第433話 召喚されるモノ

劇場に人が残っていることを知り、呪術師シャバハは劇場を死体に襲わせた。火の神性を喚び出さんとする教徒達はシャバハが正面玄関で暴れている間に裏口から劇場に侵入した。


教徒達はシャバハが殺されたことも、エア達が既に部屋に侵入した事を知らない。

エア達は教徒達がこちらに来るだろうと思いながら暇を持て余していた。


「召喚を阻止するならその陣消しておいた方がいいんじゃないですか?」


『特殊なインクらしくてね、擦ったくらいじゃ消せないんですよ。魔法使えば消せると思いますけど、あの蝿おん……ベルゼブブさんが魔法は使わない方がいいとか言ってましたからね』


『別に魔法使っても大丈夫だと思うんだけどなぁ……』


『僕もそう思うけどね。でもま、喚び出そうとしてる連中は人間だし、魔法使わなくても特に問題は無いよ』


アルに視線をやり、笑みを浮かべる。触手による攻撃も人間相手なら致死ではあるが、魔法を使わない状況ならば一番の戦力はアルだ。


『……に、にいさま! 壁に、壁にさっきの!』


エアとアルが瞳だけで会話していると、フェルが壁を指差してエアの腕を引っ張る。

壁には先程四人が通ってきたものと同じ黒い円が出来ていた。


『……来たか』


円から黒いローブを着た男が現れ──アルに喉笛を食いちぎられ、その場に倒れた。次々と現れる同じ格好をした者共はその死体に躓き、床に積み重なっていく。


『間抜けみたいだね。フェル、リンさん、後ろの壁に背をつけてて!』


「なっ、なぜここに人が……」


『それを知る必要は無いよ』


一番初めに起き上がった者はエアの髪に、いや触手に胸を貫かれる。それを見た他の者共は驚愕し、大声を上げながらも目的の為にエアに飛びかかった。


『はっ! 無駄、無駄。目障りなだけ』


自由自在に動く触手は首を刈り取り、心臓を抉り出し、脳幹を穿いた。

だが、立ち上がりエアやアルに向かった者はただの陽動。本命は這いずって魔法陣を完成させた者だ。

容易く人を殺し、喰らい、万能感に浸るエアの足元。先程まで未完成だった魔法陣が輝き出す。


「え、えぇと……フングルイ、ムグルぅっ!?」


詠唱を始めた青年の口に触手が入り込む。


『……僕の気分を悪くさせた罪は重いよ? 馬鹿正直に殺されてれば良かったのにね』


「うっ……ぐ、ぅ…………クトゥ、ぐ……ぁ……」


『まぁ、その根性は認めてあげる。嫌いだけどね』


髪が途中から変質した触手は全て青年の口に入れられ、青年は詠唱を止めざるをえなかった。青年の腹が歪に膨らみ、手足がぶるぶると震え出し、程なくして身体は弾けるようにしてバラバラに引き裂かれた。


「ひっ……」


リンはその残虐な殺害方法に怯えながらも冷静にフェルの目を塞ぎ、声を殺した。今のエアが人間の声に反応して触手を向けると本能的に判断していたのだ。


『これで全部かな。まぁ腹ごしらえにはなったよ。さ、帰ろ』


エアはシャバハから奪った首飾りを掲げ、黒い円を開く。アルがその円を初めに通り、外は安全だと首だけを出して伝えた。


『フェル、リンさん、手を』


リンはフェルを抱え上げ、目を細め眉を顰め口を真一文字に閉じ、人間の残骸を飛び越えた。

フェルを円の前に立たせると黒蛇がフェルの胴に絡み、彼の姿は円の向こうに消えた。大丈夫だと分かっていながらもリンは円に入るのを躊躇っている。


『……ん?』


エアは魔法陣の中心から炎が溢れ出ている事に気が付いた。


「な、何? お兄さん、何かあったんです?」


『…………いや、大丈夫。早く行って』


その炎は宙に浮かび、小さな輪となった。エアはリンを円に押し込み、自分も円に背を預けた。


『防護結界発動、属性付与! 水!』


炎の輪の中に三つの花弁のような火が浮かぶ。それと同時にエアは召喚陣を覆って結界を構築し、円に飛び込んだ。

舞台の裏に飛び出てすぐに首飾りを投げ、円を閉ざす。その慌てようを見た三人は不安を覚え、エアに「何があった」と訊ねる。


『………………やばい』


そう呟き、三人に触手を巻き付け、空間転移の魔法を発動させる。転移先は鬼達が待つ広間で、エアは彼らにも触手を巻き付けてもう一度転移した。


『お……? あにさん? なんや、飛んだんか?』


劇場の外、酒呑は周囲を見回し気の抜けた声で話す。だが、エアの表情を見てその緩んだ顔は引き締まる。


『…………説明せぇ』


『ごめん、無理。ちょっと黙って下がってて』


肩を掴む酒呑を無視し、エアは劇場を中心として巨大な魔法陣を現した。


『なんで魔法使ってるんか、何をそない焦っとるんか、何があったんか全部説明せぇ!』


『やめて! にいさまの邪魔しないで、多分本当に大変な状況なんだよ、僕も分からないけど……でも、本当に、ダメ』


エアに掴みかかる酒呑の服を引っ張り、フェルは震えた声でそう言った。酒呑は大きなため息を吐いてエアから手を離し、何処からか盗んでいた酒をあおった。


『地下に超高エネルギー反応! マグマ……いえ、これは……』


『──我等が主よ、我等は救いを願わん』


茨木はレーダーに地下室に現れたモノを補足し、事態の緊急性と危険性を薄らと理解する。


『外なる神よ、待つ者よ、退散を願わん。どうか、どうか──』


エアは魔法陣の前で跪き、手を固く組み、呪文を繰り返す。


『退散せよ……』


ゆっくりと顔を上げ、目を開き、燃え上がった劇場を見た。


「い、いきなり燃えた!?」


『兄君……アレは何だ? 召喚は阻止したのではなかったのか? あの神性は……この世に存在していいモノなのか?』


エアが描いた魔法陣を上書きするように炎が走り幾何学模様を描く。その走った炎は魔法陣の端に辿り着くと小さな煙を上げ、消えた。


『増殖、並列処理開始、退散の呪文の詠唱を再度──』


エアの髪が伸びながら溶け、地面に広がったコールタールにも似た液体に脳が浮かぶ。

先程と同じ呪文を繰り返すその様は病的にも見えた。


『茨木! そのなんやけったいなもんでアレが何や分からんのか!』


『超高熱の……炎の、神性だろうということしか』


『…………分かる。伝わってくる。アレの狙いが……』


フェルはふらふらとエアの隣に並び、魔法陣に作られた淡い青色の壁に手を触れさせる。


『人間を、滅ぼす。いや、この星を……全て、焼き尽くし、喰い尽くす』


エアが張った結界から漏れ出した熱、神力、そういったものからフェルは神性の情報を読み取っていた。それはエアが仕込んだ高適応細胞がなせる技だ。アルや鬼達はただ肌を焼く熱に痛みを覚えている。


「なっ、なんで人間を滅ぼすなんて……」


『それは分からない、いや……それも伝わってくるけど、何が言いたいのか分からないっていうか、理解出来ないっていうか…………うぅん、きっと理解しようだなんて思うことこそが間違いなんだ』


フェルはじっと炎を見つめる。傍に寄ってきた輪のようなものに目を奪われている。エアはそんな事には気が付かず、一心不乱に呪文を唱えていた。

結界に輪が触れ、閃光を放つ。神性が結界を破ろうとしているのだ。


『一旦下がるぞ! 鬼共、先行しろ! 私は兄君を連れて行く!』


アルは結界が破られるだろうと予測し、エアの胴に尾を巻き付けて鬼達の後を追う。フェルとリンが結界の傍から離れていないと気が付いたのはその一瞬後だった。


『フェル! 何をしている! 早くリンを連れて離れろ!』


その声を聞いてフェルはようやく動いた。だが、遅過ぎた。


『茨木! 撃て!』


『分かってます!』


リンは茨木が荷電粒子砲を撃つ事を察していた。だからフェルを抱えて横に飛び退けた。

真っ直ぐに空を走った光線は炎の輪と花弁に命中する──が、特に損傷は見られない。


『兄君、早くもう一度結界を! フェルとリンが危ない!』


『退散せよ、外なる神よ、退散せよ、退散せよ退散せよ──』


『兄君! フェルが……!』


アルはエアが結界よりも退散の呪文を優先している事を──フェルとリンの命を軽んじていると判断し、エアを落として反対方向に走った。

全速力を出して、フェルとリンを背負って踵を返し、また全速力で走って……間に合うかどうかを考えている暇はなかった。

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