。


『ガラわっるいのぉ……』


『そーそ。ヘルは僕のだってのにねぇ』


『……頭領大変やなぁ』


仲間内での一触即発が多過ぎる。種族と見た目に似合わず平和を望む酒呑は皆が仲良くなる方法を考え──面倒臭くなって数秒でやめた。


『私はヘルシャフト様の耳の上に居たんです! だってのに耳元でボソボソボソボソ……二人っきりなんだから小声で話さなくても誰にも聞かれませんよ!』


『……ヘルは囁かれるのを好むようで』


『聞いてましたから知ってますよ!』


『可愛らしいでしょう? 私が一言囁く度に身を捩らせて……恥じらいながら「もっと」とねだって』


『あ、何か違うふうにも聞こえますねソレ。イイですよ、その話し方でもっとください』


今回は勃発する前に収まったが、いつ乱闘が始まるか分からない。しかもこの中でその流血沙汰を嫌って避けようとしているのは酒呑だけ、彼は段々と「付いて来なければよかった」と思い始めた。


『……そういや王さんどこ行きはったん』


『君が昨日酒漁ってる時に城に返したよ。一応大神を退治したって事で報酬は用意するから、欲しかったら取りに来いだってさ』


『めんどくさいのぉ、持ってこいや』


『だよね。でもま、人間がこの山登るより僕が空間転移した方が早いし、今回は別にいいかな』


酒呑はエアとの距離が縮まっているのではないかと乱闘リスク軽減に期待を抱き、エアの「今回は別にいい」という柔らかい「二度目は無い」の脅し文句を聞き流した。


『ヘルシャフト様の目はとっとと治すべきですね。確かに私は他人の情事覗くのが趣味ですが、貴方達のはそこまで深くない上に倒錯しまくってて……先輩が男だったらまだ美味しく頂けるんですけど』


『ヘルの目を戻す条件などはあるのですか?』


『おっと急に真面目な話に行きましたね。そうですね、扱いは魔眼で練習しない限り上手くなりませんし、やっぱりもっと戦力が欲しいです』


真面目な話の気配を感じ、エアは椅子を二人の傍に動かす。


『手下に出来そうな奴に心当たりある?』


『まず悪魔は従えられますよ。でも今の状態だと危険ですね、ヘルシャフト様を喰うと決めた連中が束になったら相手しきれません。侵略戦においては数より質ですが、防衛戦においては質より数です』


アルは兄弟達以外に顔見知りは居ない、酒呑には昔多くの部下が居たが残っているのは茨木だけだ。当然のことながらエアに知人は居ない。


『……いつかの魔物使いは竜族と親交がありましたね』


『竜族? 絶滅危惧種だろ』


『いえ、空間をねじまげて隠れているだけです。どこかの山に隠れ里を作っているはずですよ』


この中で最も顔が広いのはベルゼブブだ、ヘルの前世がどう動いていたかもある程度分かっている。


『シェリーとかいう白銀竜と恋仲になってましてね、その子の繋がりで竜族は戦争に参加したんですよ』


『…………魔物使いってみんな四足歩行好きなの?』


『知りませんよ。白銀種はほぼ二足だったはずですし』


拾ってきた死体も尽き、備蓄されていた葡萄酒も尽きた。四人は一つの机に向かい、気を緩めたまま相談を続ける。


『それでどうなったんですか? ベルゼブブ様』


『竜族側は壊滅状態、魔物使いは死亡。恋人……恋竜は後を追って死亡。まぁ、戦争は終わりましたし、逃げ延びた竜族は細々と血を繋いでいますから、勝負には勝ったと言えるでしょう』


『……此度も竜族を仲間に引き入れるのですか?』


種族や年齢にもよるが神霊に匹敵する力を持つモノも居る。自然神の一種として崇めている地域もある。そんな竜族を仲間に引き入れられればそれほど心強い事はない。


『無理ですね。絶滅を何とか回避したというのに恩知らずにも竜族は魔物使いを忌避しています。隠れ里から出てくることも滅多にありません』


『兵器の国で捕まってた竜はヘルに懐いたけど』


『何かやらかしでもしたのか隠れ里から追い出された種も居ますからね。そいつらの子孫は魔物使いのことなんて知らないはずです。ですが、ま、人界に居るのは弱っちいのばっかりですよ』


『……心当たり出して欲しいんだけど』


『そう言われましてもね。神や天使を相手にするならそれこそ同等の力を持つものを──』


言いながらベルゼブブはハっと目を見開き、机を叩いて立ち上がり、エアを指差す。


『外来種! あの戦神ですよ、アレなら大体の天使一撃ですし、創造神にだって刃が届くかも!』


『あぁ……そういえば戻ってこないね。時間の流れ違うのかな』


『他の……そう、砂漠の国のように創造神に居場所を追われた立場の神なら、力を貸すかも知れません』


問題点は二つ。現在の人界の主である創造神に対し、世界を追われた神は今や外来種。世界に体する干渉能力が弱い。

もう一つは神性であれば魔物使いの力の影響を受けることはなく、裏切ってこちらに刃を向けても無力化が難しいこと。


『魔物と人間の共存なんて目指したら天使に襲われるのは分かってます。ですから先に天界を落とすべきですね。なので……界を繋ぐことの出来る者が必要です』


『君は無理なの?』


『あくまでも悪魔なので、天界には行けませんよ。強さ関係ないんです』


『……クリューソスは入界許可を下ろされていますが』


『一人用の翼じゃなくて、誰でも昇れる階段が欲しいんです』


人界と天界を別つ結界を破り、二つの界の隙間を塞ぐ、もしくは橋をかけることが出来る者が必要だ。悪魔ではその両方とも不可能で、異界の神では隙間を渡れない。


『神にアクセス出来て神を恨むもしくはヘルシャフト様が好きな強力な力を持つモノ……』


『そんな都合のいい奴居ないよ。天界に行ける時点で創造神の下っ端だ』


『…………ルシフェル、とか』


ベルゼブブが呟いた名前にアルはぴくぴくと耳を揺らす。


『堕天使ならまだ天界に橋をかけられます。ルシフェルなら結界も破れるでしょうし、最適ですよ』


『協力してくれるなら、ね』


エアも酒呑もルシフェルについては聞いていた。その強さも、ベルゼブブの主観が混じった性格分析も、ヘルとアルとの因縁も……


『それ言うてみぃ、頭領ブチ切れんで』


『ですよねー。先輩に手ぇ出された時の魔力の増幅具合ったら……悪魔でもあんなに感情の起伏に魔力が影響される奴は居ませんよ』


感情の起伏という言葉にアルは首飾りを見る。昨日は激しく色が変わったり、ドス黒い霧が渦巻いていたりしたが、今は淡い色がゆらゆらと現れては消えている。


『……それ、ヘルシャフト様の心の状態を測るのに丁度よさそうですね』


『…………黒はどんな感情を表していたのでしょう』


『そのまんまドス黒い気分ってことでしょ。殺人衝動自殺衝動破滅願望……私に思い付くのはこんなもんです』


取るに足らないことでも抱え込んでしまうヘルはよくそういった気分になる。消えてしまいたいと、世界そのもの壊れてしまえと。まぁ、ほとんどの場合において本気ではない。


『色よりも様子を気にするべきだと思うね。ぐるぐる変わるとか、輝きが強いとか、原色に近いとか、そういうの』


『昨日先輩の死体と向かい合ってた時はぐっるぐる変わってましたねぇ。最終的には真っ黒になってましたし。今は落ち着いてるんでしょう』


戦力集めの相談も天界に攻め入る相談も他愛ない話題も尽き、広間に静寂が戻ってくる。

無言に耐えかね、アルは宝石を前足でつついて自分を誤魔化した。そうしていると淡い色は鮮烈な赤に変わり、柔らかな光は目に刺さる輝きに変わる。

アルはこれ幸いと気まずい広間を駆け抜け、愛し子の待つ部屋に向かった。

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