第351話 入国管理局
鬼達は入国出来ないだろう。船が一緒になっただけで赤の他人だと印象付ける為に、僕は彼らから目を離した。耳だけで様子を伺った。
「スキャンさせていただきますねー、はい……人間ですねー。問題ありません、どうぞお入りくださいねー」
『に、人間? 問題無し……? あ、あぁ、さよか』
酒呑は不思議そうな顔をして僕の横に並んだ。
『なんや知らんけど行けたわ』
「何今の……なんで? まさか君、本当は人間だったの?」
『ちゃうけど……壊れてたんか?』
鬼には反応しない、とか。
いや、ありえない。たとえ鬼という生き物の情報が登録されていないとしても、人間だという結果は出ないはずだ。
偶然酒呑の時だけ機器の調子が悪かったのか……なんて考えたが、茨木も人間だと認定された。
「全員通れたね……なんでだろ」
『ふぅん……せやねぇ、まぁ故障かもしれんし…………そうやったら分かる前に隠れた方がええかもしれんねぇ』
「そ、そうだね。とりあえず行こうか」
僕はアルの首輪に繋がる紐を腕に巻きつけ、早足で仮の施設を後にした。
アルのせいか衆目を集めてしまう。僕達は狭く人通りの少ない道を選んで進んだ。
『のぉ茨木、すきゃんってどーいったもんなんや』
『細こう調べはりますんよ、断層撮影……もあった思います』
『イマイチよぅ分からんな…………せや、調べるもんのそばに見えへんもんが居ったらどないなるん』
『機器の前に居るんやったら分かる思います』
アルは首輪を付けられて不機嫌なのか、施設を出てから一言も喋らない。その代わりとでも言いたげに鬼達は僕の後ろで何やら先程の不自然を解明しようとお喋りに花を咲かせている。
『…………犬神! 居るか!』
「わっ、なに急に……」
『自分に取り憑いとるんやったら自分すきゃんされた時に自分の判定は犬神なるやろ。ならんかったんなら居らんっちゅーこっちゃ』
「え……? カ、カヤ!? カヤ、居るよね?」
立ち止まって周囲を見回す。二度、三度首を振ると、カヤが突然僕の隣に現われる。
「…………居るじゃん。もう……驚かせないでよ」
カヤに変わった様子はない、真っ直ぐに僕を見つめている。
僕は酒呑に非難の視線を向け、再び歩き出した。
『のぉ茨木、確か妖鬼の国にもなんや変な……機械っちゅーもんはあったなぁ』
『ここほどではありませんが、確かに』
『あぁ、あんまし流行らんかった。なんでやったか覚えとるか』
『妖鬼の国は物や思いが変質しやすい土地で……機械みたいな複雑なもんはすぐに壊れてまうから、やったかと』
『……霊体の妖は物に入り込める、やったなぁ』
ええ、との茨木の肯定を待たず、酒呑は僕に並び、僕の顔の少し上あたりを見つめ、ニヤリと笑った。
『助かったわ、おおきに』
それだけ言うと酒呑は僕の後ろに戻り、上機嫌に鼻歌を歌い出した。
彼の言動の理由はイマイチよく分からないが、まぁ機嫌が良くなったのなら良しとしよう。
僕は思考を停止し、懐かしい家の扉を叩いた。
はぁーい、と気の抜けた声が返ってくる。僕は彼が無事だった事に胸を撫で下ろしつつ、出来る限りの社交的な笑みを作った。
「あぁ! 君か、久しぶりだねぇ。元気そうで安心したよ」
僕の手を両手で包み、上下にぶんぶんと振り、眠そうな顔が笑顔に変わる。
相も変わらず、いや、前よりも酷くなったボサボサ髪にはゴミが絡まっていた。
「リンさんもお元気そうで」
「ああ、俺は元気だよ。君が可愛い服を着てくれればもっと元気に……」
「程々の元気が一番ですよね。少し相談があるんですけど、今大丈夫ですか?」
「……あぁ、うん。いいよ、上がって」
目に見えて元気がなくなっていくリン。けれど僕に女装趣味はないし、彼の異常性癖に付き合う気もない。申し訳ないが元気はなくしてもらっておこう。
「で、相談って何……って待って待って、今回も多いね!? 人変わってるし……」
以前リンに会った時はウェナトリアとベルゼブブも一緒だったか。ベルゼブブはどうしているだろう、彼女に限って何かある訳もないが、心配に思わない訳でもない。
『久しいな兄弟! やはり犬は首輪が似合うな!』
部屋の奥からカルコスが似合わない首輪を付けて走ってくる。
『貴様は憐れな程に似合わんな』
『百獣の王たる我に首輪など!』
立派な鬣が首輪によって段を作られて、まるで酒呑が持っている瓢箪のようなシルエットになっていた。
「義手を作ってくれる所を紹介して欲しいんです」
そんなカルコスに僕が関わらないのは僕なりの優しさだ。そう受け取ってくれると嬉しい。
「義手? 要るの?」
「僕じゃなくて……茨木が、あ、えっと、茨木っていうのはこの黒髪の……」
中身のない袖を引き、茨木をリンの前に連れてくる。
するとリンは僕が紹介を終える前に茨木に詰め寄り、顔をがっしと掴んだ。
「何これ! すごい!」
「……リンさん!? 何してるんですか! や、やめてください! ダメです!」
初対面の女性の顔を掴むなんて、どういう思考回路をしていればそんな失礼な事が出来るんだ。
それに加えて彼女は鬼だ。苛立ちに任せて頭突きでもされたらリンは大怪我をしてしまう。
僕は恩人の体を気遣って、持てる全てを使って彼を止めた。
『急になんやの……』
怒りよりも困惑が勝ったらしく、茨木は呆然と立ちつくしていた。僕にとっては幸運なことだ。
「…………リンさん、見ての通り茨木は両腕を失ってしまっていて……」
「え? あ、ホントだ。見とれてて気付かなかったよ」
「リンさんが好きなのは幼い男の子ですよね?」
「そんな言い方しちゃ俺が変態みたいじゃないか」
変態じゃないとでも言うのか。そう言ってやりたかったが、そんな無礼な発言は僕にはできない。
「確かに子供が好きだけど……こんなに完成されてたらそりゃ見とれるよね……」
ほら見ろ変態じゃないか。そう言ってやりたかったが、そんな無礼な発言は僕にはできない。
『あら、嬉しいわぁ。完成されてるやなんてうまいこと言うて』
「いやいや本気ですよ! 本っ当にお美しい! 先程は失礼致しました、あなたが美しすぎてつい!」
つい、顔を鷲掴みにしてしまったと。
ついと言って許される事にも限度がある。
確かに茨木は美女だとは思うが、あそこまで取り乱す程だとは思えない。
リンの好みに合致していたと言うことか?
子供が嫌がる姿や恥ずかしがる姿が好きだとかいう変態のリンに? 落ち着き払っていて大人の女の魅力を持った茨木が?
……ありえない。
僕は解けない謎を放置し、カルコスと言い争いを続けているアルの背を撫で、隣に椅子を引っ張った。
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