第386話 双子と兎
兄やトールと合流する為、ジェイに復讐する為、フェルに彼らの行き先を聞く。けれどフェルはスライムに戻った後あまりの損傷と脳の機能不全により溶けてしまい、感覚器官を作っておらず、何も分からないとの事だ。
「……どうしよう。この穴降りてみる?」
『やめておけ。とりあえず外に出よう。貴方の兄も力が戻ったのなら今頃彼奴を拷問している頃だろう、そのうち出てくるさ』
「…………フェル?」
『賛成かな。ここ寒いし、暗いし、臭いし』
「……結構格好付けて復讐するとか言ったんだけどなぁ」
匂いの元はフェルの血だろう。そう思いながらも多数決に負けた僕は地上に戻った。ところどころに見える人影は人形ではなく、人間の見た目をしていた。極彩色の服を着ている以外は他の国と相違ない。
『あぁ……まだ寒い。ねぇ、狼に引っ付いていい?』
「……いいけど」
『やった。わ、もふもふだぁ……』
アルは自分に抱き着いたフェルを翼で包み、温める。僕の足に尾を巻き付けて引き寄せ、僕も翼で包む。
『寒いなら家で待つか?』
「うーん……どうしようかなぁ。って言うかさ、魔法の国の様子見に行きたいんだよね、ベルゼブブとか……鬼達とか……平気だとは思うけど」
彼らも無事なら離れているだろうし、危険地帯となっているであろう魔法の国に行くのは得策ではない。分かっているが、この目で確認しておきたい。
「……ぁ、そうだ。カヤ、にいさまの様子見てきて。連れてこなくていいから」
背筋に悪寒が走る。これはカヤが動いた証だ。僕は自分を抱き締めつつ、カヤが帰ってくるのを待った。
『……ゴ、主……ジん、様』
「ああ、おかえりカヤ」
数秒後、半透明の大きな犬が僕の前に現れる。カヤを初めて見たフェルが驚くのを横目で楽しみながら、拙いカヤの言葉を解読する。
『痛覚……ソウ、さ? で、人…………はは、ははは……言っ、テ』
「痛覚操作魔法で十倍返しして大笑いしてる、って感じかなぁ。トールさんは?」
『……ソノ、yoコ。に、ぼ……たっ?』
「その横にぼーっと立ってた? なんか想像出来る」
僕の解釈が合っていれば、兄達の帰りは遅くなりそうだ。ため息を吐いてアルに腰掛けると、フェルがカヤについて説明を求める。
「犬神だよ。酷い呪いで作られる……なんだろう、魔物かなぁ、とにかく……うん、呪いから生まれた子なんだ。元々は普通の犬」
『ふぅーん……? よく分かんないけど、なんか親近感あるなぁ』
生き物の腹から産まれたのではない生き物同士……いや、カヤは生きていると言っていいのかも怪しいけれど。とにかく、彼らは何かしら通じるものがあるらしい。
『……ゴシュ、人……様? 同……一?』
「あぁ、この子はフェルシュング。僕の弟。仲良くしてね」
『おと……ト? 了…………』
カヤはすっと僕に擦り寄り、姿を消した。
『…………ヘル』
「何?」
『……僕は記憶を消されてしまって、君の複製でありながら君の知り合いを全く知らない。だからさ…………だから、色々話してよ。僕に楽しいこと教えて、ヘルお兄ちゃん』
「…………もちろん!」
願っていたのとは違った形だけれど、家族が出来た。甘えられる兄ではなく、甘えさせなければいけない弟が出来た。
きっとこれは僕の願望よりも健康的な幸せだろう。歪だけれど良い兄弟だ。
「何から話そうかな。じゃあまずアルと会った時の話を……」
兄が来るまでの最高の暇潰しだ。僕はアルから降りて、フェルをアルに座らせる。二人でアルに乗るのは可能だけれど、アルに悪いし、彼だけを座らせた方が兄らしさが出るだろう。
僕は事実そのままではつまらないだろうと脚色した話を頭の中で組み立てる。だが、いざ話そうと口を開くと、ウサギが足元に擦り寄ってきた。
「何だよもう……」
『可愛い! 抱かせてよ!』
真っ白いウサギを抱き上げる。その額には三日月のような模様があった。ウサギはとても大人しく、フェルにも黙って抱かれていた。
『かーわーいーぃー!』
「……小動物好きなのかな」
『貴方はどうなんだ? 私のような大きく恐ろしい見た目のものより、そんな小さく可愛らしいものの方が好きなのではないか?』
「え? アルは可愛いよ? 僕はアルより可愛い子見たことないけど」
『ヘル……貴方は、またそんな……』
アルは顔を背け、ぶつぶつと聞き取れない愚痴を呟く。
『もふもふだぁ……』
「ねぇ、なんかぶぅぶぅ言ってない? そのウサギ……」
『ええ? あ、ホントだ。撫でられるの気持ちいいのかな?』
ウサギの鳴き声は初めて聞いた。そもそもウサギに会うこと自体が稀なのだ。このウサギは確か
温泉の国での出来事を思い出す。これもフェルに話そうと、頭の中で脚色を始めた。集中する為に目を閉じた僕の耳に、人が殴られた時のような鈍い音が届く。
「フェル!? どうし……っ、え!? な、何!?」
フェルはアルの上から落ちて、代わりにウサギがアルの上に乗っていた。
『ヘル……退けてくれ、このウサギは何か嫌な予感がする』
「待ってね! フェル! フェル、平気!? フェル!」
過去がトラウマにでもなっているのか怯えるアルを放って、起き上がらないフェルに駆け寄る。
『……ウサギに蹴られた』
「大丈夫? どこか折れてない? 凄い音したよ?」
『僕スライムだから……骨無いよ』
「スライムはそんなしっかり喋らないしちゃんと服着てないし人間をお兄ちゃんって呼んだりしない! いい加減スライムを自称するのやめなよ」
『いやスライムだよ、自称じゃなくて事実。さっき溶けてたの見ただろ?』
スライムだとか人間だとか気にするな、僕の弟には変わりない……的な事を言いたかったのだが、フェルには変な目で見られてしまった。
言い直すべきか黙するべきか考えていると、背後から女の子の声が降ってきた。
「ご、ごめんなさい~! 私のウサギが…………あれ? あれれ?」
腰まである長い黒髪、微かに潤んだ大きな黒い瞳。身長の割に少し幼いその顔には見覚えがあった。
「……十六夜さん?」
「ヘルさん? きゃー! お久しぶりです! こんな所で会うなんて運命を感じざるを得な……ぇ?」
白いウサギを抱き上げた十六夜は、視線を僕の顔から僕の下へと目線を移す。そう、倒れたままのフェルを見た。
「きゃー!? ヘルさんが分裂したぁ! ま、まさか殴られた衝撃で……あわわ、ど、ど、どうしましょう……」
「落ち着いて十六夜さん、僕は分裂してない。そういう生き物じゃないから。この子は……」
「分裂してない!? な、ならこれは……あの噂の幽体離脱!? 生きているのに霊体が抜け出すという……あの…………きゃー! ごめんなさいヘルさん! ウサちゃんに悪気はないんですぅ! 安らかに眠ってください!」
「勝手に殺さないで」
十六夜はこんなにも人の話を聞かない部類の人間だったか。騒がしくて少し鬱陶しいというのは覚えているけれど、以前はそれなりに会話も出来ていたと思うのだが。
「はっ! そうですヘルさん、日が沈んで月が昇れば天使様がいらっしゃいます! 天使様ならきっとヘルさんを身体に戻す方法を知っているはずです! 天使様が来るまで気をしっかり持ってください」
『……喧しいぞ、ヘルの話を聞け』
「あっ、アルさん! お元気でしたか!」
『貴様が来るまではな。貴様が来てからは頭が痛い。ヘルの話を聞け』
「う、恨み言ですか……?」
「うん、まずね。僕死んでないから」
僕は十六夜の手を握る。すると十六夜は「触れるー!」と叫んだ。甲高い声に苛立つアルを宥めながら、助け起こしたフェルにも触れさせる。
「や、やはり分裂……」
「違うよ。この子はフェル、フェルシュング。僕の双子の弟」
「弟……双子の? はぁー、そんな方がいらっしゃったんですか。なるほど……」
十六夜には身の上話はしていないはずだ。皆が十六夜のようならいいが、残った家族が兄だけなんて話してしまった人にはフェルをどう説明しよう。
「フェルさんですね、よろしくお願いします。私は
フェルは軽く会釈をしながら握手を交わし、僕に耳打ちする。
『……やばい人?』
「いや、良い人だよ。変な人だけど」
『思い込みが激しい上に騒がしいがな……ウサギが乱暴だがな……この女はこの上なく善人だ』
アルはため息を吐きながらそう話す。やはりウサギには良い感情は無いらしい。
少々失礼なこの会話は、得意げな顔でポーズを決めている十六夜には聞こえていない。ポーズをやめて姿勢を正し、十六夜はまた改めて満面の笑みで「よろしくお願いします」と言った。
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