第349話 楽器の燃えカス
オアシスに辿り着くとアルは一目散に泉に飛び込み、僕達に水飛沫を浴びせた。
酒呑は淡々とひょうたんに水を汲み、茨木はその様子を愉しそうに眺めていた。
「カヤも水浴びする?」
『水…………亹、否。攺、嫌』
「水怖いの? そっか。でも飲んでおきなよ、暑いしこれからまた歩くからね」
大抵の動物は濡れるのを嫌がる。風呂を好むアルが珍しいのかもしれない。
僕はカヤから降りて顔を洗い、火照った皮膚を癒していく。
『犬神は霊体、水やら食事やらは要らへんよ?』
「んーでもあった方がいいよね? ね、カヤ」
『……ま、嗜好品あげたい言うんやったらあげたらええわ。せいぜい可愛がったり』
アルだって食事は必要ない。けれど肉が好きだから食べさせている。
きっとアルは僕が「お金が勿体ない」と言えば自分の食事は要らないと言うだろう。そんな事を言わせたくないから、色々なものを楽しんで欲しいから、食べさせているんだ。
むしろアルやカヤの為以外の理由で金を使いたくない。
『以外ノ理由…………嫌? 御主人様、嫌。排』
僕の後ろで伏せをしていたカヤが酒呑に忍び寄る。
『おぉなんや犬神、とうとう俺にも懐くように……』
『利無…………消ス』
『……コレあかんやつやん』
まさか僕がアルとカヤ以外に金を使いたくないと考えたから無駄遣いの元を排除しようとしているのか。
あぁ、なんて健気な良い子なのだろう。
「本当……もう、大好きだよカヤ!」
『よう犬神の言うてること分かるなぁ、尊敬するわぁ』
「だって可愛いんだもん!」
『……犬の言葉理解して人の言葉忘れてしもたんやなぁ』
「可愛い子の言ってることは大体分かるよね」
『思考もおかしゅうなってしもうたんやなぁ』
無礼者は無視しよう。
『くだらん話ししてんとはよコイツ止め!』
「あ……カヤ、こっちおいで。よしよし……変なもの食べちゃダメだよ」
酒呑に噛み付いていたカヤを呼び、頭を撫でると再び姿を消す。
ずっと現れておけとは言わないが、現れている時間の方が短いというのはやはり寂しい。
『変なもん言いよったかあのガキ……』
『まぁ、ま、酒呑様は鬼ですから』
『変なんか……』
『変やろなぁ……』
『あぁ? お前にだけは言われとないわ』
『おー怖……冗談ですってぇ。ふふ』
水も汲み終わったようだしそろそろ出発しよう。
アルを呼び戻し、鬼達に声をかけ、再び歩き出す。いや、僕は歩いてはいないな。
『船乗るゆーとったか、船着場はどこにあるんや』
『街の西側だ』
『ほーん……遠いなぁ』
「西って言うと左?」
僕がカヤの上から話しかけるとアルは信じられないという表情を作った。
『向いてる方によって変わるやろ』
面倒臭そうな顔をした酒呑が後ろから口を挟む。
「え? 何で? 方角って動くの?」
『……いや方角は動けへんけど』
「なら変わらないよね?」
『せやから……なんや、どう言うたらええんや茨木』
適切な言葉が思いつかなかったのか、酒呑は茨木に助け舟を要求する。
『ふぅん……せやねぇ、左向いたら左変わるやろ?』
「あー……変わる」
『せやろ』
『ま、待て待て待て、待ちぃな茨木。それでええんか』
『ええんとちゃいます? 分からはったみたいやし』
方角について理解したのでアルに地図を寄越すよう要求する。
だがアルは返事もせずに足を早め、さっさと行ってしまう。カヤは見失わない程度の距離を保ち、揺れを気遣ってか一定の速さを守る。
誰も僕を信用しない。渡してくれないなら仕方ない。不貞寝しよう。
僕はカヤの背の上で寝転がり、手足を垂らして目を閉じる。ユキに触れる度に感じる寒気は太陽からの熱を相殺し、僕に快適な睡眠を与えた。
波のさざめきと揺れの終わりに目を覚ます。どうやら船着場に着いたようで、髪で巧みに角を隠した茨木が乗船の手続きを行っていた。
「ふわ……ぁ、んー……あ、そういえば角どうするか決めてなかったね。やっぱり折る?」
どこで手に入れたのか、酒呑は派手な色の幾何学模様の布を被って角を隠していた。
『俺はそれでもええんやけど、茨木が嫌がりよるからなぁ』
「生え変わるんでしょ? なんでそんなに嫌がるのかな」
『角あらへんと鬼らしくないやら美しくないやら言うてなぁ、生え変わりの時期はうち篭もって出てけぇへんようなるんや』
「見た目に気を使ってるみたいだしね……やっぱり女の人ってことなのかな」
前に会った時は化粧もしていたし、ボロボロの屋敷でも綺麗な服を着ていた。爪にも紅を塗っていたと思うのだが、腕が失くなってしまったのは彼女の美の観点からどう見えるのだろう。
『女……? まぁ、角は鬼にとって大事なもんやからなぁ。俺もなんか嫌んなってきたわ』
「うーん、どうしてもって言うなら……」
船の上ででも別の方法を考えなければならない。
不法入国は最終手段だし、そうなると正規の手続きを踏まずに義手を作れるのかどうかも問題だ。
『角、折……? ャ、ル?』
「カヤも最終手段ね」
『待てや。犬神に折られるくらいやったら自分で切るわ』
「そうしてくれると助かるよ」
カヤから降りて伸びをする。
この国は昼に活気はなく、今も人通りはない。
僕の身体に溶けるようにカヤが消え、不思議な悪寒に肩を抱く。カヤは僕によく懐いてくれていて可愛らしいのだが、近寄ったり触れたりすると寒気に襲われてしまう。それは難点だ、暑い時なら丁度いいのだけれど。
「……ん? アル、これ何?」
足元に黒い塊を見つけ、爪先でつつく。何かが燃えた跡のようだ。
『木の燃えカスだな』
「燃えカス? ふぅん……」
『竹もある。ふむ、牛皮もあるようだ。楽器でも置いていたのだろう』
地面にも焦げ跡がついていて、船が来るまで暇な僕はそれを追いかけた。アルは面倒臭そうに大きく息を吐きながらも着いてきてくれる。
ちょっとした探検のような楽しさは一際大きな焦げ跡を見て萎み始め、その中心に魔法陣のようなものを見つけて消えてしまった。
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